第6話:メディナ帝国の街①

 白い大理石で造られたそうれいな建物。中庭には噴水や花壇があり、天井には金色のモザイクが施されている。

 尖塔が空に向かってそびえ立つ。部屋からは帝国の全景が見渡せた。


 カラスから手紙を受け取った主は珍しく、心底愉快げに笑っていた。


 金糸を織り込んだ黒のターバン。王家の刺繍が施されたガウンを羽織り、白い腰布も同様の輝きを放っていた。


 手紙に鼻を当て、香りを吸い込む。


「大王妃、なんだかとても楽しそう」


 豊満な肉体が絡みつく。見事なブロンドが、大王妃のガウンに垂れた。


「アイヤは『紅』に名前を変えたそうだ」

「……獣人族の間で、そのような遊びが流行っているのですか?」


 振り向いた大王妃は、長いブロンドをわざと乱暴に掴むと唇を噛んだ。女から熱い溜め息が零れ落ちる。


「結婚式を控えているのに『セイショク』と遊ぶのを止められない、貴様も獣だろう」

「私のは療法ですから。アイヤは、貴方様の下した罰で死んだと聞きましたが」


 大王妃サファイア。その名に相応しい、何処までも深い青の瞳がえつに揺れる。


「それが面白い事に、別人に輪廻転生したそうだ。カラスから手紙が来てね。是非、この国を案内したいと思う。そうだな……まずは『セイショク』なんてどうだ?」

「貴方って、本当に意地悪」


 ブロンドの女は口元だけで微笑むと、シルクのベッドに横たわりイチジクをつまんだ。

 つやのある視線を投げかけ「たまには婚約者の相手をしてください」そう言って身体を開いた。

 


 ◆



「いやっほぅ!」

「奥様! お願いですから、とんぼ返りはお止めくださいまし!」


 侍女ルルの悲鳴が日常となった、ガルガ邸。

 紫色のシルクドレスを身にまとい、ダイアモンドのピアスをぶん回しながら、とんぼ返りを繰り返す紅の姿があった。


 今日は、待ちに待った外出の日。


 金とエメラルドで作られた華麗なネックレスは「重い」と却下。

 無邪気なはしゃぎっぷりに、ガルガは苦笑いをしつつも嬉しそうにしている。

 

 アイヤから、光の欠片を受け取った紅。彼女は、本当に身体がよく動くようになった。


 ただし、オウルの見立てでは「心臓の持病は変わらぬ」との事。彼女もくノ一だったのだから、悪戯いたずらに己を過信しない。

 その証拠に鉛のような感覚が、常に心臓の奥深くでうごめいているのだ。


「気付け薬を持っていけ、脳筋」


 部屋に入るなり、薬袋を投げたオウルをめにする。「ぐえ!」叫びながらも、フードを死守する男に食ってかかった。


「アンタも来るのよ、フクロウ

「俺には調べ物が……いったいな、噛みつくなよ!」

「紅が二人は嫌だと言うんだ。私のようなおじさんが相手ではつまらんのだろう。一緒に来てくれないか、オウル」


 オウルが睨みつけると、紅は露骨に頬を染めて顔を背けだした。わざとらしく口笛まで吹いている。


「ガキ紅! デートぐらい一人で行け!」

「シーッ! ガルガは耳が良いんだから!」

「デートがどうしたって?」


 ルルに髪をいて貰っていたガルガが、鏡越しに二人を見る。立派な尻尾が今日はなおの事、ピンとして見えた。


「俺だけにコイツを押しつけないでくれよ。フォクスがいるだろ」

「アレは女に手が早くてな……」

「大丈夫。こんなにがさつな女が平気なの、ガルガくらいだよ」


 外に出たくてたまらない紅は、赤い砂岩の外壁に乗り上げ、巨大な花シュクフクを見ていた。羊の焼ける匂いに鼻腔を膨らませる。


「早く、皆でいこ」


 顔の半分がケロイドで覆われていても、小首を傾げて笑う紅にはアイヤとはまた違う魅力があった。満更でもないガルガが笑い皺を作る。


「首を掴むな! 俺はフォクスを呼ぶからな!」


 ジタバタ暴れる小柄な黒いローブを引きずって、一行は街へと繰り出した。

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