閑話 夜に集う者

「ここに出たの?」


 天人がドラゴンを倒した日の深夜。

 住宅街にはおよそ似つかわしくない、機動服を着た一団が路地を歩いていた。

 その中には、昼間に天人と話した赤井たちの姿もある。

 襟元に金の社章を付けた彼らは、国内でも有数のカンパニー『ナイトゴーンズ』のメンバーだ。

 ちなみにカンパニーというのは討伐者たちの所属する企業体のことである。

 

「目撃者の情報だと、黒いドラゴン種だそうだ」

「見間違いじゃない? ドラゴンが外に出たなら、いったい誰が倒したってのよ」


 集団の先頭を歩く金髪の少女が、呆れたように呟いた。

 モンスターの中でも最強格であるドラゴン種。

 それが暴れ回ったならば、今ごろ町は火の海となっているだろう。

 そうなっていないということは、そもそもドラゴンは外に出ていない。

 通りがかりの誰かがドラゴンを倒したなどと推測するよりは、堅実な話だった。


「だが、この辺りで何かが起きた痕跡はある。見ろ、塀が崩れている」

「車が事故ったとかじゃないの?」

「それならそれで、警察が把握しているだろう」

「……それもそうか」


 顎に手を押し当てながら、考え込むようなしぐさをする少女。

 やがて彼女は赤井たちの方へと振り返ると、呆れたように言う。


「だいたい、赤井たちの動きが遅いのがいけないのよ。あのぐらいのダンジョン、一日で潰しなさい。それをちんたらやった挙句、帰りに焼肉食ってて即応できなかったって?」

「す、すいません!! でも、ドラゴンがあのダンジョンから出たとは限らないですし……」

「言い訳すんな。モンスターが突然現れるわけないんだから、一番近いあそこから出たって考えるのが自然でしょ?」

「それがレーダーにも引っかかってなくて」

「そんなの、単に設定ミスったんじゃないの? 周波数がズレてたとか」

「……もういい、過ぎたことだ」


 怒れる少女に恐縮しきりの赤井たちを、まぁまぁと男が庇った。

 彼の名は黒岩鋼十郎くろいわこうじゅうろう、ナイトゴーンズでも最古参の一人である。

 流石の少女も彼には頭が上がらないのか、赤井たちを詰めるのをやめる。


「ったく、しょうがないわね」

「……とにかく、いまは調べるしかないだろう。ここ最近の異変とも関係あるかもしれない」


 そういうと、男は改めて現場を見渡して詳しく検証を始めた。

 黒い鞄を地面に置くと、中から様々な計測機器を取り出す。

 一方、手持無沙汰となった少女は赤井たちに再度尋ねる。


「目撃者たちが言ってたのは、黒いドラゴン種で間違いないのね?」

「はい。大きさ的にもそうかと」

「誰かスマホで撮ってた人とかいないの?」

「モンスターを映せる機材は特殊なので、一般人は持っていないかと……」


 モンスターは専門の撮影機材でなければ映らない。

 この世界の生物ではない彼らは、物理的な干渉をあまり受け付けないのだ。

 一般人の間では常識だが、日ごろからモンスターと戦っている討伐者は逆に忘れがちな事実である。


「ああそっか。しっかし、仮にドラゴンだとすると誰が倒したのかしらね」

「この付近だと、うち以外に有力なカンパニーはアマテラスぐらいですが……」

「あそこの戦力だと無理よ」


 きっぱりと断言する少女。

 カンパニーはダンジョン攻略とモンスター討伐を生業とする営利企業である。

 彼らの間には激しい競争が存在し、ゆえに商売敵については良く把握している。

 その知識をもとに考えれば、この地域にドラゴンを討伐できるだけの勢力はナイトゴーンズ以外に存在しないはずだった。


「ひょっとすると、帝国技研の特殊兵器とか? 最近やべえの作ったとか噂ありますけど」

「そんなの都市伝説よ。だいたい、技研のやつらがわざわざこんな街中で何かやると思う?」

「それなら、一般人の誰かがイデアに覚醒して倒したとか」

「馬鹿、それこそあり得ない。そんなど素人がドラゴンを倒すなんて」

「ですよねえ……」


 そう言いながら、自身の過去を振り返る赤井。

 早くから優秀なイデアに覚醒し、国内でも有数のカンパニーに所属することの出来た彼であったが、それでも初めのうちはゴブリンのような弱いモンスターを倒すのがせいぜいだった。

 カンパニーにも所属していないど素人がドラゴンを倒したなど、あまりにも夢想が過ぎる。


「もしそんな怪物がいるなら、ぜひうちに欲しい人材だわ。私すら超える大天才よ」

「私すらって、基準が自分かよ」

「もちろん、この神南紗由かんなみさゆを誰だと思ってるの」


 自信満々に胸を張る少女こと神南紗由。

 あまりに尊大なその態度に、鋼十郎はやれやれと頭を抱えた。

 紗由は既にナイトゴーンズでも屈指の実力者だが、この精神性は玉に瑕である。

 

「……あの、ちなみにですけど。今の神南さんなら、ドラゴンって倒せます?」

「はぁ? 誰に向かって言ってんのよ」


 赤井の問いかけに、紗由は不機嫌そうに眉を吊り上げた。

 腰に差していた剣に手を掛けると、音もなく抜き放つ。

 ――赤熱。

 セラミックで造られた刃が、たちまち紅い炎を帯びた。

 その熱量はすさまじく、離れたところに立っているはずの赤井たちですら肌を焼かれる。

 さながら、小さな太陽が近くに出現したかのようだ。


「……っ!」


 彼女はそのまま近くの電柱に近づくと、一閃。

 ――ストン。

 コンクリートと鉄筋で出来た頑丈な柱が、大根のように軽々と断ち切られる。

 一切の抵抗を感じさせないその滑らかな動きは、芸術的ですらあった。

 なかなか見ることのない上級討伐者の実力に、赤井たちは目を見張る。


「やれないと思う?」

「……いえ、疑ってすいませんでした!」

「わかればいいのよ」


 そういうと、剣を鞘に納める紗由。

 彼女は周囲の住宅街を見渡すと、楽しげに笑みを浮かべる。

 しかしここで、調査にひと段落着けた男がやれやれと呆れたように呟いた。


「電柱の修理代金、今度の報酬から引いておくからな」

「あっ」


 しまったとばかりに口元を抑える紗由。

 彼女は転がっていた電柱を持ち上げると、どうにかこうにか断面の上に乗せようとする。


「無理なもんは無理だからな」

「……ああ、もう最悪! どこの誰だか知らないけど、許さないわ!」

「自業自得だな。お前は腕はいいが、精神面が未熟すぎる」

「あああ~~~!!」


 自身が招いた行為にもかかわらず、勝手に怒り始める紗由。

 一方、そんなことなど知らない天人は呑気に寝ていた。

 まだ顔も知らない二人の運命が交わるのは、これからもう少し先のことである――。

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