第7話:メディナ帝国の街②

「ねえ、ラクダ族っていないの?」

「いないな。ラクダはラクダだ」

「羊も羊だもんね。まあ、美味しいからいいけど」


 白いベールで顔を覆い、しゃなりとラクダに乗った紅。その後ろに褐色肌の逞しい肉体がまたがる。太い二の腕が、紫のドレスに触れた。

 

 ――ベールがあって良かった。


 ガルガに抱いている感情は、父性へのじようだろうと思う。けれども時たま、抱きしめられたい衝動が湧き上がるのだ。

 紅は、その感情に上手く名前を付けられなかった。


 振り返った赤い瞳が、ラクダの列を見遣る。流石は軍隊長。プライベートとはいえ、従者がずらりとついてくる。


 ――とても偉いのに、人間より下なんだ。大王妃ってどんなヤツだろ。

 

 街は獣人族であふれており、人間もいた。


 市場は小さいが活気がある。色とりどりの布や香辛料、野菜で溢れていた。砂漠からの風が、市場の通りを流れてゆく。様々な香りや声が混ざり合い、独特の魅力を放つ


 そんな中を、繊細な装飾が施されたヴェールに包まれた紅が歩いていた。

 彼女の目は映るもの全てに興味津々だ。


「焼きたての鶏をどうぞ、アイヤ様!」と、犬族の男が声をかけてきた。手に取った紅は、鼻腔を突き抜けるスパイスに顔を綻ばせた。パクリと頬張り、口に広がる肉汁に目尻を下げる。


 銀細工や宝石、じゆうたんやランプなどの美しい工芸店はベールで顔を包んだ女性が店主をしている。店先で水煙草を楽しむ者もいた。


 ウサギ族の子供が、路上で遊んでいる。近くでは母親が洗濯をしながら世間話をしていた。井戸端会議には、猫族や鹿族もいる。


「獣人族と人がいっぱい。楽しそう……でも、ラクダはラクダだし、羊は羊なのよね」

「あら、可愛いお嬢さん。君、国の紅ちゃんでしょ?」


 急に名を呼ばれ、赤い瞳が瞬時にくノ一だった時のものになった。護身用に持たされたナイフを腰の後ろで構える。


 眼鏡を掛けた狐族の男が、口角をキュッと上げて微笑んだ。籠には新鮮な果実と一緒にカルダモンやクミンなどの香辛料をぶら下げている。


 やたらと色素の薄い茶色の瞳が、男を無駄にイケメンたらしめていた。そこはかとなく、胡散臭い。


「アンタ、誰? 私の故郷を何故、知ってるの」

「あれえ、オウルから聞いてないの?」

「フォクス!」


 黒いローブを引きずり、すなぼこりを舞い散らかしたオウルが駆け寄ってくる。紅は、腰に添えたナイフをそっと降ろした。


「街の入り口でと言ったろ! 相変わらず、適当な男だな」

「君が細かいだけじゃない。こんにちは、紅ちゃん。ボク、フォクス。これでもね、帝国軍の参謀をやってんの」

「顔につけてる、その変な金具は何?」

「あら! これは眼鏡って言うの。国から来たお嬢ちゃんには、初めてだったかな」

 

 工芸店で女性と話していたガルガが気づいた。手にしていた銀細工を下げ「屋敷に届けてくれ」と慌てて言い残し、走ってくる。


 不器用に立ちはだかった大男の、たなびく銀髪が白いベールをさらった。


「お前は呼んでないぞ、フォクス。その……お前は女に手が早いからアレなんだ。仕事に戻れ」

「ボクは今日、公休日なんですけど。知ってて言うの止めてくんないかしら」

「俺が呼んだんだよ。脳筋のお供はここまでだ、後は勝手にやってくれ」


 獣人男があーだこーだと、グダグダやり始める。無視した紅が、賑わいであふれた雑踏を見渡した。


 市場を半分過ぎたあたりから、紅にはずっと気になっている事があった。

 獣人族はつがいを成し、家族でいる者も多い。だがしかし、人間は全てが女性なのだ。子供や老人も含め全員。


「ねえ、ガルガ」

「どうした? 紅」

 

 シュクフクの真っ白な花弁が、雲一つない空で神の如く咲き誇る。


?」


 オウルたちが、それまでのリラックスムードなど嘘のような、険しい顔を浮かべた。

 ガルガが、金色の瞳を悲しげに細めていた。

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