第17話:薬草の場所
ペリドットは
セイショクなど当然、存在しない。人間と獣人族が共存する文明国から、半ば人質として差し出された彼女は、
メディナ帝国で、弱いヒトは生きるに値しない。誰もがこの少女の未来を諦めていた頃、手を差し伸べたのがアイヤだった。
彼女は、自らが虐げられる身でありながら、ペリドットをずっと
獣人族の街に、こっそりと連れて行ったのもアイヤだ。
鳥籠としか例えようのない王都に比べ、その街にはまだ自由があった。獣人族はよく笑い、幼いペリドットを可愛がった。
ガルガの息子レオとオウルとは、この時に知り合っている。謂わば、幼馴染み。
大して歳も変わらないのに、いつだってアイヤはペリドットを気に掛けていた。
そんな彼女は、自分の婚約者によって顔を焼かれ、命を落としてしまった。
死にたくない。ヘドロのように
目の前に居るのは、紅という極東の女だ。けれども彼女には、二人が入れ替わるだけの理由があるように思えた。女の勘と言われてしまえばそれまでだけれども。
ぎこちなく紅の人差し指を握ったペリドットは、ツンと顔を背けた。耳だけが赤く染まっている。
「レオに黒龍の乗り方を教えた事、後悔してないわ。だって黒龍は、乗る人を選ぶもの。アイヤは、身体が弱すぎたのよ」
「私も一回、間近で見た。とっても崇高な生き物だと思う。だからこそ、アイヤの身体を気遣ったんじゃないかな」
紅の純粋な笑顔に、ペリドットはついに『仕方がない』と息を吐いた。
「……黒百合。彼らに力を貸してあげて」
幼馴染みのオウルが、見たこともない柔らかな笑みを浮かべる。
隣に立つフォクスは、ニヤニヤと笑いながら黒いローブの横顔を見遣った。
黒百合は、娼館で働ける身分とは言えセイショクだ。この中では誰よりも命が軽い。怯える美青年に近づいたフォクスは、背中をねっとりした手つきで
「大丈夫。ドットちゃんには、これから強大な権力が与えられるんだから。第二妃なんて、四人も愛人を囲っているのよ? 無理だったら、ボクの所に来れば良いじゃない! 黒百合くんってば、顔が好み……」
「「フォクス!」」
ナチュラルゲス狐の余計な一言に、紅とオウルが青筋を立てる。ペリドットなどは、瞼がピクピクと
「心臓の薬って、この国にある薬草でも作れるの?」
ガウンを羽織ったペリドットが、黒百合の膝に頭を載せていた。若い胸板を見つめ、指を咥える。
知っている情報と言えば、大王妃サファイアの寝物語くらいのものだろう。オウルがこれまでの経緯を改めて説明した。
ペリドットの祖国、スーベニアには心臓の薬が存在する。アイヤの事もあり、彼女の理解は早かった。
「ふうん。サレム家の独裁に、敢えて王族のアイヤをぶつける。悪くない話ね」
「そうなんだよ! 持病を克服出来れば、俺ら獣人族にもチャンスが訪れる。君だって、国に帰る事が出来るかもしれない」
説明をしている時のオウルは、いつにもまして声に熱が籠もっている。紅はそんなオウルを見て、何故だかガルガの顔を思い浮かべていた。
瞬間、紫の瞳をずっと
水晶はひとつひとつに色があった。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。
黒百合の周囲を急旋回し始めたそれは、色味が重なりあって、虹そのものだ。良く通る声が、呪文を唱える。
「
遙か遠くを見ているような紫の瞳に光が宿る。
ついに一つとなった水晶を
紅たちには、七色に光る水晶がどうにも眩しく感じられた。選ばれし紫の瞳のみが、ハッキリと瞳孔を広げる。
「スーベニアの医療が発展したのは、タカマガハールに自生する薬草を持ち帰った事が始まりのようです。大王妃の祖祖母、でしょうか。とても怒っている姿が見えます」
「メディナから見れば、
オウルは無意識に、分厚い本を抱える仕草を取った。紅とペリドットも神妙な面持ちで、耳を傾けている。
一人、皿にある鶏肉を勝手に食べていたフォクスが、うんざりした顔で骨を皿に戻した。
「もうやだ……薬草採取は、黒龍をもう一度盗みますって言ってるようなもんじゃない」
「どういう事? というか、
初めての言葉に、紅が首を傾げる。腕組みをして言葉を選んだオウルが「瑠璃国で言う炭みたいなものだ」と伝えた。赤い瞳が大きく見開かれる。
「刀鍛冶は炭がないと、武器を作れない。武器がなければ、武士や忍者は困る。なるほどね! 私、初めてアンタを賢いと思ったわ」
「今までは何だと思ってたんだよ! メディナにとって
紅達のやり取りを聞いていたペリドットが、酷く深刻な顔をしてぽつりと呟いた。
「問題は独占の中に薬草も入ってたって事よ。メディナが医薬の禁輸に厳しい理由って、私の国が原因だったのね」
「とは言え、いつだってサレム家だけは特別なのよね。自分達は、スーベニアから好き放題輸入してるじゃない。そのくせ、アイヤさんには薬を与えない。ホンット、いけ好かないわ」
「……白銀の
「
堪らず大声を出した紅に、全員がシィーッと指を当てた。部屋の外では、ペリドットの警護が待機しているのだ。
髪をシルクの布で包んだペリドットは、確信を得たとばかりに語気を強めた。
「薬草は、白銀の
そこまで話を聞けば十分だ。黒いローブからオウルが顔を出した。しかと瞳を捉え、幼馴染みの手を優しく包む。
「お前はここまでだ。ありがとうな、ペリドット。今は、大王妃との結婚式をつつがなく終える事だけを考えろ」
「えっ……いやよっ! 私と黒百合をこの国から連れ出して!」
普段は仏頂面しか見せないヘーゼルの瞳に、切なさと恋慕が入り交じる。紅はまだ、その感情を上手く把握が出来ない。
けれども彼女は、情熱の源泉かのように瞳を輝かせ、力強く言い放った。
「私とガルガで終わらせてみせる。だから、安心して」
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