第25話:輪廻

 タカマガハール。その神秘なる静寂を突如として破り、漆黒の巨大な龍が顕れた。

 湖の中心部が激しく渦を巻き始め、水柱が天に向かって噴き上がる。


 星空を身体に纏ったかのような、黒耀こくようの鱗。深紅の瞳は、無限の闇に瞬く赤い惑星であった。瞳の深淵には、いにしえの物語がひたと輝く。


 舞い上がった砂が、宇宙の塵のように夜空に溶け込んでいった。鋭い棘で覆われた尻尾を振り、大きな鉤爪で水面を蹴る。力強く翼を広げ、夜空に向かって飛んで行く。


 シュクフクを突き抜け、星々の間を飛翔する黒龍は、さながら漆黒の彗星。

 夜風に翼をなびかせ、げんあふれる雄叫びが遠くの砂漠まで響き渡る。


 黒龍の引き連れてきた水柱が、豪雨かと思う激しさで降り注ぐ。

 王族警備隊の仕掛けていった火炎装置が、次々に鎮火していった。

 

 ぜんとするガルガたちをよそに、砂地に足を降ろした紅が、天高く舞う黒龍を指差した。


「あの黒龍……アイヤだ」

「ギィーッ!」


 星空を駆ける黒龍は、紅の言葉に呼応するかのように、鳴き声を上げた。今度は翼をはためかせ、轟々と風を引き連れてくる。


 今まで何があろうと微動だにしなかったシュクフクが、花弁を大きく揺らした。


 そうしてズシンと音を立て、紅とガルガの前に降り立った黒龍は、深紅の瞳でそっと瞬きをした。

 崇高で厳かな様は他の黒龍と同じ。

 けれども、目尻の下げ方がアイヤそのものなのだ。黒龍には珍しい、長い睫毛も。


「本当に、アイヤなのか?」


 もう一度、ゆっくりと瞬きをした黒龍は、翼を下げガルガを見た。

 長い睫毛が揺れて、微笑んでいるように映る。


 王族警備隊を蹴散らし、皆に追いついたフォクスが、強靱な尾で鉄の檻を破壊した。ようやく解放されて涙するペリドットを前に、九つの尻尾をくねらせる。


「ギィーヤァー!」


 輪廻したアイヤが、黒龍のほうこうを放つ。獣の姿となっていたガルガ達が、まばゆい閃光に包まれ、元の姿に戻っていった。

 

 炎でずっと炙られていた豊満な身体に、黒龍アイヤの引き連れてきた恵みの雨を浴びたペリドット。そんな彼女に、優しく近寄ったオウルがローブを掛けてやる。


 紅は、自然とその手をガルガに伸ばしていた。肉厚のてのひらを確かに握る。

 タカマガハールの光を浴びた深紅の瞳が、今度こそ嬉しそうに和らいだ。縦長の瞳孔に浮かんだ柔らかい眼差しが、紅とガルガに送られる。


「ガルガ、行こう。王都へ」


 ギュッと握る掌は、未だ炎のように熱い。

 紅の熱を感じ、黒龍アイヤの瞳をジッと捉えていたガルガは、振り向いて仲間達を見た。


「来てくれるな? オウル、フォクス」

「もちろんです、隊長」

 

 黒いローブのオウルと、眼鏡を掛けたフォクス。二人のけんぞくが立て膝をつき、始まりの眷属、銀髪をなびかせるガルガにかしずく。

 

「私も行くわ」


 後ろで、ペリドットがヨロヨロと立ち上がった。涙を気丈に拭った彼女は、言われるまでもないと心配する皆に頷いた。


 全員でメディナの象徴、シュクフクを見上げる。

 

 白い花弁から、黄色い花粉が天高く放出された。月光を浴びたそれは、この国の富を司る砂金のようであった。


「貴方は何故、ここに咲こうと決めたの?」


 紅の問いかけに、花粉はただ静かに降り注ぐのみ。

 近いうちに訪れるであろう、審判の日を待ち構えるかの如く。

 

 黒龍アイヤが、身体を低くして「フン……」と鼻を鳴らした。翼を濡れた砂地に横たわらせ、紅を見る。


「黒龍には、お前が乗るんだ。紅」


 ガルガの声に、灼熱の視線がしっかりとまたたいた。漆黒の鱗に手を掛ける。

 黒龍は乗り手を選ぶ。黒龍アイヤの選んだ乗り手は、紅であった。


 紅焔のアイーシャが「かつて一つであった魂が、二つに分かたれた」と告げた言葉の通りに。


「行こう、皆」


 紅を先頭に乗せた黒龍アイヤが、両翼を大きく羽ばたかせる。

 タカマガハールの水面に波を作った黒龍アイヤは、王都へと飛び立っていった。


 

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