第10話:不穏が立ちはだかる
街に戻った紅は、一行から離れた場所で、何処までも続く砂漠と立ち上る陽炎を眺めていた。
高さ数千メートルはあろうかという、巨大な花弁に夕日が落ちる。赤やオレンジ、ピンクなどの色が混ざり合い紫色のドレスを染めた。
甘く、スパイシーな香りが
「ガルガはこういうのに疎いからな、つけておけ。スラム街に行ったのがバレると面倒だ」
「……連れいてったのは、アンタたちじゃん」
「お前が猪突猛進過ぎるからだよ! 下手に止めたら、屋敷を抜け出してでも行っただろ。俺はゾッとしたよ。忍者を甘く見てた」
何も言い返せない。オウルの言う通りだった。アイヤの身体を危険に晒す可能性すらあったのだ。大人しく手を差し出し、香水を受け取る。
ジャスミンやバニラ、サフランなどの成分から作られたそれは、この国の豊かさを象徴するものだと紅は思った。
冷えた空気が吹き込んで、黒髪がなびいた。顔の半分に出来たケロイドを落ちかけた夕日が照らす。
「ねえ、
「どうだろうな。黒龍は乗り手を選ぶ。強い者しか認めないのは事実だ」
「……だからアイヤは、あんなに持病を気にしていたんだ」
砂を踏む、ギュギュという音がして二人は振り向いた。ガウンを持ったガルガが立っている。
鳥肌を立て始めた白い肌に、そっとガウンを掛けたガルガ。彼は「帰ろう」とだけ言って、紅を抱え上げた。
逞しい身体に抱えられていると、何故だか心が落ち着く。紅は
スラム街とは全く違う、様々な金細工のランプが灯る街並み。
その中央で、何やら不穏なざわつきが響いてくる。ガルガ達は自然と早足になっていた。
広場では怯えた獣人族が、ひたすらに頭を垂れている。
特徴的な肩当てを見た、ガルガの耳が垂れた。紅の身体を無意識に守る。
「王族の許可なく、スラムに立ち入る事は禁止されている。ジェイバー卿一行、およびアイヤ。来て貰おう」
「お願いです、止めてくださいまし! 奥様は王族です。連れて行くのは獣人族だけに……」
「黙れ、女。アイヤは王族ではない、罪人だ。顔の火傷を見ろ」
やけに筋肉の発達した女兵隊達が、一行を取り囲んでいた。
紅だけは連れて行かないでくれと食い下がる、ルルを蹴り飛ばす。
「やめなさいよ、相手は女性なんだから! 君達も女性だけど! 一体、どこから話を聞きつけたの。……まさか、内通者でもいるわけ?」
ルルの間に入ったフォクスが、尻尾を逆立てる。眼鏡すれすれに槍の矛先を向けた女戦士が鼻でせせら笑った。
「貴様は狐族だったな。『最初に疑問を口にすれば疑われない』とはよく言ったものだ」
ヒトと獣人族の
銀色のたてがみをなびかせたガルガが一歩、前に出た。
「我々を連行してくれ。代わりに武器を降ろしてくれないか」
◆
静かに夜を包む砂漠。一行はラクダに乗って、王宮へと向かっていた。
空には無数の星が輝いていた。月は欠けていたが、それでも十分な光を照らす。砂漠は月光によって銀色に輝いていた。
突如、大きな影が落ちて紅は空を見上げた。
「ギィーッ!」
満天の夜空を覆い尽くすかのような
美しき黒龍は砂漠の上空を高く飛んだ。鳴き声はまるで雷だ。砂漠に地響きを連れて
大きく旋回した両翼は、山の如くそびえ立つシュクフクへと向かっていった。
初めて目にする黒龍を、紅は姿が消えるまでずっと見つめていた。複雑な面持ちのまま、ずっと。
王宮は夜にも関わらず、圧倒的な存在を見せつけていた。高くそびえる壁、
「降りろ。
風が吹き、
「そうやって、息子の時も妻だけを連れて行ったじゃないか。彼女は悪くない。私を連行してくれ」
女戦士は、
「貴様らの使命は王宮の死守のみにある。これの意味する所が分かるか? 生きる外壁となれ、だ。ヒトを
「旦那様。私が奥様のおそばに参ります」
紅の前を歩いていた女戦士が振り向く。ルルに「ついてこい」と合図を送った。獣人族には見向きもしない。
「毎度の事だけど、ほーんといけ好かないのよねえ」
フォクスが挑発的に呟いて、震える獣人族の長に同情の眼差しを送った。
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