第5話:紅とアイヤ
とても静かだ。うっすらと目を開けた紅は、光に包まれた空間を見渡した。薄もやのかかる世界は、ガラス細工のようだった。軽く赤みがかっている。
「紅さん?」
柔らな声色に紅が振り向いた。
そこには、困ったように笑うアイヤがいた。
――火傷をする前のアイヤは、こんなにキレイな人だったんだ。
スッと通った鼻筋、花の
姿を見つめる紅の目に、切なさが宿った。
「ごめんね、アイヤ。身体を乗っ取ってしまって」
俯いたアイヤは、優しく
「私が悪いんです。レオさんは、後妻の私が苦手でしたから」
「レオ……ガルガの息子?
「ええ。この国はヒトである事と、証を制する力が全てなのです」
「証……」
屋敷の長であるガルガの不在。その間中、彼の息子が起こした不祥事を、誰一人として語ろうとしなかった。紅は不満を
自分はここに居てはいけないのだ、と言う思い。
顔を曇らせた紅に、アイヤが手を差し出した。
「
中を
「紅さん、驚かないんですね」
「獣人族がいる国だもん。今更、驚かないよ。黒龍、すんごくキレイだね……私の国にも龍の伝説があるんだよ。ちょっと形は違うけど」
アイヤの表情がフッと和らぐ。赤い瞳が桃のように薄らいだ。
「私は王族でありながら、黒龍に乗れませんでした。レオさんは、獣人族初のドラゴンライダーだったんです」
「……王族ってのは人間なんだよね」
「はい」
「ふうん、なるほどね。獣人族が龍に乗ったから、罰を受けたって訳か」
里ではよくある話だ、と紅は思った。どれだけ実力主義を
長の直系である紅と、父親の違う
口元に手をやったアイヤが眉を下げ、話を繋ぐ。
「紅さんの仰る通りです。レオさんがヒトであれば大事には至ってません。私とガルガ様は、政略結婚でした。『獣人族の監視をせよ』姉様から受けた命です。レオさんを止められなかった、私が悪いんです」
「……だとしても、お姉さんは酷いと思う。実の妹に死ぬ程の火傷を負わせるなんて」
そうするのが癖なのだろう。アイヤは自信なさげに、ベールの端をギュッと握った。張り付いた困り笑いが痛々しい。
「私、
オドオドするアイヤに妹の
「身分や
「紅さん……」
不意に視界がぼやけ、アイヤのヴィジョンが遠ざかっていった。間もなく意識が戻る。
アイヤは、手を伸ばすと光の粒を手渡した。
「これは紅さんの欠片です。少しは身体が動くようになると思います。元のようにはいきませんが。受け取って下さい。これは、貴方自身なのですから」
「アイヤ……!」
束の間、意識が途切れる。最早、見慣れたと言って良い幾何学模様の天井。
アイヤは、夫を愛していた。痛いほどに伝わってきた、切なる愛情。
頬に大粒の涙がぽたりと落ちてきて、紅は金色の瞳を見た。夫もまた、アイヤを心から愛していたのだ。
たとえ、それが政略結婚だとしても。
「心臓の発作を起こしたんだ。苦しくないか? 紅」
「気付け薬が効いたな。ちょっとは俺の言う事を聞けよ、脳筋。アイヤ様には、心臓の持病があるんだ」
はらはらと涙を零した紅が、ガルガを見つめる。
苦悩に刻まれた
――きっと、アイヤもそんなガルガを愛したんだ。
「心配を掛けて、ごめんなさい」
子供のような泣き声が響き渡った。
気まずさを打ち消すかのように、改めて腕組みをしたオウルが、街の外に目を向けた。
「この一週間、シュクフクに行くんだって大騒ぎだったんだ。この女に安静は無理だろ。好奇心の塊だぞ」
ゆっくりと紅を抱き起こしたガルガは、彼女を連れて窓辺に出た。
高台にある屋敷からは、こぢんまりした街が一望出来る。獣人族たちの賑わいと、風に乗って漂い込んでくる香辛料の匂い。
街の終わりから延々と続く砂漠。
視界の先に、直径5kmはあろうかという巨大な花が咲いていた。
メディナ帝国の象徴『シュクフク』
紅の瞳は、その白い花びらを一心に見つめていた。
「花の名前は『シュクフク』って言うんだよね。えっと、五千年雨が降り続いて……」
「記憶力がホント雑魚だな。雨期は50年だ」
「黙れ、ネチネチ
ガルガとオウルが微かに顔を強ばらせた。
一方のルルは、うっとりと笑みを浮かべている。
「奥様は王家の血筋。魂が紅様となっても変わりません。シュクフクの神子です。私からもお願いします。どうか、街へ」
瞬間、紅の落ち着き払った声が室内を過った。
発作を起こした時のアイヤを彼女は、噛み締めていた。
――私は、この国を知らなくちゃいけない。
「お願い、街に連れて行って。ガルガ」
全員の視線が、それまでと様子のがらりと変わった紅に集中する。
赤い瞳に決意が滲んだのを、アイヤの夫は確かに見た。
「……分かった。次の休みに行こう」
ガルガは紅の胸元で光るルビーに目を落とすと、静かに
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