第六話 桜町管理ダンジョン

「これが機動服ですか。だいぶ重いですね」


 翌日の朝。

 さっそくカンパニーへと出勤した俺は、鏡花さんから制服代わりの機動服を支給されていた。

 昨日のうちに、俺に合うサイズのものを出しておいてもらったのである。

 ゴムに似た質感をしたそれを受け取ると、水でも入っているようなずっしりとした重量感がある。


「三層構造になっていて間に衝撃吸収材が入ってますから。銃弾だって防ぐ優れものですよ」

「へえ、そりゃスゴイ」

「電気刺激で筋力を底上げする機能もついてるのです。あと、温度調整機能もついているのです」


 あれこれと機能の説明をする鏡花さん。

 まさに至れり尽くせりと言った高機能ぶりである。

 けれど、これだけのものとなると相当にお高いのでは……?

 そんな通販のようなフレーズを思い浮かべると、鏡花さんがそれを察したように言う。


「ちなみに、一着五百万円するので出来るだけ壊さないようにしてくださいね」

「五百万っ!?」

「はい、なので気を付けるのです」


 ヤバい、ちょっと手が震えてきてしまった。

 一着五百万円の服なんて、この先も着ることなんてなさそうだよなぁ。

 こうして俺が緊張していると、鏡花さんがふふふっと笑う。


「そんなに緊張しなくてもいいのですよ、あくまで常識の範囲内で気を付けてれば大丈夫なので」

「は、はい」

「着替えは奥に更衣室があるのでそちらで。終わったら声をかけてくださいね」


 こうして更衣室に入った俺は、鏡花さんを待たせまいとさっさと機動服に袖を通した。

 そしてファスナーを上げると、袖にあるスイッチを押す。

 たちまち空気が抜けて、服が全身にぴったりと密着した。

 流石は五百万の服、着心地は半端なく良いな。

 伸縮性があって、これならばどんなに動いても邪魔になることはないだろう。


「あとは……付与しとくか」


 これから長く使うものだろうし、高いものだから簡単に破れてもらっては困る。

 俺は胸元に指を当てると、魔力を込めながら古代文字を描いた。

 前世の俺が得意としていた付与魔法である。

 付与魔法は文字を刻めば刻むほど有効だが、とりあえず三文字ぐらいにしておこうか。

 これで、この服の防御性能はますます上がったことだろう。

 たぶんドラゴンに踏まれても死なないんじゃないかな。

 

「社長、着替え終わりました」

「そうですか、じゃあこちらへ」


 更衣室を出ると、いつの間にか事務所に人が増えていた。

 機動服を着た二十代前半ほどに見える女性である。

 キリリとした印象の美人さんで、切れ長の目が涼やかだ。

 長い髪を後ろで束ねていて、どことなく仕事のできそうな雰囲気を纏っている。


「初めまして。私は黒月七夜くろつきななよ


 それだけ言うと、黒月さんは浅くお辞儀をした。

 すかさず、鏡花さんが笑いながらフォローを入れる。


「黒月さんはですね、うちでトップクラスに優秀な討伐者さんなのです! しばらくは彼女と一緒に研修を受けてもらいます!」

「わかりました。よろしくお願いします、黒月先輩!」

「……七夜でいい」


 どこか照れたような小声で告げる黒月さん改め七夜さん。

 この人、けっこう人見知りをするタイプなのかな?

 

「今日は桜町管理ダンジョンに行く。ついてきて」

「はい!」

「いってらっしゃいです!」


 ぶんぶんと手を振る鏡花さん。

 俺は軽くお辞儀を返すと、七夜さんと一緒に事務所を出た。

 すると会社前の駐車スペースに、大きなホバーバイクが止まっている。

 うわー、めちゃくちゃカッコいいな!!

 黒を基調としたメタリックなデザインが、男心をくすぐってくる。

 ……これもしかして、七夜さんの持ち物なのだろうか?

