第35話 これが噂の現代知識チート
誘拐騒動から二週間ほどが経った。
あの戦いで俺は、まだ少しだけだが『人を殺す』決意ができたと言えよう。
ザッケルトと戦った時の最後の最後は、間違いなく奴の首を斬り落とす覚悟で武器を振るっていた。
この世界は俺がいた現代日本とは違う。死んだ殺したがすぐ隣にある世界だ。
フリードリヒとして生きていくと決めた以上、価値観の上塗りをしていかねば。
そして、もう一つ思ったことが、やはりRPGのボス戦においてはバフデバフは必要ということだ。
味方の攻撃力を上げたり、敵の防御力を下げる魔法や魔術。
こういったモノは、どんなゲームでも有用で、この魔術を使えるだけでスタメン入りできるゲームを俺はたくさん知っている。
先の戦い、俺にもう少しザッケルトの防御を貫ける力があれば、彼の速度を上回るスピードを持っていたら。
リーナが気絶するまで戦いが長引く可能性は減ったのではないだろうか。
『アリナシアの使徒』にはデバフの魔術はないのだが、いつか固有魔術でうまいこと創ればいいだろう。
問題はバフだ。
俺は例えば『
そう、俺の絶望的な魔力不足だ。
この世界に来た時よりはマシになったとはいえ、やはり俺の魔力は少ない。
『
そこで、一つの可能性に辿り着いた。
◇
「小瓶、ですか?」
「そう。できれば三つくらい。頼めないか?」
「分かりました。用意してまいります」
中庭で、俺はヘカーテにある頼み事をした。
俺の目論見が当たっていれば、これはもう革命とでも呼べる技術の進歩ではないだろうか。
「お待たせいたしました」
五分も経たずに帰ってきたヘカーテは、ことり、と中庭のテーブルに拳サイズの小さい小瓶を三つ並べて置いた。
そう、小瓶である。
なんとなく、アニメとかでよく見るやつを思い出した。
「『魔力よ。汝、かの者の助けとなり、全てを粉砕する強力な力を与えん――『
俺は、最早慣れた動きで
「よっと……」
俺は零さないように注意しながら、とぽぽと小瓶にその『
「あの、フリードリヒ様、これは……?」
「実験だよ」
「実験……ですか」
続けて二つ目、三つ目の小瓶に俺は『
小瓶に入った液体はほんのりと黄色い。『
俺は一つの小瓶を取ってヘカーテに渡した。
「ヘカーテ、これ飲んでみてくれないか?」
「分かりました。ご命令とあれば」
別にそんな深刻に受け止めなくていいんだけど……。
とはいえ、素直に付き合ってくれるのはありがたいが。
ヘカーテはぼんやりと黄色く光る怪しげな水をぐいっと飲みほした。
おぉ……。勇気あるな。俺はそれがなんなのか分かってるからアレだけど、『これ飲んでみて』と言われて黄色い水渡されたら少しは抵抗するもんじゃないか?
「これは……。フリードリヒ様の『
ヘカーテは自分の体をねじりながら見てそう言った。
ふむ。
実験の第一段階は成功か。
いつもは、『
やってみたところ、飲んでも効果は得られるらしい。
「よし……。紙とペンをくれ」
「承知しました」
ヘカーテから紙とペンを受け取ると、『翌日』『三日後』『一週間後』と書いてから、それぞれを小瓶に貼り付けた。
ちなみに、書いた文字はこの世界で魔族語と呼ばれる文字だった。
なぜかは分からないが、俺はこの文字を読み書きできることができたのだ。
おそらくだが、フリードリヒという体の名残……なのかもしれない。
「フリードリヒ様、これは……」
「ふふふ……。明日以降のお楽しみだよ!」
◇
翌朝。
ベッドで目覚めた俺は、机の上に置かれている小瓶の一つを取った。
その小瓶には『翌日』と書かれた紙が貼ってある。
「……いただきます」
ぐび、と俺はその中身を飲み干した。
小瓶の中の水は、寝起き特有の乾いた喉をすっきりと潤してくれる。
味自体は普通の水だ。
しかし、すぐに俺の体を異変が襲った。
「うぉぉぉ……」
ふつふつと力が込みあがってくる間隔。
そう、『
俺が何の実験をしているか、もう分かっただろう。
『
もし『
これは中々画期的ではなかろうか。
しかし、実験はまだ二日目。
『
もしかしたら一日で切れるかもしれないし、永遠に続くのかもしれない。
「とりあえず……実験を進めないと分からんか」
俺は朝日を浴びるためにカーテンを開けた。
――ビリィ!
