第五話 契約
「……あれでやり過ぎだったのか?」
慌てふためく鏡花さんを見て、ちょっとばかり動揺する俺。
マネキンに大穴をあけたぐらいで、そこまで騒ぐほどのことか?
確かに少し気合を入れたけど、あんなの魔法学校の学生でも使える魔法だぞ?
俺が不思議に思っていると、やがて近づいてきた鏡花さんが捲し立てる様に言う。
「すっごいですねえ……! ここまで破壊に特化したイデアは初めて見ました!」
「そうですか? 討伐者ならこれぐらいできそうですけど」
「いいえ! このマネキンはかなり特殊な素材で出来ているのですよ。ちょっとやそっとで壊れるようなものではないのです!」
「へ、へえ……そうなんですねえ。ま、まあ俺のは破壊特化なので」
後頭部を掻きながら、誤魔化しを図る俺。
破壊に特化しているなんて、実のところはまったくの嘘である。
賢者の記憶を宿している俺は、数百に及ぶ多種多様な魔法を自在に使いこなすことが出来た。
……が、そんなこと言ったらいよいよただじゃ済まなさそうだ。
まあ、ヴェノリンド基準でもそこまで使えるのは多くないしな。
「それで、合格ということでいいですか?」
「もちろん! こんな結果を出した方は、前代未聞です!」
「へ、へえ……」
「この装置はうち以外でも使われてるんですが、新人さんだと最高で二百って言われてるんです!」
単純に考えて、最高記録の三倍以上ってことか……。
そりゃびっくりもするし、これだけの反応にもなるわなぁ。
むしろ、化け物扱いされなかっただけマシってところか。
ひょっとすると、思った以上に討伐者というのは弱いのか?
「ま、まあたまたまですよ。今日は本当に調子よかったんで」
「たまたまでも十分です! さあ、試験も合格したことですし手続きしましょう!」
早く早くとばかりに、俺を急かせる鏡花さん。
今日、この場で採用を決めてしまうつもりらしい
こうして事務所へと戻ると、彼女はすぐにタブレットを取り出してくる。
「履歴書は持ってきてますか?」
「はい、どうぞ」
「あと、ナンバーカードもよろしくです」
さっそくナンバーカードで身分照会を済ませると、履歴書の確認をし始める鏡花さん。
すると資格欄のところで、表情が少し変わる。
「爆発物取扱免許をお持ちなんですね、珍しいのですよ」
「前にバイト先で取得したんです。ダンジョンでも使うんですか?」
「通路を開くのに爆薬を使用することもあるので。あと携帯火器免許もあると便利なのですが、あなたの場合は攻撃型イデアなのでたぶん大丈夫なのです!」
へえ、討伐者もそういうの使うんだなぁ。
俺が感心していると、履歴書のチェックを終えた鏡花さんが微笑む。
「特に問題なさそうですね! では、こちらが契約書です。よく読んでからサインしてください」
「はい!」
液晶に表示された『討伐者雇用契約書』という文字。
それを見て、自然と気が引き締まる。
おぉ、これにサインをすれば俺もいよいよ討伐者ってわけか……!
さっそく、条件など隅々にまで目を通していく。
鏡花さんが悪い人だとは思わないが、こういうのはきちんと見ておかないと。
どこか齟齬が合ったら、あとから修正できないからな。
今の時代、詐欺なんて洒落にならないぐらい多い。
「うちの場合、新人さんの基本給は十五万円。それに歩合が乗っかります。これはダンジョンから持ち帰った素材の売却益やモンスター討伐の報奨金などですね。うちと討伐者さんで、三対七で分けることになってます」
「なるほど。それだと、十五万円は最低保証ってことですかね?」
「ええ、そんな感じです! 万が一、ケガや病気になってもそれだけは入ると思っていただければ」
「……ちなみに、その歩合の方って稼ぐ人はどのぐらい稼ぐんです?」
ゴクリと息を飲みながら、恐る恐る尋ねる。
何と言っても、どれだけ稼げるかはもっとも重要なポイントだ。
稼げると有名な討伐者なだけに、中小でも一千万プレイヤーとかいたりするんだろうか?
