第5話 デートにおける研究員の不審な態度について
ド・フィーネ室長が呼んでいるというので、執務室に向かう。
昨日の視察、ネガティブ意見ばっかりだったからなあ。何かクレームが来たのかも。怖い。
「昨日は視察対応、お疲れ様。ああ、別にクレームが来たとかじゃないのよ。アンタはよくやってくれたわ」
じゃあ、一体何なんだろう?
「仕事の話じゃないのよ。これを渡したかったの」
「手紙、ですか……?」
「ええ。ラーヴァ……ラーヴァグルート……アタシの甥っ子からよ。この前の視察の
一団の中にいた、金髪に青い目の若い士官なんだけど。あ、それだと弟と区別がつかないわね。地味な方よ」
地味な方って……。まあ、わたしも弟に比べて華が無いよね、とか思ったけどさ。
「もし返事を書いてくれるなら、アタシに渡して頂戴。届けるわ。あ、検閲なんてしないから安心して」
「そんなこと疑ってませんよ。ともかく、ありがとうございます」
わたしは手紙を手に、卵のところに戻る。
まずは仕事、仕事。私用の手紙は家に帰ってから。
手紙には丁寧な字で視察時の案内の礼と、研究に関するいくつかの質問と、今度会えないかという誘い文句が書いてあった。
正直、悪い気はしない。視察の時の態度も、今回の手紙も、凄く良い人そうな印象だし。
とはいえ相手は貴族なのだから、恋愛なんてものは期待できない。まあ、手紙の内容もわたしより研究に興味を持ってる感じだしね。でもそんなことはいいんだ。
わたしの憧れ、竜騎士様と話せるのが嬉しい。
何せ一番竜の近くにいる人だ。竜のこと、色々教えてもらうチャンスだ。
早く返事を書こう。
「室長、これ、渡して頂けますか?」
翌日の昼休みに、室長のところへ手紙を持っていく。室長は満足げな顔だ。
「あら、返事を書いてくれたの? 嬉しいわね。ええ、もちろん渡しておくわ」
「研究内容は、発表されていることなら話しても良いですよね?」
「え? それはいいけど……なんで研究の話なのよ? もうちょっと色気のあること話しなさいよ」
「セクハラです、室長」
「悪かったわね。はあ……アンタが悪いのか、それともラーヴァの手紙に問題があったのか……」
さっきの満足げな表情から一転、深いため息がこぼれる。
「とにかく、手紙お願いしますね」
昼休みもそろそろ終わりだ。仕事に戻らなくちゃ。
待ちに待った週末、今日はラーヴァグルート様とディナーだ。
タンスの肥やしと化していた可愛いドレスを引っ張り出し、慣れない化粧をする。
ゆるいウェーブの長い黒髪をいつものように一つ結びにして気づく。やっぱり、もうちょっと髪型も可愛くしよう。とはいえお洒落と無縁のわたしにヘアアレンジなんてものができるはずもなく。ハーフアップにしてリボンを結んでおくことで妥協した。
別に何かを期待しているわけじゃない。お洒落をするのはただ、あんまりみっともなくては失礼だからだ。
おっと、そうこうしているうちにこんな時間だ。そろそろ行かなくちゃ!
可愛いドレスとリボンが良く似合っている、とラーヴァグルート様が褒めてくれた。
変に舞い上がったり否定したりするもんじゃない。ここは大人しくお礼を言っておいた。
完璧なエスコートで彼が連れて行ってくれたのは、隠れ家的な素敵レストランだ。
食事は見たこともないような綺麗な盛り付けで、味もとても美味しい。
彼の優しい気づかいのお陰で、会話も弾んだ。竜のことを沢山話した。とても楽しい。
「あの……ラーヴァグルート様はわたし達の研究のことをどう思っておいでですか?」
デザートに差し掛かったところで、わたしは視察の時から気になっていたことを聞いてみた。
「我が国の戦力増強のため、安定した竜の育成や、より強い品種の開発は重要なことだ。帝国の未来に関わる重大な仕事だと思っているよ」
模範解答、だよなあ。でも、本音じゃない気がする。
視察のおじさん達みたいに頭ごなしに否定はしていないと思う。でも……。
「そうじゃなくて、個人的に、です。やっぱり、あまり良くは思っておられませんかね?」
「そう……だね。自然状態とは違う繁殖が彼らにとって幸せなのか……それは疑問だよ。でも、今のやり方だって多かれ少なかれ人の手はかかっている。人の都合で彼らの生を制御していることには変わりない。どこに線を引くかというだけだ。とはいえ、彼らも嫌なら協力はしないはずだ。叔父上が竜に強要することもないだろう。そういう意味では心配ないのだろうね」
竜達は元気に実験に協力してくれている。それもあって気にしてなかったけど、考えてみたら勝手に繁殖させられて、子供を奪われるんだものね。
「ラーヴァグルート様はお優しいのですね。竜の気持ちを大切に考えていらっしゃる。そんな方なら、竜の声が聞けたりするのでしょうか?」
「……いや、私には」
少し間が開いた後、ラーヴァグルート様は目を伏せて首を振った。あ、これはよくない質問だったな。
竜騎士の中には竜の声が聴ける人もいるらしい。本当かどうかは分からない――というか特に研究者は否定派が多い――けど、聞ける人がいるなら聞いてみたかったんだよね。
「ごめんなさい。身近……と言うほど一般には身近ではありませんけど、わたし達にとっては竜は大切な生き物です。でも、彼らのことは殆ど分からない。話を聞ければ知る手がかりもあるかと思ったのですけどね。でもまあ、人間同士だって会話はできますけど、どれほど理解しているものか」
「それでも、話すことでお互いに分かり合えることもあるさ。……ねえアリスター、また、話せるかな?」
ラーヴァグルート様が真剣な顔で尋ねてきた。
「え……? ええ、もちろん」
どうしよう。めちゃくちゃ声が上ずった。多分顔赤くなってる。やだなあ。
相手は貴族。わたしとは別世界の人。これじゃ勘違いして舞い上がってる痛い女じゃないか。
「じゃあ、あの、ご飯も食べましたし、今日はこの辺で。また今度、あの、お願いします」
「遅いから家まで送るよ」
「いえいえ、あの、ほら、家、近所ですし、ええと、大丈夫ですから、じゃあ」
ぺこぺこと頭を下げ、わたしは一目散に逃げだす。
幸いわたしの家、研究所の官舎はそんなに遠くない。近くもないけど。まあ歩いて帰れる。大丈夫だ、問題ない。
いや、あるよ。かなりの不審者だよ。失礼極まりないよ。
でも送ってもらったりなんかしたらそれはそれで道中気まずい。きっと失礼を働いてしまう。あと、官舎で目撃されるのも避けたい。
うん、やっぱり問題ない。わたしは正しい選択をした。そう信じよう。
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