第14話:星詠みを探しに

 獣人族の街、バスラ。小高い丘の上にあるガルガ邸では、オウルによる情報共有が行われていた。


 普段から黒いローブをすっぽりと被っているオウルが、牛乳瓶の底かと突っ込みたくなる眼鏡をかけている。黒板には、チョークで書かれた難解な言葉がずらりと並んでいた。


「風土病の原因である花粉は……で、あるからして。シュクフクの花粉は、人間のテストステロンおよび、オキシトシンに作用し……」

「はぁい、オウル先生」


 黄金色の耳をヒョコッと動かして、フォクスが手を挙げた。生徒は、紅・フォクス・ルルの三人だ。絨毯の上に各々、好きなように座っている。


 うやうやしく振り向いたオウルは、フォクスの指差す方を見た。「がさつ女」ましく吐き捨て、こめかみに青筋を立てる。


 あぐらをかいた紅は、授業そっちのけで居眠りをこいていた。前後に大きく揺れる身体は、船を漕ぐどころの話ではない。

 チョークをぶん投げたオウルの、ヒステリックな声がこだまする。


「寝るな脳筋! 話が先に進まないんだ、起きろ!」

「ちょっと、オウルってば。ボクだって、話が専門的過ぎてついていけないのよ。ほら、紅ちゃん。起きて」


 よだれを垂らしていた紅は、飛んできたチョークをサッと避け眠い目をった。忍者は、完全に眠る事をしない。幼い頃から、うたた寝を日常とする修行を積んでいるのだ。

 おおくびをした紅は、ヘーゼルの瞳を面倒くさそうに見た。


「風土病で攻撃的になった女が、謀反を計画。逆に男は攻撃性を失ったから、国家転覆が成功しましたで良くない? それが現在のサレム家だと。で、獣人族は風土病の影響を受けないんでしょ。人間にも例外がいる。アイヤみたいに」

「ホンット腹立つな、お前! 脳筋のくせにサクッと要約しやがって!」

「頭でっかちは、先生に向いてないよ。ふぁー、ねむ」


 金の皿から、オレンジを手に取り皮をく。甘酸っぱい果汁に紅は「美味しい~」と顔をほころばせた。

 

 本来ならば帝国軍参謀として、ガルガと港へ向かう予定だったフォクスも、飽きて大欠伸をしている。

 じゆうたんに眼鏡を放り出してねるオウルに、薄茶色の瞳を向けた。


「つーかさ。ボクが聞きたいのは、星詠みとタカマガハールなんだけど。タカマガハールがあるのはシュクフクの真下よ? 真下! ごっつい王族警備隊がウロウロしてる場所まで行って、薬草を手に入れてさ。心臓の持病を治したい理由はなんなの? アイヤさんが望んだからってのは分かるけど」


 紅はまだ他国を知らない。自分の事とは言え、ポカンとするのも当然である。フォクスの抱いた疑問に、従女のルルが眉をひそめて答えた。


「奥様の使った魔術は、黒龍の炎に負けずとも劣らずだったと王族警備隊が話しておりました。獣人族にとって、奥様は貴重な戦力なんじゃありませんか?」

「え、そうなの? 私、この国でも役に立てるんだ! ありがとう、ルル! 私は、心臓の持病を治したいよ。アイヤに身体を返すため……」


 それきり紅は、黙りこくってしまった。火傷に掛かる黒髪が悲しげに揺れる。

 今にも割れてしまいそうなルビー。アイヤの魂は、もう二度とかえらないかもしれない。


 その時、ふくれっ面でナッツをむしゃむしゃ食べていたオウルが、全員に強い眼差しを送った。諦めるなとでも言うように、話の核心に迫る。


「大王妃は、健康体の紅が目当てだと仮定している。そしてだ。この、猪突猛進女が言いなりになると思うか? 俺は、サレム家の圧政をどうにかしたいだけだよ」

「あ、だったらボクも賛成。ルルさんからしたら、クーデターが心配なのは分かるけどさ。それに、アイヤさんは輪廻転生するんじゃない? 紅ちゃんが証明したでしょ」


 ベールをギュッと握ったルルが、口元を強ばらせる。紅は逆に、フォクスの言葉で救われていた。


 ――そうだ、アイヤも輪廻するんだ。魂が消える訳じゃない。


 瞳を輝かせ、ぜんやる気を出した紅に、渋々といった感じでルルが口を開いた。


「……星詠みなら、私に心当たりがあります。娼館で働くセイショクに不思議な力を持つ者がいると」 




「紅を娼館へ連れて行く?」


 港から戻ったガルガが、潮風でまとわりいた塩を払いながら、露骨に嫌な顔をしていた。不機嫌丸出しの金色の瞳を、何故かフォクスに向ける。

 突然、睨みつけられたフォクスは、慌てて周囲に同意を求めた。


「ルルさんが言い出したのよ! 娼館に星詠みの心当たりがあるって。ちょっと、オウルからも何か言って!」

「日頃の行いのツケが回っただけだ。仕方ないな」

「なにそれ、酷い」


 オウルとフォクスの背後に立つ紅は『任務だから行く』といった様子。

 くノ一モードになると、いとも容易く私情を切り離してみせる紅に、ガルガは心がモヤモヤするのを止められなかった。

 

「人間の男がいるんだぞ。娼館で働けるセイショクは、選りすぐりの美青年ばかりだ。ルルに任せるでは駄目なのか」

「王族の特権を利用した方が合理的じゃない。なんでそんなに不機嫌になるの? 男と寝る訳でもなし」

 

 いくら美人局つつもたせには向かないタイプとはいえ。紅だって、遊郭に潜入した事くらいはある。何も遊女になる必要などない。男装して下働きでも構わないのだ。


 普段なら温和なガルガだが、この時ばかりは感情が先に出た。上ずった声が執務室にこだまする。

 

「ねっ寝るだと!? 私という者がありながら、お前は美しい男を選ぶと言うのか!」

「おい、ガルガ。話が飛躍しすぎだぞ。ここでは、紅の戦略が最適解だろ。お前らしくもない、どうした」

 

 ビックリした顔のオウルが止めに入った。隣ではフォクスが「あらぁ」と呟きながら、にんまりしている。


 頬を赤く染めた紅が、黄金色の尻尾を引っ張った。


「ゲス狐! 話をややこしくしないでよ。あの……そんなに心配なら、ガルガも来る?」

「行かない」

「えっ?」

「私が行けば話が大きくなるだけだ。何だか気分が悪い。今日はもう休む」


 中年獣人族の子供のようなかんしやくに、紅の目が丸くなった。見れば、背を向け褐色肌の筋肉がプルプルと震えている。

 

「……それじゃあ、行ってくるね」

「紅、お前は素性が割れてるんだ。気を付けろ。何かあったら、女顔のオウルを置いて行け」

「えっ、ちょ! 俺!?」


 急に振られて騒ぎ出したオウルのローブを引きずった一行は、ルルの手引きで娼館へと向かっていった。

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