できれば五百万以上稼げると那美の学費を出しつつ、ゆとりのある暮らしができるのだが。
本当なら、那美のためにある程度セキュリティの行き届いた物件に暮らしたいんだよな。
「そうですねえ、うちはやっぱり中小なのでどうしても……。三百ってとこですね」
「三百ですか。うーん……」
十五万円が十二か月分で百八十万円。
それに三百万を足して、年収四百八十万円か……。
会社の外観を見てうすうす察してはいたけれど、稼ぐ人で五百万を切ってるのはちと厳しい。
新人だったら三百万ぐらいになるのではなかろうか。
しかしまぁ、就職先が無いのと比べればはるかにマシか。
俺が頑張ればもっともっと稼げるかもしれないし。
「あはは……。やっぱり、討伐者になるからには億狙いたいですよねえ」
渋い顔をしている俺を見て、鏡花さんが苦笑しながら言う。
……んん、何だかちょっとズレている気がする。
一千万ならともかく、どうして億なんて数字が出てきたんだろう?
「もしかして、その歩合って月三百?」
「え? まさか年だと思いました? やだな、いくら零細でもそんなわけないじゃないですか」
冗談はよしてほしいとばかりに、鏡花さんは噴き出してしまった。
えーっとつまり、稼ぐ人は基本給十五万にプラスして歩合が月三百万。
年間にすると、三千六百万円ももらえるってことなのか……!?
うっそだろ、いまの平均年収の十倍以上あるぞ!
討伐者が勝ち組だってのは知ってたけど、そんなに儲かるのかよ!
これであんな申し訳なさそうな顔って、これが稼げる業界の金銭感覚なのか……!?
「す、すげえ……!!!!」
「うちなんてまだまだですけどね。大手のカンパニーだと、億超えもざらにいますし」
「すぐに入社させてください! というか、すぐに働かせてください!!」
「わ、わわっ!?」
思わず、鏡花さんの手を取って握ってしまった。
彼女は俺の勢いに圧倒されながらも、ぶんぶんと首を縦に振る。
「わかりました! では最後に、これにサインを」
そういうと、鏡花さんは自身のデスクから紙の書類を取り出してきた。
他が全部電子書類なのにどうしてこれだけ紙なのだろう?
俺はそんな疑問を抱くが、書面を見てすぐに理解する。
上部に大きく『誓約書』と記されていた。
「職務中に死亡、または後遺症を伴う怪我が発生する可能性があります……ですか」
「はい。年間に三百名以上の討伐者がお亡くなりになっています」
先ほどまでとは打って変わって、鏡花さんは重々しい口調でそう告げた。
ひょっとすると、彼女の身の回りにも命を落とした人がいるのかもしれない。
その眼は静かな哀しみを讃えていて、討伐者という仕事の負の側面を何より雄弁に物語っている。
「討伐者という仕事は、恵まれた面も多いです。ですが同時に、大変なリスクを伴います。今ならまだ引き返せますよ。それでも、なりますか?」
「…………この時代、リスクを取らないと奪われるだけですよ」
今の時代、リスクなしの成功などあり得ない。
このままずっと、死んだように誰かに搾取されながら生き続けるぐらいなら……俺は危険を冒そう。
幸いなことに、前世で命のやり取りをした経験もあるしな。
渡されたペンを受け取ると、俺はためらうことなくゆっくりとサインをした。
……これでよし。
討伐者・
「確かに預かりました。ようこそ、詩条カンパニーへ!」
誓約書を小さな金庫にしまうと、晴れやかな笑みを浮かべる鏡花さん。
こうして俺は討伐者としての第一歩を踏み出すのだった。
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