第6話 研究員の解雇と再就職の斡旋について
そんな失礼極まる不審者なわたしだったけれど、寛大なラーヴァグルート様はまたお手紙をくれた。
そしてまた、食事に行くことになった。
「アリスターは、どうして竜の研究員に?」
「本当は竜騎士になりたかったんです。子供の頃に読んだ絵本の影響で。でも平民で、かつ女のわたしじゃ竜騎士にはなれないってすぐに分かりました。それなら何か他で竜に関わる仕事をしようと、勉強して帝国竜種研究所に入ったんです」
「凄いね。でも、元は竜騎士になりたかったのかい?」
「ええ、そうなんですよ。ラーヴァグルート様は、竜騎士なんですよね? 羨ましいです」
ラーヴァグルート様は曖昧に笑った。
何だろう? 少し、辛そうな目をしている気がする。
「ところで君の言っていた絵本って、『ヴェスヴィアス王と七匹の竜』かい? 女の子なら、アンジェラ姫に憧れそうなものだけれど。ああ、別にそうあるべき、というのじゃないよ。私の周りはそうだった、というだけで」
「わたしの周りもそうでした。アンジェラ姫みたいに王から溺愛されたいねって。でもわたしは王みたいに竜に乗って冒険したかったんです。ただ、今にして思えば竜騎士に愛されるのだって無理ですよね。竜騎士の相手は、お姫様じゃないと」
「身分なんて、関係ないんじゃないかな……? アンジェラ姫、と言われているけれど、実際のところは姫君ではなかったという説の方が有力だよ」
実はこのお話を史実を元にしたものだとする人たちもいて、歴史上の出来事や人物との対応が今も研究されているのだ。
そんなことも知っているなんて、彼もこの絵本が好きだったんだろうか。でも、何でそんな話を?
「ねえ、アリスター。私と結婚してくれないか……?」
「は?」
今結婚って言った? わたしと? どういうこと? わたしは一生懸命考える。
「ええと……ああ、あれですか。何かの罰ゲームですか? どっかで誰か見てる感じですか?」
「いや、そういうことではないんだ。というか、どうしてそんな発想になるんだ? 私がそんな事をするように見えるのか?」
「ああ、ごめんなさい。ラーヴァグルート様はそういう人ではないと思いますけど……」
じゃあなんだろう? あ、わたしのそこそこある貯金狙いだろうか。小金を貯め込んだ地味な女からそれを吐き出させる結婚詐欺。
いや、室長の甥御さんがそんなことするはずない。
「まだ出会ったばかりなのに、と思うかもしれないが、私は真剣に君と結婚したいと思っているんだ」
熱っぽくラーヴァグルート様が言った。嘘は言っていないと思う。でも……本当であるはずがない。
「駄目ですよ、貴賤結婚なんて。竜騎士の地位を失うおつもりですか? どうしちゃったんですか? とにかくいったん冷静になって下さい。今日はもう、帰りましょう。帰ってゆっくり考えることです」
わたしはラーヴァグルート様の制止も聞かず、また逃げるように席を立った。
仕事に行くということは、ド・フィーネ室長に会うということで。
きっと室長はわたしとラーヴァグルート様のことを知っているわけで。
つまりは憂鬱だ。
「アリスター、ちょっといいかしら?」
ほら来た。
「仕事の話でしたら」
昨日のことを聞かれているのだとしたら、答えたくないなあ。そう思って、ついつい冷たく返してしまう。大体、上司が部下のプライベートに口を出すものじゃない。
「そうねえ、仕事の話よ。今夜、この後一緒に来てくれるかしら? 大切な話なの」
「……分かりました」
敢えて外で、というのはどういうことなんだろう?
物凄く不穏だけど、聞けない断れない。
仕事を終えて、室長と共に竜車に乗る。連れて行かれた先は最初にラーヴァグルート様と来た隠れ家的なレストランだった。
「仕事の話、でしたよね?」
通された席にラーヴァグルート様の姿を見つけて、わたしは室長に抗議する。
「そうよ。アンタはクビ、って話」
「はぁ⁉」
「あら? 薄々気付いてたんじゃないのかしら? 竜の人工繁殖と品種改良の研究は終了。担当の研究員は解雇」
「……やっぱり視察の時わたしの応対が悪かったから――」
「違うわよ。アンタの応対ごときで変わったりしないわ。自惚れないで頂戴。でも、とにかくアンタも解雇なのよ」
「……それで面倒見の良い室長は、素晴らしい再就職先を用意して下さったというわけですか?」
わたしはちらりとラーヴァグルート様の方を見る。
「素晴らしくはないわね。だからアンタなのよ」
素晴らしくないってどういうことだろう?
誠実な人柄、整った容姿、貴族の地位。素晴らしい人じゃないか。
「残念ポイント其の壱。女子が思い描くような貴族の生活は手放すことになるのよね。でも衣食住は保障するわよ。いいじゃない、アンタむしろつましい生活じゃないと落ち着かないでしょ? 社交性皆無だから、逆に茶会だの夜会だの無理でしょ?」
室長はしれっと言った。結構酷いこと言ってないか? 事実だけど。
「残念ポイント其の弐。メアリー・レノックスって婚約者がいるわ」
なんだって⁉ レノックス主任が婚約者⁉ あの人婚約者なんていたの? あんなにパーティ三昧してたのに?
あっ、今思い出したけど、イケメン弟もそのキラキラパーティ軍団の中にいた気がする!
その辺、ラーヴァグルート様は知っているのかなあ……?
なんだか、気の毒になってきた。
「レノックス主任と結婚したくないから、わたしですか? そのことを追求されないように、貴族社会と距離を置くために、平民と結婚したい?」
「ラーヴァは駆け落ちでここから逃げられる。アンタは解雇後の生活が成り立つ。アタシは人員削減命令を果たせるってわけ。皆幸せなのよ。それにアンタって『皇帝の子供』だもの、下手に親族からつつかれる心配がなくていいのよね」
『皇帝の子供』というのは孤児のことだ。皇帝陛下が親のいない子供は皆朕の子供である、と孤児の保護に力を入れたことに起因する。
ただ実際は『皆』ではない。高等教育を受け、帝国の研究所に就職できたわたしは運が良かったのだ。それもクビになるらしいけど。
わたしが駆け落ちの相手に選ばれたのは、解雇後の事を慮ったのあるけれど、『金銭的リスクの少ない平民』ってところがポイントなのか。確かに親族から金の無心とか困るものね。
「……だったら最初から、そう言って下さいよ。そうしたらもっと簡単に早く話がついたのに。ラーヴァグルート様だって、わざわざわたしのご機嫌取りなんかしなくて済んだのに」
「アリスター、私は――」
「ラーヴァ、アンタはすっこんでなさい。話がややこしくなるわ。アリスター、悪かったわね。アンタにも余計な手間を取らせちゃって。で、どうするのかしら?」
「もちろん、お受けしますよ。生活が保障されているのなら。新しい就職先を探すのは大変ですからね」
「じゃあ、決まりね」
これでわたしの再就職先は決定したのだった。
研究所は解雇ではなく、退職という形を取った。
卵は結局研究廃止の期限までに孵化しなくて、廃棄の手続きをした。廃棄依頼の書類を涙で何枚かダメにした。
生まれるかもしれない命を自分の手で終わらせるのはとても辛かった。悲しかった。
生まれていたら、引き取ることもできたかもしれないのに……。
そんなこんなでわたし達は結婚し、今はラーヴァグルート様がおじい様から受け継いだという館で暮らすべく、帝都を後にし乗合の駅竜車に揺られている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます