第11話 働く理由の言語化について
働いている頃は三食昼寝付きの生活というのに憧れていた。ようやくそれが叶った。
炊事、洗濯、掃除等は全てメイドのマガリさんがやってくれるし、家計の管理やら事務的なことは執事のイオリさんがやってくれる。
生活に関して、わたしは何もしなくていい。全ての時間を自分の興味に費やせる。
ピースの観察、図書室の本を使っての竜の勉強、庭の薬用植物の世話、それを使った薬作り。それらはとても楽しい。
でも充実しているようで、満たされないのだ。
憧れだったはずなのに、実際やってみると何かが違う。
「ラーヴァ、あの……。わたし、働こうと思うんだ。庭の薬草で色々作れたから、村の農耕用の亜竜を診られたらいいなと思って」
図書室で本を読んでいたラーヴァに思い切って声を掛ける。
「食事が質素すぎたかい?」
うっ……食事が思ったより質素って思ったの、顔に出てたかなあ。
「違う、違うの。別に生活に不満があるわけじゃないの。晩のおかずがもう一つ欲しいとかそう言うことじゃないんだ。ただ……ええと……」
これじゃかえって食事に不満があるように聞こえる。そういうことじゃない。
どう言えばいいんだ。上手く言葉にできない。
「外の人との繋がりが欲しい。誰か……もしくは社会の役に立っているという実感が欲しい。……そんなところかな?」
「そう、それ!」
後、自分のお金が出来たら孤児院への寄付も再開したい。
「もちろん、構わないよ。農家の亜竜達、あまり状態がよくなかったからきっと喜ばれるよ」
ラーヴァは優しく微笑んだ。理解のある人で良かった。
だけど、そういう気持ちをすぐに言葉にできる人が、どうして何もせずに閉じこもっていられるのだろう?
ラーヴァも本当は、同じように思っているのじゃないだろうか。何となく、そんな気がした。
でも聞けない。聞かれたくないって思ってそうだから。でも、いつか話してくれたらいいな。
「ぴぴーぴー」
ついていってやるぞ、とでも言うようにピースが飛んできた。
「ついて来なくていいよ。お仕事するの。あるか分からないけど。遊びに行くんじゃないんだよ?」
「ぴーぴ!」
ピースがぎゅっとわたしにしがみつく。強情だなあ。
「連れて行ってあげてくれないか? 竜にとっても、多くの人と触れ合うのは良いことだから。沢山、色んなものを見せてあげて欲しいんだ」
「ラーヴァがそういうなら、分かったよ。じゃあ、行くよピース」
「ぴーぴぴーぴ!」
ピースは嬉しそうだった。
「昼過ぎには雨になると思う。傘を持っていった方がいい」
ラーヴァは壁際に置かれた晴雨計を見ながら言った。
「うん、分かった」
ラーヴァの天気予報はとてもよく当たる。竜騎士にとって天気は死活問題なんだそうな。
一回そんなわけないって無視して庭仕事してたら思いっきり夕立が来た。だから今回はちゃんと傘を持っていこう。
ピースは始めはふよふよとわたしの後に従って飛んできたけれど、疲れたのか途中でわたしの頭の上に乗ってきた。首が痛い。
仕方なく抱きかかえる。抱きかかえたらすぐに寝た。なんて奴だ。
まあ、子供だから仕方ないか。意識がなくなった分重くなった気のする毛玉を抱いて、一本道をひたすら歩く。
しばらくして畑が見えてきた。農耕用のどっしりとした亜竜たちが犂を引いている。その先に家々も見える。ようやくたどり着いた。疲れたなあ。
「ぴーぴぴぴ」
ピースがふいに目を覚まし、鳴いた。
「着いたら起きるなんて、いい気なもん――」
どん、と何かが倒れる音が響いた。
「おい、どうしたべ!」
そして慌てた声が聞こえた。なんだろう? 声のする方へ駆け寄る。
畑の真ん中で大きな亜竜が倒れていた。その横でこの亜竜の持ち主であろう農夫のおじさんが狼狽している。
「落ち着いて。まずは犂を外して下さい」
「へえ」
「倒れる前に何か変わったことはありませんでしたか?」
「特になんも……いつもどおり、畑を耕していただけだべ」
鱗のカサつきが酷い。息が荒い。
「とりあえず、お水持ってきてください」
「へ……へえ」
おじさんが水を汲んできた。飲ませると、幾分落ち着いたようだった。
栄養状態が良くない。それに、大分疲れている。
「普段食べさせているものを見せて頂けますか」
「いんや……こいつは村長からの借りモンで」
「じゃあ、その村長さんに会わせて下さい」
おじさんは困った顔をした。そりゃそうだ。知らない若い女から、村長に会わせろと詰め寄られたらそうなる。
「でも、ここで黙っていたら、後で何かあったときにこの竜はあなたがダメにしたって、村長さんから責められるかもしれませんよ」
「ええっ……⁉ いんや……あん御方ならありそうだべ……」
ありそうなのか。まあ、竜がこの状態ってことは、相当がめついんじゃないかなあ。
とにかく、村長のところで聞いてみよう。
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