第8話 毛玉が竜であるか否か、或いは竜の定義について

「ん……?」


 散歩中に気配を感じて振り向く。でも、当然の如く何もない。


「どうかしたかい?」

「いや、何かちょっと視線を感じたっていうか……でも気のせいだった」

「なら良いのだが……」


 ラーヴァが再び歩き始める。わたしも彼を追う。

 あれ? 気のせい? なんかふわっとしたものが、耳の後ろに……左肩が、重い……?

 いや、気のせい、気のせいだよ、ね……?

 わたしはゆっくりと自分の左肩を振り返る。何かとても肌触りの良い、温かいものが頬に触れる。こちらを覗き込む金色の目と目が合う。


「きゃああああああ!」

「ぴぃいいいいいい!」


 わたしのと、わたしのでない悲鳴が重なる。肩が軽くなった。


「アリスター⁉」

「なんかいた! 今肩の上になんかいた!」

「ああ、確かに何かいたようだ。でも大丈夫。悪いものじゃない。落ち着いて、アリスター」


 ラーヴァがポンポンとわたしの肩を叩くと、茂みの方にゆっくり歩いていった。


「びっくりさせてしまったみたいだね。大丈夫。怖くないよ。アリスターに会いに来たんだね。彼女もびっくりしただけさ。さあ、こっちへおいで。よしよし……良い子だ」


 ラーヴァの優しい声が聞こえてきた。わたしも恐る恐るそちらに向かう。

 彼は茂みのそばに屈んで、何か白くてふわふわとしたものを撫でていた。

 うずくまって震えていたそれは、撫でられて落ち着いたのかゆっくりと体を起こす。金色の目が、警戒するようにこちらを見ていた。


「あ……さっきの目。ごめんね、大きな声を出して。わたしも怖かったんだ」


 ラーヴァの横にかがみこみ、その金色の目を覗き込む。こちらに敵意が無いと分かって安心したみたいだ。わたしの方に近づいてきた。わたしはそっとそれを撫でる。

 ふわふわとして気持ちがよかった。

 気持ちいいなんてものじゃない。極上の手触りだ。癒される。いつまでも触っていたい。

 うっとりしているところへ、こほん、とラーヴァの咳払いが聞こえた。

 しまった、あまりの気持ち良さにヨダレが。


「ところで、一体この毛玉は何? フクロウ……?」


 頭の左右に何かが生えているから、ミミズクかもしれない。でも、クチバシが見当たらないような。


「竜の子供だよ」

「竜の子供? このぶっさいくな毛玉が……ぶべっ」


 毛玉はパッと飛び上がり、くるりと回転してそのしっぽを私の頬にぶち当ててきた。しっぽもふわふわに見えるが、固い芯があるらしい。とても痛かった。


「ぶさいくなんて言うからだ。こんなに可愛いのに、ねえ」


 ラーヴァは愛おしそうに毛玉を撫でた。こんなにデレデレしたラーヴァを初めて見た。


「ぶさいくか可愛いかはどうでもいいの。この毛玉が竜ってどういうこと? だって竜っていうのは鱗で覆われているものでしょ?」

「だが前肢と後肢とは別に翼があるし、まだ小さいけれど角だってある。竜の特徴は備えているよ」


 たしかにラーヴァの言う通り、鳥とは違い翼が別にある。

 角もあれば爪もある。牙も生えている。


「でもどう見ても毛玉だよねえ。こんな竜、見たことも聞いたことも無いけど」

「でも、いたんだよ。じゃあ、図書室に行こう」


 ラーヴァが嬉しそうに促した。足取りがウキウキしている。


 図書室に着くと、彼は奥から一枚の大きな絵を持ってきた。


「これはヴェスヴィアス王と七匹の竜をモチーフにした絵だ。ほら、ここ。王の従える竜の一体に、白い毛のがいるだろう? これは成体だけど、その子と同じようにふわふわだ」

「いやでも絵でしょ? 大体、わたしの読んだ絵本だと、七匹の竜にこんなのはいなかったよ。白竜ホワイトドラゴンはただの白い竜だった」

「私の読んだ絵本にもいなかった。でも、この絵にはいる。この絵は王の活躍からそう経ってはいない時代に描かれたものだ。この頃は、毛で覆われた竜もいたんだ。王の活躍は、次の王朝によって葬られた。その間に白い毛の竜は姿を消し、忘れ去られてしまった。後世の画家たちは、今いる竜の姿で色だけを変えて描くようになった。そうは考えられないか?」


 ラーヴァは顔を紅潮させて、早口に語った。随分熱が入っている。


「ぴーぴぴーぴ」


 毛玉が絵の前でぽよんぽよんと飛び跳ねた。


「考えられなくはないけど、証拠がない。大体ヴェスヴィアス王自体まだはっきりしてないんだし、この絵だって本当にその時代に書かれたかは分からない。まあさっき言ってたようにふわもこってこと以外は竜の特徴を備えているから、竜でないとも言えないけど」


 熱意は分かったし、それなりに筋は通っているけど、やっぱりこの絵だけでは根拠が弱い。


「じゃあ君がこの子を育てるんだ。治癒の能力が発現すれば、この子が白竜だと分かるさ」


 ラーヴァはムキになって言った。毛玉が白竜だという自説を絶対に譲らない顔だった。

 こんな顔するんだな。ちょっとかわいい。

 治癒の力を持つ竜、というのはまだ確認されていない。というか現在確認されているのは三種類だけだ。

 おはなしに出てくる白竜は治癒の力を持っているから、治癒の力があれば白竜ってことなんじゃないかってことなんだけど……。

 まあ、おはなしはおはなしだしね。

 でも、何であれ今までに見たことのない生き物だ。研究所で生まれた他の交配種達とも違う。

 この毛玉、白竜なのかなあ?

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