第9話 仔竜におけるふてぶてしさについて

「そういえばさっき庭で、この毛玉はわたしに会いに来たんじゃないかって言ってたけど、それはどういうこと?」

「いや……それは……ああ、そうだ。だって君は、竜の卵を孵化させようとしていただろう? それが孵って、君を追いかけてきたんじゃないかって……推理してみただけだよ」


 わたしは廃棄の手続きはしたけど、実際の処分は後日だった。処分より前に孵化して、逃げ出して、ここに来てくれていたら……


「だったらいいな……」

「ぴーぴぴーぴ」


 そうだぞ来てやったんだぞ、とでも言うように毛玉が膨らんだ。


「でも、だとしたら卵がどうやってわたしを認識して、どうやってここをつきとめたんだろう? 人に居場所を聞くことなんてできないのに。だからやっぱり、そんなはずない」


 捨てた罪悪感から逃れたいために追ってきたと思いたい。それだけだ。都合のいい考えは捨てなくちゃ。


「我々がどれほど竜のことを知っているというんだい? 君達の研究所だって、全部理解できているわけじゃない。何か我々の知らない力でここにやってきたんだよ」

「それはそうだけど、証拠がない。でもそうか……これから調べればいいか。折角サンプルがやってきたんだものねえ。調べる時間もあるし」


 わたしは毛玉に手を伸ばす。


「ぴーぴ!」


 毛玉が慌てて飛びのいた。空中に逃れて、威嚇するように鳴き声を上げている。


「君、凄く悪い顔をしているぞ。あまり仔竜を怯えさせるものじゃない」

「ぴーぴぴーぴ!」


 そうだそうだ、とラーヴァの肩越しに毛玉が吠えた。


「分かってる分かってる。せっかくわたしを訪ねてきてくれたんだもの、かわいがるかわいがる」

「その顔で言われてもなあ……。とにかく調べてみたいというのが思いっきり出ているぞ」

「ぐぬっ! だったらほら、ラーヴァはわたしが行き過ぎた研究をしないように監督したらいいんだよ。というわけで早速実け……べふっ」


 またしっぽでぶたれた。痛い。

 わたしが睨みつけると、毛玉はラーヴァの影にさっと隠れた。そして彼を嗾けるように鳴いた。この懲りない女に何か言ってやれ、って感じだ。


「アリスター、自分の興味だけを優先しないように。この子は子供なのだから、しっかり育てるのが先だ」

「はあい。大丈夫だよ。変な実験したりしないから、安心なさい」


 毛玉の勝ち誇った顔と態度は腹立たしいけど、ラーヴァの言うことは正しい。ちゃんと竜のことは考えなくちゃいけない。


「お前もむやみに人を攻撃してはいけないよ」


 予想外にラーヴァに諭されて、毛玉はしょんぼりしていた。そんな毛玉を、わたしはポンポンと撫でる。


「そうだ、アリスター。この子に名前を付けるんだ。いつまでも毛玉じゃかわいそうだ」

「名前? わたしがつけるの?」

「ああ」


 名前、かあ……。何が良いかな? 白くてふわもこ、ぴーっと鳴くこの子に合った名前……。


「ピースはどう?」


 触るととても安らぐしね。


「ピースか、いいな」


 ラーヴァが顔をほころばせた。


「ぴーぴぴーぴ!」


 ピースはふわりと飛び上がり、嬉しそうにクルクルとわたしたちの周りをまわった。

 そしてずどん、とわたしの胸に飛び込んできた。わたしはそれを抱き留める。


「ぴぴーぴー、ぴーぴぴ、ぴぴぴー」


 気に入ったから一緒にいてやるぞ、と言っているようだった。

 なんだろう、偉そう。


「ピースは君に力を貸してくれるみたいだね。これで君も竜騎士の仲間入りだ。もっとも、ピースはまだ子供だから、乗ることは出来ないし、力も発現していないけど」

「え? どういうこと? 竜騎士? でも竜騎士って、魔力で竜を支配して、戦わせられる人でしょ? 貴族じゃないわたしに、そんな魔力は無いよ。ピースだって、わたしに従っている気配はないし」

「支配、か……。うまく言えないけれど、そういうものではないんだよ。竜から選ばれるのはとても珍しいことだ。『支配』なんて言葉に囚われずに、ピースとの関係を築けばいい」


 ラーヴァの言うことはよく分からないけれど、とにかくピースをちゃんと育てればいいってことかな。

 わたしは大きく頷いた。



 だけど、竜騎士だったラーヴァが『支配』ではないと言うなら、竜との関係はどんなものだったんだろう?

 もしかして、ラーヴァは竜と何かあったんだろうか? それが竜騎士を辞めた理由じゃないんだろうか? どうしてだか分からないけれど、ふいにそんな疑問が頭をよぎった。



「ぴーぴぴ!」


 そんなことを考えていたら、ピースのけたたましい鳴き声で引き戻された。ピースは鳴きながら、勢いよく飛び立つ。


「あ、待ってピース、そこは――」

「ぴぎゃっ」


 そしてごん、と大きな音を立てて窓ガラスにぶつかった。


「大丈夫? 外に出たかったの?」


 床の上でフラフラしているピースを抱き上げ、ぶつけた頭をさする。


「誰かが近づいてきているようだな」


 ラーヴァにそう言われて、気になって図書室の外に出てみる。


「誰もいないよ?」


 見回してみたけど、人影はない。あ、でもピースは外に出たがってたんだっけ。外から誰か来るってこと? まさか、不審者?

 わたしはピースを抱えて、庭に出てみる。


「やっぱり、誰もいないじゃない」

「ぴーぴ!」


 そんなことはない、よく見ろ、とでもいうように、ピースが舞い上がり虚空を指差した。なんか鳥でも見つけたんだろうか?


「あれ……鳥……? いや、もっと大きい……? こっちに、近づいてくる……?」


 何かが空を滑るように、凄い速さでこちらにぐんぐんと迫ってきていた。

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