第2話:状況を整理しませんか

「それじゃ自己紹介といきましょうか」


 了解、という意味か。狼の耳をヒョコッと動かしたガルガが腰掛ける。

 くれないは、金細工の見事な椅子に視線を落とした。室内の豪華さを見ても、それなりの地位だと容易に想像がつく。


「ルル、少し外してくれるか」

「かしこまりました、旦那様」


 アイヤの侍女、ルルが部屋を後にする。ふわりと花の香りが漂った。


「私は、ガルガ・ジャイバー。獣人族だ。メディナ帝国軍、隊長を勤めている」

「ふうん。やっぱ、お偉いさんなんだ。他も皆、動物人間なの?」

「いや、ヒトは存在する。お前、今さっき鏡を見たばかりじゃないか」


 彫りの深い金色の瞳が、呆れた様子で紅を見た。

 ガルガは、上背が2メートルはあろうかという大男だ。上半身は裸。日に焼けた筋肉に、癖のある長い銀髪が垂れている。腰に巻いた布からは、立派な尻尾が伸びていた。


 年齢は紅の父親と変わらないように思える。顔に刻まれた皺を見て、20歳くらい年上なのかなと紅は思った。

 

 口を尖らせた紅が、反論も込めた自己紹介をする。


「だって。こんな赤い目、見たことないもん。私の名前はくれない。一応、伊賀の傍系はたけい。忍者よ。里を抜けようとして、処刑されたの」

「にんじゃ? いが? なんだそれは」

「あのねえ、私だって今さっき死んだばっかりなの! ……やってたことはアンタと大差ない。こっちは帝って貴族に雇われてた。てか、ここは何処なのよ!」


 ――ダメだ、話が噛み合わない。


 二人は同時に溜め息をついた。この調子では、互いの素性を知るまでに何ヶ月掛かることか。


 眉を寄せたガルガが、手を叩く。


「おい、オウル! そこにいるんだろ、来てくれ!」


 石畳に落ちた影がかすかに揺れる。

 姿を現したのは、黒マントをフードまですっぽりと被った小柄な男だった。分厚い本を脇に抱え、クリスタルの器を持っている。


「済まないガルガ。アイヤ様の薬をお持ちしたのだが。その、偶然聞いてしまって……」


 ベッドであぐらを掻いていた紅が、陰気くさい男をいちべつして口元をひいた。


「気配を消すの、上手じゃない。貴方も動物人間なの?」

「失礼なヤツだな……我々にはじゆうじんぞくという呼称がある」

「え、何? ボソボソ喋るから聞こえない!」


 オウルは「がさつな女だ」と毒を吐き、黒マントを引きずった。ガルガに耳打ちをする。狼の耳が、ピクリと動いた。

 頷いた小男に、ぜんと無精髭をさする。げんな顔の紅に、ガルガから告げた。


「輪廻転生で伝わると。ニンジャは、他国の書物に記述があるそうだ。傭兵だと思えば良いんだな……えっ?」


 黒マントから、透き通るようなヘーゼルの瞳が覗く。オウルは元アイヤに作られた火傷を見ていた。ガルガにクリスタルの器を渡す。


 輪廻転生で納得している紅には話しかけず、それきりきびすを返し去ってしまった。


「オウルが書物を探してくれるそうだ。それからコレを。火傷に塗る薬と痛み止め」

「ああ、ありがとう。そう言えば火傷してたっけね」


 余りにもケロッとした物言いに、ガルガはずっと感じていた疑問を口せずには居られなかった


「ニンジャは痛みを感じないのか?」


 ベッドから降りた紅は、タイルの上をつま先で飛び跳ねながら、己の生い立ちをあっさりと語った。


「里は火を使った忍術が多いんだ。耐えられないやつから死んでく。修行は、三歳になったその日から始まるんだよ。火に飛び込むの」

「……そんな。まだ幼子じゃないか」

「でも、やらなきゃ殺される」


 一瞬だけ、紅の目元が悲しげに揺れた。その佇まいに、妻のアイヤを見たガルガはつい言ってしまった。


「ここにおいで。おじさんの手じゃ嫌だろうが、私が薬を塗ってやろう。この国は暑い。化膿するからな」


 それまで人を食ったような態度しか取らなかった紅が、急に硬直してしまった。赤い瞳を彷徨わせ、居心地が悪そうに下を向く。


「なに、心配するな。怖がるような事はしない。約束するよ」


 アイヤの魂がいるルビーに二人の視線が自然と集まった。大粒の宝石が、ほんの少しだけ光を放つ。負のオーラは感じられなかった。

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