第七話 鋼の処女

「なんでヴェノリンドの風景がここに?」


 門をくぐった先に広がっていたのは、広大な草原だった。

 しかも、その向こうに聳える雲に覆われた峰々に俺ははっきりと見覚えがある。

 ――スモークマウンテン。

 前世の俺が暮らしていた異世界ヴェノリンドの霊峰である。

 龍脈の集まる地として有名で、前世の俺もここで半年ほど修業したことがあった。

 そのため、他の山とはまず間違いようがない。


「……どうしたの?」

「いや、その……。ダンジョンってもっと狭いとこイメージしてて。意外だなーって」

「広いのは見かけだけ。実際は、ある程度進むと見えない壁がある」


 なるほど、あくまでここはダンジョンであってヴェノリンドではないってことか。

 しかし、いったいどうして実在する場所とそっくりなのだろう?

 もしかして、何かしら繋がりでもあるのだろうか?

 少なくとも俺はそんなこと知らないんだけどなぁ……。

 仮にも賢者を名乗っていただけに、知識量には自信があったのだけど。


「出た」


 そうこうしているうちに、草陰から大きな野犬が飛び出してきた。

 む、こいつはヴェノリンドでは見ないモンスターだな。

 色素が抜けたような灰色の毛並みで、その手足はひどく痩せている。

 しかし、その鈍く光る眼からは強い殺気が感じられた。


「グレーハウンド。体力はないけど、動きが早いから注意」

「見た目通りですね」


 すぐさま掌に魔力を集め、魔法の準備をする。

 周囲が草原だから、ここは燃え広がらないように風魔法がいいだろう。

 とっさにそう判断すると、すぐさま呪文を紡ぐ。


「ウィンドショット!」


 風が唸り、弾となって放たれる。

 それにやや遅れて、ボンッと鈍い炸裂音が響いた。

 風の塊がたちまち痩せた腹を打ち据え、風穴をあける。


「キャウウゥン!?」


 モンスターらしからぬ情けない悲鳴。

 それを響かせたのち、ハウンドはそのまま動かなくなってしまった。

 下級魔法で一発か、強さはそれほどでもないようだな。

 ヴェノリンド基準でも、大したことはないだろう。


「……驚いた」


 一方、俺の狩りを見守っていた七夜さんは心底驚いたようだった。

 彼女はすぐさま俺に近づいてくると、穴の開いたハウンドの死骸と俺の手を見比べる。


「初心者で一撃は初めて見る」

「あはは……威力だけはすごいんですよ」


 感心するのを通り越して、どこか訝しげな表情をしている七夜さん。

 ウィンドショットなんて向こうじゃ下級の風魔法だけど、地球だと結構すごいのか。

 なかなか、ちょうどいい威力の調整が難しいな。


「……あの、七夜先輩の戦い方を見せてもらってもいいですか?」

「わかった」


 軽く頷くと、七夜さんは気合を入れるように手をポキポキと鳴らした。

 ……そう言えば彼女、武器らしいものを何も持っていないな。

 まさか、素手で戦うつもりなのだろうか?

 俺が少し驚いていると、草陰からグルルと低い唸り声が聞こえてくる。

 恐らくは、さっきのハウンドの仲間だろう。

 俺たちを警戒して、飢えた獣にしては慎重に様子を伺っているようだ。


「三頭いますね」

「わかるの?」

「え、ええ。まあ」

「そう」


 頷くと同時に、群れに向かって踏み込む七夜さん。

 ――ズシッ!

 地面から異様な足音が聞こえる。

 それはさながら、巨人が動いたかのような重々しい音だった。

 それと同時に雪のようだった七夜さんの肌が銀色の光沢を帯びる。


鋼の処女 アイアンメイデン


 微かに震えた唇が、イデアの名前らしきものを告げる。

 それと同時にハウンドたちが一斉に飛び掛かり、七夜さんの身体へと殺到した。

 小癪なことに機動服に守られていない首から上を狙っている。

 ――さあ、どうする!?

 俺は固唾をのんで見守るが、七夜さんは不思議なほどに動かない。

 このままじゃ、あっという間にハウンドの爪が顔に――あれ?

