第九話 検証開始!
「昨日言ったけれど、今日からはソロ解禁」
七夜さんと共に、桜町管理ダンジョンへ通うようになって五日。
俺はとうとう先輩から研修の終了を告げられた。
とはいっても、初日から戦闘面ではほとんど問題が無かったので二日目以降はダンジョンでのマナーや常識に絞って教えてもらっていたのだけれど。
「よっし。これで存分に検証できる!」
「……検証?」
「あ、いえ! 俺も一人前になったんだって興奮しちゃって!」
俺がそういうと、七夜さんは分かってないとばかりに肩をすくめた。
そして嗜めるような口調で言う。
「研修が終わっただけ。調子に乗らない」
「も、もちろん! わかってますよ」
「討伐者は仕事に慣れてきた頃がもっとも事故率が高い。前にも言った」
「安全には気を付けます!」
「よろしい」
元気よく返事をした俺に、満足げに頷く七夜さん。
先輩の許可も出たことだし、あとは鏡花さんに今日はどこへ行くか申請すればオッケーだな。
こういう時だけは、中小カンパニーに入って良かったと思う。
たぶん、人員の充実している大手だったらしばらくはパーティ参加を強制されただろう。
もちろん、基本的にはその方が安全ではあるのだけど。
秘密がたくさんある俺にとっては、ソロの方が何かと都合がよかった。
「社長、今日からは蕨山管理ダンジョンに行きたいんですけどいいですか?」
「構いませんよ。でも、どうして蕨山なんですか?」
「桜町は人がちょっと多くて」
ダンジョンは大きく分けて二つ存在する。
一つは自然のままの状態のダンジョン。
そしてもう一つが、人間が管理下に置いている管理ダンジョンである。
後者は前者と比べるとかなり数が少なく、中でも桜町管理ダンジョンはそのアクセスの良さから新人討伐者に人気の場所であった。
そのため、時間帯によっては広いダンジョンの中でも結構混むことがあるのだ。
そうなってくるといろいろやりたい俺に取っては都合が悪い。
「なるほど、だからちょっと不人気な蕨山へ行こうと」
「はい。モンスターの優先権とかいろいろ面倒なので」
「あー、特にうちは舐められてますからね……」
あははと申し訳なさそうに苦笑する鏡花さん。
モンスターの優先権は最初に攻撃をした討伐者に発生する。
しかし、誰が最初に攻撃をしたのか明確に分からないような場合ももちろん存在した。
そう言った場合、大きな組織に所属する討伐者の方がどうしても有利になってくる。
「でも、不人気には不人気の理由があるのです。気を付けてくださいね」
「そこはちゃんと調べてますから。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいなのです!」
ぶんぶんと手を振る鏡花さんに送り出され、事務所を出る。
こうして俺は蕨山ダンジョンへと向かったのだった。
――〇●〇――
「おー、桜町とはだいぶ雰囲気違うな」
電車を乗り継ぎ、さらに駅から自転車で走ること三十分ほど。
蕨山管理ダンジョンは、その名の通り蕨山という自然豊かな山の麓にあった。
青々とした田んぼの広がる平野と山の境界線上に、古びた石造りの門が聳えている。
現代的なオフィス街の一角にあった桜町と比較して、ずいぶんとのどかな場所だ。
「よし、ガラガラだな」
ダンジョンのある空き地に併設された駐車場。
田舎特有のだだっ広いそこを見ても車は数台しか停まっていなかった。
この分ならダンジョン内にもほとんど人はいないだろう。
そう思って門に近づいていくと、すぐに大きな注意書きが目に飛び込んでくる。
そこには『絶対に立ち入り禁止区域には入らないでください!』と記されていた。
これこそが蕨山管理ダンジョンが不人気な理由である。
このダンジョンには突出して強いモンスターが出現するポイントがいくつかあるのだ。
そこに近づかなければ安全とはされているが、ダンジョンは未解明の部分も多い。
なぜ強力なモンスターが出現するのか理由もわかっていないため、念のため避けているのだろう。
……まあ、単に場所が不便なのも大きいが。
「それが好都合なんだけどな」
門の前に向かうと、桜町と同じように扉がひとりでに開いて行った。
その奥に渦巻く黒い靄の中へと飛び込んでいくと、独特の浮遊感が襲ってくる。
やがてそれが収まると、周囲は不気味な森となっていた。
深い霧が立ち込めていて、黒く捻じれたような木々が立ち並んでいる。
さらにその木の一部は、毒々しいキノコで覆われていた。
「ここは……シュルツの森かな?」
ここもまた、桜町と同様に前世で見覚えのある場所だった。
冒険者時代に、森のある古代の遺跡が目当てで訪れたことがある。
やはりダンジョンはヴェノリンドの各地を模して形成されているのだろう。
俺の中で仮説がひとつ確信へと変わった。
とはいえ、ヴェノリンドとダンジョンの関係は未だにさっぱりわからない。
住んでいるモンスターとかも、ヴェノリンドとは微妙に違うんだよな。
そもそもヴェノリンドや地球にいる存在で、世界を超えて影響を及ぼせそうなやつなんて……。
「……あの大魔王ぐらいか? まあいいや、とにかく検証を始めよう」
考えるのをやめると、周囲を見渡して適当な獲物がいないかを探す。
事前に検索した情報だと、ここには植物系のモンスターがいるそうだが……。
そんなことを思っていると、木陰から蔦の塊のような物体が姿を現す。
「あれがダークアイヴィーか」
ともすれば、血管のようにも見える黒々とした蔦。
それが寄り集まって蠢く様子は、醜悪で気味が悪かった。
だがそれだけに――。
「遠慮はいらないな。全力で試させてもらおうか」
俺は両手を身体の前に突き出すと、すぐに魔力を集め始めた。
たちまち収束する風が木々を揺らし始め、木の葉が躍る。
そして――。
「テンペスト!」
小さな竜巻が、すべてを切り裂くのだった。
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