第十話 ゴーレム

「……全部、こっちでも問題なく使えるみたいだな」


 戦争でも起きたかのように、荒れ果ててしまった森の一角。

 それを見渡しながら、俺は少し安心したように呟いた。

 ヴェノリンドで使っていた数百の魔法。

 そのうちの一部、特に使用頻度の高い魔法を中心にチェックしたのだが特に問題はなさそうだ。

 地球というか、ダンジョンでもほぼヴェノリンドと変わることなく使うことができる。

 強いて言うなら――。


「身体強化魔法は効き過ぎだな」


 近くにある岩を殴ると、ゴンッと異様な音がした。

 トン単位で重さがありそうなそれにひびが入り、そのまま割れてしまう。

 身体強化だけで、七夜さんの十倍パンチみたいなことができてしまった。

 ……やっぱり、ちょっと異常だなぁ。

 俺の身体能力と強化魔法の組み合わせだけでは、本来こんな威力は出ないはずだ。

 どうやら、機動服に組み込まれている強化機能が魔法を補助するように働いているらしい。


「強化魔法で筋肉自体が一時的に増強されて、それを機動服が電気刺激でリミッター解除してるって感じなのかな? これ、いろいろと使えるかも」


 魔法と科学を組み合わせて、さらに威力を底上げする。

 前世で賢者と呼ばれていた頃の俺からすれば、垂涎物の研究テーマだな。

 効率よく狩りをするためにも、いろいろ検証してみるといいかもしれない。

 今の俺には、とにかく金が必要だからな。

 那美の学費にセキュリティの良い家の家賃などなど、少し欲を出せばお金はどんどん消えてしまう。


「さてと、じゃあそろそろ強いやつも行ってみるか」


 ここからがいよいよ本番である。

 上級モンスターを相手に、俺の魔法がどこまで通用するかを検証しに行くのだ。

 ドラゴンをインフェルノでぶっ飛ばしたことはあるが、あれは最上級魔法で消費がとても激しい。

 今の俺だと撃てて五発といったところだろうか。

 それ以上使ってしまうと、魔力の欠乏でしばらく動けなくなってしまう。

 魔石と素材で稼ぐには、もっと効率を上げなければお話にならない。

 俺自身の魔力を底上げすると言う手ももちろんあるが、それはだいぶ時間がかかるしな。


「いったん中級を試してみて、ダメそうだったら考えるか」


 中級魔法なら今の俺でも一日に三十発前後は撃てる。

 これでもし仕留めることができれば、かなりの稼ぎになるはずだ。

 上級モンスターの魔石は、物にもよるが一個一万円はするという。

 単純計算で、一日三十万円。

 月に十日も働けば、夢の月給三百万だ。

 もっとも、最初のうちは鏡花さんたちに怪しまれないようにある程度自重するつもりだが。


 今日はひとまず、上級モンスターの魔石は一つか二つにしておこう。

 それなら、モンスター同士の争いでたまたま瀕死の個体がいたとでも言えばいい。

 ダンジョン内でも縄張り争いがあると、七夜さんから聞いたことあるし。


「そろそろだな」


 あれこれ思案しながら森を歩くこと十数分。

 木々の密度が高まり、次第に森の雰囲気が変わってきた。

 もともと濃かったマナの濃度も上がって来て、気温も冷えてきたような感じがする。

 ここがヴェノリンドだったら、魔導師たちがこぞって住みたがるな。

 これだけマナが濃い場所はかなり珍しい。


「……んん?」


 やがて急に視界が開けて、苔むした古い廃墟が姿を現した。

 驚いた、こんなところまで再現されているのか……!

 ヴェノリンドにあるシュルツの森。

 そこには古代文明の遺跡があるのだが、まさかダンジョンにもあったとは!

 ということは、この辺りに出現する突出する強いモンスターってのは……。


「やっぱりお前らか!」


 やがて重々しい足音とともに姿を現したのは、巨大な人型のモンスター。

 周囲の木々と比較して、身の丈三メートルほどはあるだろうか。

 遺跡を守護するために産み出された古代のゴーレムである。

 いや……よく見るとこいつはちょっと違うな?

 普通のゴーレムは石で出来ているが、こいつの材質は木だろうか?

 全身が苔で覆われていて、さらにところどころ花まで咲いている。


「木のゴーレムなんて見たことないな。自然物で無理やり人工物を再現しようとした結果か?」


 景色は精密に再現できているのに、なぜモンスターの再現はいまいち雑なのか?

 いくらか疑問を感じたものの、そのまま戦闘へと突入する。

 なに、石が木になったというならば逆に好都合だ。

 炎の中級魔法で焼き尽くしてやろう。


「ファイアーランス!!」


 灼熱の槍がゴーレムの肩を穿つ。

 ゴーレムの右腕が吹き飛び、そこを起点として全身が炎に包まれた。

 やはり木で出来た身体に対して、火属性は効果があるようだな。

 しかしここで、シュウシュウと音を立てて炎が消えて行ってしまう。

 ゴーレムは腕を失って黒焦げになったものの、致命傷までは負っていないようだ。


「思ったより燃えないな。……む!?」


 損傷したゴーレムの肩から、根のようなものが這い出してきた。

 それらは見る見るうちに寄り集まると、束となって失われた右腕の代わりとなる。

 ものの十秒ほどで、ゴーレムの身体はすっかり元通りになってしまった。

 ……驚いたな、こいつ再生能力があるのか。

 高位のゴーレムの中には、核が潰されない限り動き続けるものがいるが……。

 まさか、そんなものがここにいるとは思っても見なかった。


「ちょっと面白くなってきたな!」


 ダンジョンというのは、やっぱり面白い。

 モンスターへの認識を少し改めた俺は、そうつぶやきながら笑うのだった。

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