第3話 研究員のストレス源及び解消方法について

「メアリー、チャールストン、今期に繁殖させた仔竜を使って、薬の実験をしたな? だが、私は許可申請すら受けていない。どういうことだ?」


 室長が凄みのある声で言った。いつもの口調じゃない。怖い。

 だが、レノックス主任はどこ吹く風だ。


「まあチャールストン。確かにわたくしは新しく開発した薬の効果を確かめたいと言ったわよ。でもあれはまだ、私が計画を作っているところなの。室長の許可も取らずに勝手に実験なんてしたらだめよ」

「えっ……? 許可……取ったんじゃ……? あっ、いえ、僕の……僕の、勘違いです……。主任は関係ないんです。僕が……僕が勝手にやったことで……。申し訳ありません」


 あっさりすっぱり切り捨てられたというのに、何故主任を庇うんだろう? 金を貰っているわけでもあるまいに。


「私に謝ることではない。仔竜達がすっかり怯えていた。幼少期の恐怖体験は、人との関係に悪影響を及ぼす。決してしてはいけないことだ。竜の研究者なら、彼らのことをちゃんと考えなさい」

「はい……申し訳ありません」


 チャールストンだって、ちゃんと竜達のことを考えていたはずなんだ。真面目に研究に取り組んでいた。悪い奴じゃなかった。

 なのにごく最近、すっかりおかしくなってしまった。


「メアリー、薬の保管状況はどうなっている? チャールストンが持ち出したことに気づかなかったのか? それに、彼の担当は君と別だ。自分の業務と関係の無いことをしているのなら、注意すべきではなかったのか?」

「ええ。わたくし、気づかなかったんですの。薬の保管の仕方も、問題があったのかもしれませんわね。今からすぐ調査して、改善しますわ。ですから、わたくしこれで失礼しますわね」


 レノックス主任はしゃあしゃあと言って、優雅に一礼すると出ていった。



 居室に戻ると、レノックス主任の周りに心配するような人だかりができていた。人だかりの中心で主任がくすりと笑う。


「室長達が作り出した雑種、どれもブレスが吐けないそうじゃない。竜としては役立たずなのだから、せめて実験台として他の竜の役に立てるなら本望じゃないかしら。ねえ?」


 彼女の周りの人たちが、同調して笑みを浮かべる。

 わたしは飛び掛かりそうになるのを押さえた。いや……違う。飛び掛かれなかった。

 きっと誰も私の行為を理解せず、嫌悪と冷笑で処理するだろうと思ったから。

 そう、怖くてできなかったんだ。

 本当は、こんなこと間違っているって言わなきゃいけないのに。


 室長が言っていたのはこういうことだったのか。

 どう考えたって理屈に合わないのに、何故だか周囲からは支持される。

 決してそれをひっくり返せない。

 確かに、魔力としか言いようがない。

 ごめんね、仔竜達。


「はあ……なんか疲れた。ふわっふわでもっこもこの生き物を撫でまわして癒されたいなあ……」


 まだ孵化せずに残っている最後の卵をぼんやり眺めて、大きく息を吐く。

 卵の近くが一番落ち着くから、最近は監視と称して大体ここで仕事をしている。

 しかし、ここ最近こんな妄想ばかりしているなあ。仔竜達は可愛いし、今日はともかくいつもは結構懐いてくれていて癒されるんだ。

 だけど、ちょっとふわもこにも憧れるというか。ふわもこは別腹なんだ。


 とはいえ、そんなに癒されなくてはいけないほど仕事が辛いとかいうわけじゃない。

 レノックス主任のお陰で職場の空気は最悪だけれど、随分な幸運に恵まれて入れた研究所だし、給料は良いし、興味があって就いた仕事だしね。

 室長をはじめ、素晴らしい研究者は沢山いる。そういう人に近づけるように研究を頑張ろう。


「アリスター、ちょっと話があるのだけど、良いかしら?」


 そう思ったところへ、野太い声が掛かった。振り向くと憧れの研究者がいた。


「はい室長。なんでしょうか?」

「来週の軍の視察だけどね、うちの室の研究施設の案内、頼めないかしら?」

「でも、研究の存続が掛かった大事な視察でしょう? わたしで良いんですか?」


 皇帝陛下の一声で、医学・薬学研究の予算が大幅に増額されることになり、そのとばっちりで竜種研究所の予算は縮小されるらしい。

 主に竜騎士のためである竜の研究より、広く臣民のためになる医学・薬学研究により多くの資金を投じる、というのが表向きの理由だ。

 でも実際は病状の悪化した皇子様のためという噂だ。

 遅くに生まれた待望の皇子だから、皇帝陛下の溺愛ぶりは凄まじいらしい。

 最近の戦争も、表向きは圧政に苦しむ民の解放だったけれど、本当は薬の原料になる植物や鉱物を独占するためだった、という説もあるくらいだ。

 まったく、子供可愛さに研究費を削減されるなんてたまったもんじゃない!

 おっと。とにかくそれで、廃止する研究を決めるために研究の利用者である竜騎士様たちが視察にいらっしゃるのだ。


「ええ。アンタに頼みたいのよ。いい機会だもの。顧客である竜騎士のことも見ておいてほしいの」


 室長はにっこり笑った。

 なら、頑張らなくちゃ。今から準備だ。説明内容、ちゃんと整理しておかないと。

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