第三話 カンパニー
「ここがナイトゴーンズか……」
アパートの近くの駅から電車に乗って三十分。
俺たちの住む市の郊外に、日本でも有数のカンパニー『ナイトゴーンズ』の拠点はある。
カンパニーというのは、ダンジョンの攻略とモンスター討伐を専門に請け負う民間企業のこと。
今から三十年前、東京が壊滅して政府機能が一時的に麻痺してしまっていた時期。
身動きの取れなくなった警察や自衛隊に代って、率先して動いた自警団がその前身と言われる。
現在、ダンジョン攻略とモンスターの討伐を認められるのは政府関連を除いてはカンパニーに所属する者たちのみ。
討伐者として生計を立てたいならば、カンパニーへ入ることは避けられない。
そしてカンパニーにも大手から中小零細まであり、やはり大手ほど待遇は良いとされている。
……まあそういうことで、俺はこの街で最大手のナイトゴーンズへ来たというわけだ。
「流石にデカいな」
ナイトゴーンズの本拠地は、巨大な工場のような施設であった。
討伐者たちの使う訓練場なども併設しているようで、奥には広々としたグラウンドが見える。
さらにその周囲は高い壁で囲まれていて、人によっては軍事基地か何かにも見えるかもしれない。
大手と言っても、所属する討伐者の総数はせいぜい二百名ほど。
それでこれだけ立派な施設を維持しているなんて、やはり討伐者の産み出す利益は半端ではないな。
「……きみ、何しに来たんだい?」
「はい、面接を受けに来ました!」
門の前で立ち止まっていると、守衛さんに声を掛けられてしまった。
俺は軽くお辞儀をすると、面接を受けに来たことを説明する。
一般に、カンパニーは探索者候補となる人材を一年中募集している。
ナイトゴーンズも例外ではなく、採用募集のチラシやネット広告をたくさん出していた。
「面接ねえ……。えっと、きみいくつ?」
「今年で十八歳です」
「ううーん……」
俺がそう言った途端、守衛さんは渋い顔をした。
いかにも帰ってほしそうな様子の彼に、俺はすぐさま理由を尋ねる。
「もしかして、二十歳未満はダメとか?」
「違う違う、遅いんだよ」
「あっ」
守衛さんに言われて、俺はたまらずハッとした。
どうしてこんなことを今の今まで忘れていたのだろうか。
イデアは十五歳までには発現するものである。
ならば、討伐者になろうと行動を起こすのも基本的に十五歳までだろう。
この業界で十八歳の新人なんて、ほぼほぼありえないのだ。
特にナイトゴーンズほどの大手となれば、子どもの頃から所属して鍛錬に励むような者もいる。
前世の冒険者でもこの辺は変わらなかったというのに、完全に失念していた。
「年齢制限は一応ないってことになってるけど……。無理だろうねえ」
「何とかなりませんか?」
「あー、俺にはそういう権限ないから。この番号から人事に問い合わせてよ」
そういうと、気のない動作でチラシをよこす守衛さん。
俺はそれを受け取ると、軽く頭を下げてその場を後にした。
そしてすぐさま電話をするが、当然のように「申し訳ありませんが」と断られてしまう。
「参ったな。これじゃ、また振り出しじゃないか」
せっかく前世の記憶を取り戻し、魔法を使えるようになったというのに。
これでは就職で苦しんでいた昨日までと全く変わってないじゃないか。
俺はがっくりと肩を落とすが、凹んでばかりもいられない。
とにかく、十八歳でも受けられるカンパニーを探さなくては。
何と言っても、これから先の飯が掛かっている。
「よっし、採用目指して頑張るぞ!!」
――〇●〇――
「ああ~~!! どこもかしこも年齢制限きつすぎだろ!!」
ナイトゴーンズの拠点を出て数時間。
人通りのない道路の真ん中で、俺は叫んでいた。
アマテラス、神崎工業、未来産業、セントラルハーツ……。
この辺りに拠点を構えているカンパニーはほぼすべて巡ったが、色よい返事は得られなかった。
えーっと、あと残されているのはどこかあるかな?
地図アプリで検索を掛けるとすぐに『
しかし……。
「げっ! ☆1ってなんだよ」
地図アプリに掲載されているレビュー。
基本的に、☆4以上がほとんどの中で詩条カンパニーは驚異の☆1だった。
しかも、口コミとして「仕事がとにかく遅い」だの「受付の対応が最悪」だの書かれている。
極めつけに「社長が墨を入れている」とか何だかヤバそうなことまで……。
所詮はネットとはいえここまで書かれているところは流石に怖いな。
行ったら最後、黒服の怖いお兄さんたちとか出てきそうだ。
「ま、まあ最悪でも逃げるぐらいはできるか……」
俺が前世で修めた魔法の中には、目くらましの光魔法や俊敏性を高める風魔法などもある。
ドラゴンの巣に突撃したことを思えば、怖い人たちの拠点ぐらい何とかなるはずだ。
俺は頬をペシッと叩くと、気合を入れて詩条カンパニーのある場所へと向かう。
こうして、歩くこと十数分。
町工場が林立する街はずれの工場地帯。
その一角に溶け込むように、詩条カンパニーの拠点は存在した。
年季の入ったトタン張りの外観は、カンパニーというよりは町工場そのものだ。
さらにその壁には、スプレーで大きな落書きがされている。
「うわ……なかなか強烈だな……!」
これまで訪れたカンパニーは、どこも清掃の行き届いた小奇麗な外観をしていた。
それだけに、詩条カンパニーの建物がより恐ろしく見えてくる。
扉を開いたら、途端にガラの悪いお兄さんたちに絡まれそうだな。
俺は前世の酒場での経験を思い出しながら、恐る恐る扉を開いた。
すると――。
「あ、いらっしゃいませ!!」
人懐っこい笑顔を浮かべた、子犬のような少女がちょこんとデスクに座っていたのだった。
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