第10話 毛玉の正体及び元上司の現在について
「竜……あれは……叔父上?」
ラーヴァが呟いた。叔父上って、まさか。
「はぁーい! アリスター! ラーヴァ! 来てやったわよー!」
上空から野太い声が聞こえたと思ったら、黒い竜が庭に着地した。
騎乗用のぴっちりとしたパンツとジャケット姿の体格の良い壮年男性が、ひらりと
竜の背から降りてにこにことこちらを見ている。
「室長⁉ どうしてここに……あっ!」
わたしは慌ててピースを探す。だが、遅かった。
「やっだー、ぶさかわー!」
室長が目にもとまらぬ速さでピースを引っ掴み、撫でまわす。
しまった、やっぱりピースが目当てか。ということは、ラーヴァの言う通りピースは研究所で孵化していた竜、ということになるのか。
「ねえ、見てよブラックパール。ほら、もっふもふよ。アンタとはぜんっぜん似てないわね」
ブラックパールと呼ばれた黒い竜は、ピースを一瞥するとツン、と目を逸らした。
ブラックパールは最初に成功した人工授精の交配種だ。ピースがあの時の卵なら両親は同じだから、ブラックパールはお姉さんてことになる。でも全然似てない。
「ピースを連れ戻しに来たんですか?」
「ぴーぴ!」
ピースが室長の手から逃れて、わたしとラーヴァの後ろに隠れた。
「あら、逃げられちゃったわねえ」
「室長、どうなんですか? やっぱりこの子は研究所で孵化した竜で、室長はその回収に来たんですか?」
「ま、庭で立ち話もなんだわね。ブラックパール、ちょっとピースの面倒見てて頂戴。アタシ達、お昼ご飯にするから」
ここ、わたし達の家なんだけどな。すっかり取り仕切られちゃってる。って、本当はこっちから誘うべきだったのか。
ピースは、と言えば室長のブラックパール号に咥えられていた。大丈夫か? と思ったけれど嫌がってはいなそうなのでそのままにしておく。
「マガリ、ほら、サバの燻製持ってきてやったわよ。サンドイッチでも作って頂戴」
室長は大きなサバの燻製を担いで厨房に入っていった。
まもなく燻製サバのサンドイッチがやってきた。わたしこれ好きなんだよね。
室長はそれを覚えていてくれたんだろうか。嬉しい。
「書類上は卵の廃棄なのに、いざ廃棄しようと思ったら殻だけだったのよ。それで中身を探してたの。もしかしてアンタのところにいるんじゃないかと思って来てみたら、まさかまさかよ」
「でも室長、よくあれがその探してた竜だって分かりましたね。どう見ても毛玉ですけど」
「やだ、何言ってるのよ。あの感じは竜よ」
あの感じってなんだ。
「あ、でも確かに見た目は竜っぽくないわね。だからみんな見つけられなかったのね。そういや研究所周辺とかうちの周辺とかで空中をフラフラと飛ぶ白い毛玉のようなものを見たって噂になってたわね。見つけると幸せになるとも。正体はアレだったのねえ」
室長はカラカラと笑った。
でもラーヴァにしろ室長にしろ、やっぱり竜騎士には何か竜だって感じるものがあるのかなあ? よく分からない。
「それで叔父上は、ピースを研究所に戻すおつもりですか?」
「戻さないわよ。大体アタシの研究、無くなったのよ? ラーヴァ、アンタ達のせいで、アタシ今は家事手伝いなのよ!」
「……申し訳ありません」
「冗談よ。ラーヴァに決定権なんてなかったんだから謝らないでよ」
「どういうことですか? 研究が無くなったのは分かりますけど、室長は――」
「言ったでしょ、担当の研究員は解雇だって」
室長はきっぱりと答えた。これ以上聞くなって感じだった。
「あ、そうそう、メアリーはそれとは別で辞めたわよ。グルスと結婚するんですって。あら? 驚かないのね」
わたしはグルスさんとレノックス主任が一緒にいるのを見ていたし、何となくそうかなーと思っていたんだけど。
ラーヴァも驚かないということは、知っていたのか。
「とにかく、アタシは中身が見つかりさえすればいいの。それにあの子、アリスターにすっかり懐いていたもの。竜を相棒から引き離したりしないわよ。コワいもの」
良かった。ピースは連れて行かれないんだ。
「じゃ、お昼ご飯も食べたし、竜も見つけたし、アタシそろそろ帰るわ。おチビ達の世話しなきゃいけないし。じゃあね!」
それだけ言うと、室長はひらりと竜に跨りあっという間に飛び去った。
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