 

「なんだ!?」


 ハウンドの爪が七夜の頬に当たった瞬間、キィンッと耳障りな金属音が響いた。

 同時に火花が飛び散り、爪があっけないほど簡単に砕け散る。

 いったい、何がどうなっているんだ?

 まさか先輩も付与魔法が使えたりするのか?

 俺が呆気にとられる一方、七夜さんは冷静に素手でハウンドの頭を叩き潰す。

 ――ゴスンッ!!

 およそ女性の細腕には似つかわしくない威力の拳は、たちまちハウンドの身体を大地に叩きつけた。


「……これが私の戦い方」


 ものの数十秒で、ハウンドの群れは壊滅した。

 七夜さんは顔に攻撃が当たったというのに、かすり傷一つ負っていない。

 これは一体、何の能力だ?

 身体強化魔法の類に見えるけれど、いくら何でも身体を叩かれて金属音がするのは変だ。


「もしかして、身体が鋼になってました?」

「その通り、よく気付いた」


 俺の返答に、満足げに頷く七夜さん。

 彼女はそのまま自身の能力の詳細を教えてくれる。


「私のイデア、鋼の処女アイアンメイデンは全身を金属に変換することができる。これで攻撃力も防御力も大幅に上がるけど、体重もすごく重くなるから足場に注意が必要」

「へえ……」


 なかなか面白い能力である。

 攻撃にも防御にも応用が利きそうだ。

 けど、時に現代兵器をも上回るとされる討伐者の力としてはいささか地味ではなかろうか?

 そう思っていると、俺の内心を察したらしい七夜さんが少しむっとした顔をして言う。


「いま、ちょっと弱いとか思った?」

「いやそんなことは……」

「わかってる。ちょっと来て」


 こうして、ちょっとピリピリムードの七夜さんに連れられて俺は草原の端へと移動した。

 なだらかな斜面となっているそこは、大きな岩が点在している。

 七夜さんはそのうちの一つ、自動車ほどのサイズがあるそれに手を当てると余裕たっぷりに言う。


「ちょっと下がってて」

「え、まさか……」


 驚いている俺を何歩か下がらせると、七夜さんは拳を腰に構えた。

 そして深く息を吸い込むと――。


「はぁっ!!」


 響き渡る轟音。

 それと同時に拳が岩肌にめり込み、たちまち無数の亀裂が入った。

 やがて大岩はガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 なかなかやるなぁ、上級一歩手前ぐらいの威力は出てるんじゃないか?

 いったいどういう原理なんだろう?


「これが十倍パンチ」

「どうやってるんですか?」

「拳が当たる瞬間に、腕全体を鉛に変える。鉛の比重は人体のおよそ十倍だから、これで威力が十倍になる」

「おぉ……!」


 とても賢い能力の使い方である。

 攻撃力が十倍になるのは、魔法でもなかな実現しづらいな。

 というか、七夜さんのこの能力ならあのマネキンもぶっ壊せるんじゃないか?

 たぶん、俺が使った魔法より威力は出てそうだ。


「これ、例のマネキンの数字だと千ぐらい行ってません?」

「例のマネキン?」

「入社試験の時に使うやつです」

「たぶん行ってる。でもこれは、能力をよく使いこんで壁を超えたから」

「壁?」

「そう。イデアは使い込んでいると急成長することがある。それを壁を越えたという」


 へえ、イデアもなかなか奥が深いんだな。

 七夜先輩のこの能力も、もっと使い込めばさらに成長したりするんだろうか?

 金属だけじゃなくて、全身ダイヤモンドとかに変身できたら強そうだ。

 ……ちょっとギラギラしていそうで先輩のイメージには合わないけど。


「……ちなみにですけど、イデアを覚えたての状態でこの岩壊せたらどう思います?」

「そんな人いない」

「もしいたらですよ」

「たぶん、宇宙人か異世界人?」


 軽く首を傾げながら、つぶやく七夜先輩。

 うん、冗談のつもりだろうけどめっちゃいい線行ってる。

 前世が異世界人の俺は、たぶんこれ粉々にできるからな……。

 こうして内心で俺が冷や汗を流しつつも、研修はつつがなく進むのだった。

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