024:対峙1/迷子の夕暮れ

 ――ハイネン。

 それは、帝国領内で生活用品から軍事品まで取り扱う、ハイネン・マーケット。そこを経営する社長、エルマー・ハイネンの家系である。

 ハイネン・マーケットは帝国領内では供給量一位二位を争う会社であり、五百年以上続く古い店だ。


「はぁ……」


 実家の執務室の扉の前で一つ大きな息を吐く。実の父親に会うのにこんなにも緊張するのは、相手が相手だからだろうか。

 重い腕を上げて、二回。ノックする。部屋の中から、入室の許可が出たのを聞いて私はゆっくりと扉を開けた。


「……お久しぶりです、父上」



 * * *



 エドガー・グラウンは迷っていた。

 ガルア星系、フィニア・ステーションまで来たはいいのだが、今日宿泊する場所がない。

 他の傭兵仲間は皆散り散りに。露店を見てくる、なんて言っていた気はしたが。


「任命式にこんなに人くるんだな……」


 近隣の……いや、このステーションの宿泊施設はどこも満室。

 近くに空母『ヴァルキリー』を停泊させているとはいえ、久しぶりにステーションで寝たいのも事実。特に、任命式前で混んでいるステーションの停泊権を誰かに取られるわけにもいかず。

 滞在は難しいが、戻れない。そんな状況だ。


「まいったな……どうしようか……」


 街中を見渡すとこのステーションは、どこか他の星系のステーションと違うと感じる。文献で見るような古い街並みをコピーしたように見えたのだろう。設備等は最新の物がそろっているのだが。

 商店街、住宅区、工業区。どこを見て回っても落ち着いた煉瓦の様な建物が並ぶ。……不思議と、タイムトラベルしたかのような感覚に襲われた。


「兄さん、一つ食って行かないかい?」


 ふと、声をかけられた方を見ると、そこには老夫婦が店をやっていた。手には、串に刺した焼いた鶏肉。


「クシヤキ、ってやつだよ。一つ二百キャッシュさ」


 ――宇宙に進出した人類が、貨幣の統合を試みた。その果てが、キャッシュという単位になった。約二千五百年前の話だ。おおよそ、恒星間移動が確立された年からそう離れず、段階的にキャッシュという統合単位になっていったらしい。


「じゃあ、それを三、……いや、十本貰いたい」

「兄さん、太っ腹だねぇ。一本おまけしてあげるよ」


 気のいい老夫婦は、焼いたクシヤキと呼ばれるものにさっと塩をかけ、香辛料をかけ。紙袋に入れてこちらへと渡してくる。


「兄さんの行く先々に、幸有らんことを」


 不思議な、祝詞とも聞こえるそれに首を傾げると、老婆はふんわりと笑って、店の奥へと引っ込んでしまった。


「なんだったんだ、今の……」


 首を傾げるが、腕時計型の端末がメッセージの着信を告げたことによって、意識を引き戻される。

 メッセージの件名には『取れたよー』の文字。よくよく見てみれば、他のメンバーからもホテルが取れた旨のメッセージが届いていた。

 ふと気になって、老夫婦の店を振り返ってみてみると、そこにあったのは若い夫婦の喫茶店だった。

 ぞわり、と背筋に何かが走った気がしたが手にはクシヤキが残っている。

 ……空は――人工空は、夕方を告げていた。

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