 そう思っていると、案の定、彼女は颯爽とコックピットを思わせる座席に乗り込んだ。


「乗って」


 七夜さんに促され、彼女の身体にしがみつくようにして座席に乗り込む。

 たちまち、モーター独特のスウゥッと低い駆動音が響いた。

 前輪と後輪の代わりに備えられた巨大な下向きのファンが動き出し、風と共に車体が浮かび上がる。

 そしてそのまま、道路の上を滑るように走り出した。


「しっかりつかまって」

「はい!」


 こうして俺は七夜さんと共に、初のダンジョンへと向かうのだった――。


 ――〇●〇――


「ついた」

「ここですか?」


 ホバーバイクで街を疾走すること二十分ほど。

 俺たちはビルに囲まれた公園のような空き地へとたどり着いた。

 その奥には、現代的な町並みには不釣り合いな石造りの門が建っている。

 ……あれが桜町管理ダンジョンの入り口か。

 その門を取り囲むように白い柱のような装置が置かれていて、ぼんやりと光を放っている。

 さらにその隣には測候所のような簡素な建物があって、レーダーのような機械が設置されていた。

 ファンタジーな石造りの門と現代的な機械設備の対比が、まるで世界の対立でも表しているようだ。


「……すごいですね」

「初めての人はみんなそういう」


 白い柱に囲まれた円形の領域。

 そこに入ると、たちまち濃密な魔力が全身を包んだ。

 この濃度を、まさか魔法とは縁遠い日本で感じるとは思わなかったな。

 あの柱のような装置は、魔力を遮断する働きがあるのだろうか?

 日本で魔力の研究が行われているなんて聞いたことないけど、なかなか興味深い。


「……緊張してる?」

「ああ、いえ! 平気です!」


 初仕事を前に緊張していると思ったのだろう。

 優しく声をかけてくれる七夜さんに、俺は慌てて首を横に振った。

 言葉遣いはそっけないが、根はとてもいい人なのだろう。

 彼女は背中のバックパックに手を伸ばすと、ひょいっとペットボトルを投げてくる。


「スポーツドリンク。ダンジョン探索の必需品」

「あ、ありがとうございます」

「次からは自分で持ってくるといい」


 そう告げると、門に向かって歩みを進める七夜さん。

 それに合わせるように、石の扉が重々しく開き始めた。

 この扉、人間が近づくと勝手に開く仕組みになっているのか。

 扉の向こうでは黒いもやのようなものが渦を巻いていて、見通すことはできない。

 あれは……実体化した魔力か?

 この場に漂う魔力は、どうやら門の向こうから流れてきているようだ。


「新人君は、ダンジョンがどんな場所か知ってる?」

「ええっと別の宇宙と重なるポイントでしたっけ? ダンジョンの中はこことは違う世界だとか」

「その通り、地球とは異なる文字通りの別世界。正式には特異点形成領域って言う」

「……何かカッコいいですね」

「ええ」


 無表情のまま、さらりと頷く七夜さん。

 しかし、その眼の奥にはどこか子どものような純粋な輝きがあった。

 七夜さんって、クールだけどそういうの好きなタイプなのかも。

 俺も前世で開発した魔法に長い長い正式名称とか付けちゃったことあるので気持ちはちょっとわかる。

 ……長すぎるから別のにしてくれと言われて、泣く泣く変えたけど。


「桜町は整備の行き届いた管理ダンジョン。けれど、モンスターはいる。やつらと戦う上で何が一番大事か知ってる?」

「恐れず近づくこと、ですよね」


 俺の返答に、満足げに頷く七夜さん。

 モンスターはこの世界の存在ではない。

 そのため、ありとあらゆる攻撃をすり抜ける性質が備わっている。

 東京にダンジョンが出現した際、自衛隊や在日米軍が敗走した原因がこれだ。

 遠距離からのミサイル攻撃や航空爆撃のほぼすべてが無効化されたのである。


 しかし、この特異な性質は人間がモンスターを近距離で視ることで阻害される。

 この現象は自衛隊のある小隊が撤退に失敗し、孤立した際に偶然発見された。

 科学的には、量子力学における観測者効果だとかいろいろ推測されているが……。


 ぶっちゃけこの辺りのことは、俺もよく知らない。

 確かなのは、モンスターは人が近づいて視ることで攻撃が可能となること。

 これによってレーダーと重火器を用いた現代的な遠距離戦ではなく、討伐者による近距離戦闘がモンスター討伐の主流となったわけだ。


「人に近づくほどモンスターは弱くなる。けど、当然反撃もあるから注意」

「はい!」

「じゃあ行くよ」


 門の中へと飛び込んでいく七夜さん。

 彼女に続いて、俺もまた一歩踏み出した。

 途端に視界が暗転し、クラっとめまいのような感覚がする。

 そして次の瞬間――。


「……ここは、マジか?」


 俺の目に飛び込んできたのは、まったく予想だにしない風景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る