第15話:皇女ペリドット

 一行は、王都と獣人族の街バスラの丁度中間にある、娼館街に来ていた。


 砂漠の風が狭い路地を通り抜け、きらびやかな鐘の音と共に重たい鉄のドアをきしませる。

 街路は繁った金と銀の提灯で照らされ、タイル張りの床を金色に染め上げた。


 若く美しいセイショクたちが、絹のカーテン越しに楽器の音を響かせ、華やかな香の煙を上げてヒトを誘い込んでいる。


 一際豪華な娼館。その天井裏に紅たちは潜んでいた。ルルは、ひいのセイショクが居ると別の娼館だ。


 やたらと狭く埃だらけの空間に、フォクスが大袈裟な仕草で口元を覆った。


「紅ちゃん、話が違うんじゃない。王族の特権って最適解はどうなったわけ?」

「えっ、あんなに美青年ばっかりだと思わなかったんだもん。それにほら! 私、くノ一だし」

「……お前が暗殺ばっかり請け負ってた訳を、俺は理解したよ。美人局つつもたせが出来ないからだろ」


 まさしく図星。じっとりしたオウルの視線に、紅は舌打ちしたい気持ちをどうにか堪えた。鼻に皺を寄せるのまでは、隠せなかったけれども。


「どっちにしたって星詠みの出来るセイショクには、アイヤの立場でも会えなかったでしょ」

「確かに。紅ちゃんの言う通りよ。まさか、ペリドット皇女の囲いだったとはね」


 紅の言葉はもっともだった。反論が出来ない。ぜんとしたオウルが、湿度の高い眼差しをフォクスに送った。


「全く、フォクスは脳筋に甘いんだよ」

「ふふっ、オウルの顔も好きよ。それにしてもまあ……結婚式が近いってのにお盛んだこと」


 眼鏡の埃を払ったフォクスが、ゲスの好奇心丸出しで室内を覗き込む。


 室内は青と金を基調とした装飾が施されていた。天井からは繊細なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、反射で薄暗い部屋が幻想的な光に包まれている。

 壁際には、香り豊かなオイルがずらりと並べられていた。


 部屋の中央ある湯船に、豊満な身体を沈めたペリドットが、何やら訴えていた。相手は星詠みとおぼしき、浅黒い肌の美青年だ。


「ねえ、黒百合。私と一緒に逃げて。こんな国、もう嫌なの」

「……今日は一段と『セイキ』が溜まっていらっしゃる。ローズの香油が手に入りました。これで、丹念に取り除きましょう」

 

 特別なオイルで満たされた水面には、金箔や花びらが浮かんでいた。黒百合と呼ばれた、ターバン姿の美青年がローズオイルを湯船に垂らす。


 浅黒い手は、ブロンドの長い髪に温めたオイルを優しく塗り込んでいった。オイルが髪に浸透していく感覚と、黒百合のぬくもりが心地よくて、ペリドットはうっとりと目を閉じた。

 

 するとどうだろう。甘い香りと共に、彼女の額から白いもやかたまりが立ち上ったではないか。


 天井から様子をうかがっていた紅の目が丸くなる。溜まらず、黒いローブを引っ張った。


「……あれが、風土病の副産物とかいうセイキ?」

「ああ。セイキを取り除けば、女性らしさを保っていられる。そうでなけりゃ、ごっつい王族警備隊だ。分かりやすくて良いだろ」

「ドットちゃんって美人だけど、ボク好みじゃないのよねえ」


 呑気な顔でぼやくフォクスに『そういう問題?』と、二人の冷ややかな視線が集中する。


 そうこうしている間にも、浴槽から上がったペリドット。彼女は、豊かなブロンドを黒百合の胸に預けていた。丸い胸を押しつけ、甘えた声で口づけを迫っている。


「アイヤ……ジェイバー卿の息子が私の黒龍に乗って消えた時、本当は嬉しかったの。これで王家に嫁がず済むって。ねえ、私を抱いて黒百合」

「いけません、ペリドット様。身体を離してください」

「……大王妃の婚約者である私に、恥をかかせたいの? 黒百合、お願いよ。抱いて」


 ポチャン!


 ペリドットと黒百合の官能的な駆け引きに、夢中になりすぎたフォクス。頭から突っ込む勢いで覗いていた、彼の眼鏡が湯船に落ちた。


 途端に、青年の顔つきが女性を守るそれとなる。艶のある滑らかな肌を抱きしめ、天井を見上げた。


 天井裏では、オウルが狐の耳を思い切り引っ張っていた。紅に至っては、くノ一モードフルスロットルだ。こっそりとナイフを構えている。


「何やってんだ、お前! 紅もせきずいはんしやするな!」

「後学のためについ……あの、話し合いましょ。ね? ボクも眼鏡を返して貰いたいし」

 

「そこにいるのは誰だ! 帝国軍を呼ぶぞ!」


 黒百合の存外男らしい態度に、天井裏の三人が硬直した。

 帝国軍とはつまり、ガルガの部下だ。参謀クラスが部下にこんな場所で見つかるなど、情けないにも程がある。


 ペリドットと言えば、黒百合の浅黒い腕に抱きかかえられ、ご満悦だ。恍惚としなだれかかっている。


 観念した紅は、ナイフで石畳を割り天井から逆さに頭を出した。

 薄暗い部屋に垂れ下がる黒髪と、顔半分にあるケロイド。シャンデリアの照明も相まって、やけにホラーじみている。



「……こんばんは。怪しい者ではありません。皆さんご存知、王族のアイヤでございます」

「ヒイッ! 亡霊!」


 突如現れた逆さまのアイヤに、きようがくしたペリドットの目が大きく見開かれる。美しいすいの瞳は白目をいたかと思うと、そのまま派手に卒倒してしまった。


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