第4話 竜の育種研究に対するスポンサーの意向について

 視察の一団がやってきた。軍服に勲章を沢山ぶら下げた、いかつい男性の集団だ。

 鋭い眼光でこちらを睨んでくる。怖い。でも、ちゃんと説明しなくちゃ。


「将軍、そんなに睨んじゃダメですよ。案内のお姉さん、緊張しちゃってるじゃないですか」


 金髪碧眼の、この集団で一番若そうなイケメンが、一番偉そうな中年男性に飄々と言った。


「ああ、グルス、君の言う通りだ。すまんな、そんなつもりはなかったのだが」


 将軍は軽く笑って答えた。意外に気さくなんだろうか。いや、違う。多分、こっちのイケメンが特別なんだ。

 あれ……でもこのイケメン、どっかで見たことあるような。グルスって名前、どっかで聞いたような。でも思い出せないなあ。


「案内、よろしくね。緊張しなくていいから」


 そんな風に見てしまっていたら、にこりと笑いかけられた。うわぁ、綺麗な顔。素敵な笑顔。

 っと、そんなことより仕事、仕事。研究の存続が掛かった、大事な視察なんだ。


「本日はお時間を頂き、ありがとうございます。研究員のアリスターと申します。当室の施設をご案内致します」


 噛まずにちゃんと言えた! イケメン効果かな?



「今繁殖に使っている竜達です。人工授精の方法はすでに確立しています。それにより自然状態では起こらない、異なる種族同士の交配も可能です」

「……人の手で受精させるなど、汚らわしいものだな」


 うわぁ全否定。次行こう、次。


「今期に生まれた仔竜です。生後1か月前後です」

「もう何年もずっと、生まれた竜はどれもブレスを使えぬ出来損ないだとか」

「新種と思わせておいて、役立たずとはな」

「やはり自然の摂理に反する行いなどするものではないのだよ」


 全否定はいい。よくないけどいいんだ。でも、それを仔竜の前で言うのはダメだ。

 ああ、こんなことを言い出す前にわたしが連れ出せばよかったのか。ごめんね、チビ達。

 レノックス主任の実験といい、彼らにはストレスばっかりだ。

 早くこの人達をここから連れ出そう、そう思ったその時。


「はは、でも可愛いじゃないですか。ちゃーんと我々を歓迎してくれてますよ」


 イケメンが愉しそうに笑った。彼の前に、仔竜たちが整列している。軍隊の式典みたいだ。


「おや、グルス殿。もう手なずけたのか。さすがは『竜の支配者ドラゴンルーラー』」


 あ、聞いたことあるその大仰な二つ名。このイケメンがそうなのか。

 この間の戦争で、敵の思わぬ反撃を受け竜達が戦意を失い崩れかかったとき、彼らを鼓舞し反撃に転じさせ、見事その戦いで勝利を収めた英雄。

 だけど……チビ達はなんだか、いつもとは様子が違う気がする。ちょっと怯えているような。

 何だかイヤな感じがする。早くここから離れなくちゃ。


「こちらが孵卵器です。この卵は先程の仔竜達ど同時期に受精させたものです。温度が与える影響の確認のため、低温と高温の二種類の群に分けています。この卵は高温の方ですね」


 トラブルで温度が維持できてない期間があったけどね。


「温度が高い方が早く孵るのはよく知られたことだ。こんな大がかりな装置でわざわざ調べるまでもあるまい。他の卵が孵ってから一か月経っても孵らないなら、失敗だろう」

「この卵はまだ生きています。失敗ではありません」


 あ、余計なこと言っちゃった。睨まれた。


「我々は『なんとなく』でしか知りませんから。詳細なデータを取るのは、きっと皆の役に立つことだと思いますよ」


 二番目に若そうな士官がフォローしてくれた。さっきのイケメンと似ているから、兄弟だろうか。

 さらりとした金色の短い髪に、澄んだ青い瞳。お兄さんの方も整った顔をしているけど、弟の方が華があるかな。でも良い人だ。


 さてと、これで施設案内は一通り済んだ。室長に引き継いで、わたしの仕事は終わりだ。

 あ、室長が来た。


「では皆様、こちらへどうぞ。当室の研究内容を、室長の私、ルイ・ド・フィーネから説明致します」


 さすがに偉い人達が来ると、室長もいつもの口調じゃないんだな。


 竜騎士様の一団を見送って、ふう、と一息。

 ああ、何だか気疲れした。説明、上手くいかなかったなあ。

 竜騎士様達、終始研究に否定的だった。

 わたしのせいで研究打ち切りになったらどうしよう?

 仔竜達や、まだ孵っていない卵はどうなってしまうんだろう?


 考えたくない。今日はもう帰ろう。

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