第4話:この身体は誰のもの?

「何をしているんだ? くれない


 はりにぶら下がった紅は、上がらない身体に歯を食いしばった。腕は震えるばかりで掴まっているのがやっとだ。ふう、と息を吐き金色の瞳を見る。


「身体を鍛えてんの。部屋を出るなって皆、うるさいし」

「当たり前だろう。酷い火傷だったんだぞ」

「奥様は生まれつき身体が弱いんです。お願いですから、わたくしめの言葉に耳を貸してくださいまし」


 ガルガ不在の間中、屋敷の者から言われ続けた台詞。紅の目つきに反抗の色が宿る。


「だからって、ベッドでずっと寝てたら動けなくなるよ?」

「奥様……」


 思わずこめかみを押さえてしまったガルガが、頬を膨らませる紅の元に歩いて行った。大男の彼なら簡単に降ろせる高さだ。

 しかし、ガルガはためった。紅という女、強気を装うが処刑された心の傷が癒えていない。


 目線を合わせたガルガは、優しく語りかけた。目尻に笑い皺が出来る。


「降りてきなさい、紅。少し休んだら、街へ行こう。私が案内する」

「え、ホントに!?」


 子供かと思うような笑顔が弾ける。

 ガルガは、純粋に紅を可愛いと思った。


 瞬間、体重に耐えきれなくなった手が滑った。「奥様!」ルルの悲鳴がことほか大きかったのも相まって、完全にバランスを崩してしまった。落下でシルクのスカートがふわりと膨らむ。


「アイヤ!」


 必死のガルガは、叫びと同時に紅を抱き止めた。褐色のたくましい胸に顔を埋めてしまう。紅は、ガルガの激しく脈打つ鼓動を耳にして、申し訳ない気持ちになっていた。

 

 と、同時に自分の心にも感じた事のない温もりが灯る。キュゥッと締め付けてくる感情に、紅は困惑していた。


 ――父親? なんだろう、よく分からない。


 頬を赤らめ「ごめんなさい」と何とか絞り出す。


 安堵の色を浮かべた金色の瞳が、細身の身体をそっと降ろす。直ぐに手を離して、さりげなく距離を取った。


「お前がいない間、大変だったんだぞ。俺はアイヤ様が恋しいよ」


 騒動を聞きつけたオウルが、うんざりした顔でガルガの背後に佇んでいた。紅はガルガを挟んで顔を覗かせたかと思うと、舌を突き出した。


「うるさいよ、フクロウ! ほんっとしゆうとめみたい」

「黙れ、脳筋。それを言うならしゆうとだろ」

「フン、頭でっかち。宝石の中にいるアイヤを戻せないくせに」


 二人の酷すぎるやり取りに、ガルガは再びこめかみを押さえた。


「ガルガ。俺は今、輪廻の法則を調べてる。アイヤ様に戻ってきて欲しいんだ」

 

 分厚い本を抱えた黒マントから、ヘーゼルの瞳がのぞく。その目は至って真剣だった。紅は、唇をギュッと噛んで押し黙っている。


 ――オウルの主張は、紅に消えろと言ってるのと同じじゃないか。


 無精髭をさすった主人が、妻の姿をした紅を見遣る。驚いたことに、彼女はオウルの主張に反対をしなかった。

 

 代わりにぽつりと「私も返したいと思ってる」そう、口にした。




 紅は筋トレを、身体が弱いアイヤを想っての事と断言した。

 一方のオウルは、アイヤは持病こそがネックなのだと言い張って聞かなかった。


 どちらの言い分も分かるし、正しい。

 だがこの二人、揃って強情が過ぎる。


 直ぐに言い合いが始まって、ガルガは今度こそ頭が痛くなっていた。


 いさめようとした、長い銀髪を興奮した紅が引っ張る。瞳の奥にいちまつの自責が揺れたのを、獣人族の長は見逃さなかった。


「落ち着きなさい、二人とも。アイヤは私の妻だ。この話はせめて、私が戻るのを待ってからにして欲しかった」

「それは! あの陰気フクロウが煽るか……いっ!」


 ――心臓が、痛い。


 初めて味わう、強烈な痛み。胸元をギュッと掴んだ紅が顔をしかめ、急速に青ざめる。


「クソッ、発作だ! だから言わんこっちゃない!」

「大丈夫か、紅! オウル、薬を急げ!」


 心配するガルガの声を聞きながら、紅は意識を失っていった。

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