第四話 入社試験

「えっと……。ここ、詩条カンパニーであってます?」


 落書きだらけの荒れた外観に反して、事務所の中は小奇麗で落ち着いた雰囲気だった。

 ところどころに可愛らしい雑貨が置かれていて、どこか女性的なセンスも感じる。

 とてもとても、昭和の町工場みたいな建物の中とは思えない。


「はい、合ってますよ! いったい何の御用でしょう?」


 部屋の奥に置かれていた大きなデスク。

 そこにちょこんと座っていた少女が、満面の笑みを浮かべながらこちらに近づいて来た。

 ……この子、まだ未成年じゃないのか?

 目鼻立ちのはっきりした顔にはまだ幼さが残っていて、声もかなり高い。

 見たところ、せいぜい十代半ばといったところだろうか。


「あの、他に職員の方はいないんですか?」

「御用は私が承りますよ!」

「いや、そうじゃなくて……」

「あ、こう見えてもですね。私が社長なのです!」

「社長!?」


 予想外の言葉に、俺は思わず少女の全身をじっくりと見てしまった。

 すると彼女は、フンスッと鼻を鳴らして言う。


「あんまりじろじろ見るのは、マナー違反なのですよ」

「す、すいません!」

「あはは、気にしてないですよー。はいどうぞ」


 そう言うと、少女は懐から名刺を差し出してきた。

 そこには「詩条カンパニー代表取締役 詩条鏡花しじょうきょうか」と記されている。

 どうやら本当に、彼女がこのカンパニーの社長さんらしい。


「その若さで社長さん……! すごい方だったんですね!」

「まあ、こんな小さな会社ですけど」

「……社長、お願いします! 俺を雇ってください!」


 カンパニーの社長と出会えるなんて、いまの俺に取ってはこれ以上ないチャンスだった。

 すかさず深々と頭を下げた俺に、鏡花さんは戸惑ったように目を丸くする。


「ええっと、入社希望ということですか?」

「はい!」

「イデアは覚醒していますか?」

「もちろんです!」


 俺がそういうと、鏡花さんは大きく息を吸い込んだ。

 ――沈黙。

 そのまま黙ってしまった彼女は、やがて眼にうっすらと涙を浮かべる。

 そ、そそそんなに!?

 彼女のあまりにも大袈裟な反応に、俺は内心で戸惑ってしまった。

 すると――。


「たずがります~~~~!!!!」


 手を広げ、ぎゅっと抱き着いてくる鏡花さん。

 こ、こういう場合はどうすればいいんだ!?

 相手は社長だし、振り払うのも失礼だよな。

 かといって、こちらから抱きしめ返すのも失礼な気がするし。

 というか鏡花さん、幼い顔立ちと小柄な体格に反してかなり大きいな……!

 身体が反応してしまいそう……!!


「……あ、失礼しました! 嬉しくってつい!」

「いえ、全然平気です! むしろ、いいんですか?」

「何がでしょう?」

「年齢制限とか、無いんです?」

「弊社にそんなものはありません! おじいちゃんでもウェルカムです!」


 どーんと胸を叩く鏡花さん。

 ……いや、それはウェルカムしていいのかな?

 冷静に突っ込みたくなる俺をよそに、鏡花さんはフワフワとした足取りで部屋の奥のドアに向かう。


「一応、最低限の入社試験だけ受けてもらいます。こちらへどうぞ」

「はい!」

「緊張なさらずに。基本的に、イデアに覚醒していれば簡単にクリアできるものですから」


 鏡花さんに促されてドアを開けると、そこは広々とした作業場のようなスペースとなっていた。

 やはりこの建物は、もともと町工場か何かだったらしい。

 床はコンクリート打ちっぱなしで、奥の方には錆びついた機械が置かれている。

 そしてその手前には、何やら妙な装置が置かれていた。

 金属でできた四角い大きな土台に、車の衝突実験で使うようなマネキンが固定されている。


「これに思いっきり攻撃してください! それで数値が100を超えれば合格です!」


 そういうと、鏡花さんは台座につけられた液晶を指さした。

 なるほど、これは分かりやすい。

 俺は大きく伸びをしながら、改めて鏡花さんに確認を取る。


「攻撃って、何でもいいんですか?」

「はい。あ、もし攻撃系のイデアでない場合は言ってください。その場合は別の方法を取りますので」

「大丈夫です。……よし」


 最低限のテストと言っていたので、そこまで凄まじい攻撃を与える必要はないだろう。

 けど、基準値を下回って入社できないとなったら鏡花さんがっかりしそうだな……。

 俺が入社したいと言った時のあの喜びよう、人の確保にかなり困っていそうだし。

 というか、そもそもネット上のあの悪評の嵐は何なのだろう?

 社長さんの人柄はどう見てもそんなに問題があるようには見えないけど。


「あの、社長。テストを受ける前に確認なんですけど」

「なんでしょう?」

「この会社の口コミとか、かなり荒れてるみたいですけど何かあったんですか?」


 俺がそう尋ねた途端、鏡花さんはそれまでの明るい様子が嘘のように顔を曇らせた。

 彼女はしょんぼりと肩をすくめると、ぼそぼそと小さな声で語る。


「ああ、それはですね……。うちの権利を手放してほしい人がいまして」

「権利?」

「はい。カンパニーって現在では新設がほとんど認められていないのですよ。なのでカンパニーを始めたい人は、既存のカンパニーの営業権を買うしかないんです」


 なるほど、典型的な規制産業だな。

 このダンジョン中心の時代、カンパニーがもたらす利益は半端なものではない。

 規模の小さい詩条カンパニーを弱らせて、権利を奪い取ろうって魂胆か。

 こういうのは本当にどこの世界でも変わらないなぁ。


「ああ、でも安心してください! いざとなれば私が皆さんを守りますから!」


 そう言って笑う鏡花さんだが、その表情からはあまり覇気が感じられなかった。

 強がっていても、やはり先行きが不安なのだろう。

 よし、ここはちょっぴり頑張ってみますか。

 やり過ぎない程度に優秀さを見せて、少しでも安心してもらおう。


「……なら俺も、いいところを見せないと。このマネキンって、けっこう頑丈ですか?」

「んん? もしかして、壊れることを心配してます?」

「ええ、まあ」

「なら安心してください。このマネキンは特殊なチタン複合材で出来てますから、ちょっとやそっとのことではビクともしませんよ」


 よほど自信があるのか、大きく胸を張った鏡花さん。

 そういうことなら、俺も安心して魔法を使わせてもらおう。

 俺はそっと手を前に突き出すと、魔力を一点に集中させる。

 薄暗い中に、たちまちぼんやりと赤い光が灯った。

 そして――。


「フレアボム」


 手のひらから放たれる炎の弾丸。

 マネキンの胸に着弾したそれは、たちまち大爆発を起こした。

 ……おお、言うだけあってなかなか硬いな。

 上半身をぶっ飛ばすつもりでやったが、意外にもきちんと原型が残っていた。

 黒焦げになって、さらに胸に大穴が開いているがまだきちんと人型だと認識できる。

 しかし――。


「…………う、うそぉ!?」


 液晶に表示された658の文字。

 それを見て、鏡花さんはひっくり返ってしまうのだった。

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