「…………」
すると、カーテンが悲痛な叫びをあげながら破けてしまった。
「……室内での『
◇
二日後の昼下がり。
俺は中庭を散歩していた。
ちなみにヘカーテはいない。
最近、俺に特段やることがない時は、俺の許可を取ってはいるがどこかへ行ってしまうのだ。
少々さみしい気持ちはあるが、あのヘカーテに趣味の一つでもできたのかと考えると嬉しい気持ちはある。
いつもは俺にべったりで、離れようとしないからな。
俺がヘカーテを専属メイドにしたのは彼女を救いたかったからであって、俺の側に拘束したいわけではない。
……まぁ、あんな美女にお世話してもらえるというのは役得ではあるけど。
「う~ん! う~ん!」
「……ん?」
中庭の隅っこから、女性のうめき声が聞こえる。
俺がひょいと覗くと、そこでは一人のメイドが大きい樽を動かそうと全体重を預けていた。
しかし、樽はとても重いのかぴくりともしない。
……あれ、この光景前も見たな?
「あ、フリードリヒ様~」
俺を見つけたメイドは、ほわほわとした笑顔で俺に手を振った。
……あぁ、思い出した。俺が以前、『
「今日はどうしたんだ?」
「それが、また肥料の数を間違えて買ってきちゃったみたいで、全然運べないんです~」
「…………」
またかよ。
もう発注担当クビにした方がいいんじゃない?
「フリードリヒ様、またあの便利な魔術使ってくださいよ~!」
「ああ。……いや、待て」
俺はごそごそと懐から小瓶を取り出した。
そこには『三日後』の紙が。
「……? なんですか、これ?」
「これを飲め」
「え~? なんかこれ、黄色くないですか~?」
「だ、大丈夫だから」
「分かりましたよぅ……」
メイドは渋々だが、小瓶に入った水を飲みだした。
頼むぞ……!
「ん? ……お、おぉ~! なんだか力が漲ってきます!」
そう言って、メイドは先ほどまで押しもできなかった樽を持ち上げた。
ほんわかしているメイドがひょいと樽を持ち上げている光景はなんだかシュールだった。
「ありがとうございます~! フリードリヒ様って魔術だけじゃなくてこんなのも作れる才能もあったんですね~」
メイドは笑顔で大きく手を振りながら、樽を持って中庭の奥へと消えていった。
よし、三日経っても効果は残る、と。
◇
一週間後。
「フリードリヒ様! そちらに一匹向かいました!」
「任せろ!」
俺はサリヤたち騎士の魔物討伐を手伝っていた。
今回戦っているのは、ゴブリンとオークの群れだった。
ゴブリンは毎度毎度戦っているが、オークとの戦いは初めてだ。
この世界のオークは、身長がゆうに2mを越えており、体は大木のように太く、丸太みたいな武器をぶんぶんと振り回す魔物だった。
大柄だな体型ゆえか、武器は大ぶりで避けやすいが、当たればひとたまりもないだろう。
「はぁああ!」
俺はオークの腹へハルバードを斬りこむ。
「グヒャヒャ……!」
「かたい!? ……いや、なんだこれ!?」
しかし、俺のハルバードがオークの体を傷つけることはかなわない。
なんか、ぶにって感触に押し返されたんだけど。
まるでゴムにパンチしたかのような感覚だ。
「フリードリヒ様! オークはその脂肪でこちらの攻撃を防いでいます! 力をこめた一撃でなければとどめにはいたりません!」
えぇ……どんな脂肪なんだよ……。
しかし、今の俺の攻撃には力が足りなかったらしい。
それなら……!
「ブヒッヒッヒ!」
「よっと」
俺は懐から小瓶を取り出し、オークの攻撃をよけながらそれを飲み干す。
体中から力が漲る。
どうやら一週間前に唱えた『
「はぁああああ!」
「ブヒッ!?」
俺は再度オークに斬りかかる。
『
「お見事です、フリードリヒ様」
サリヤの声に周りを見ると、あらかた片付いていた。
どうやら今回の討伐は終わりのようだ。
「オークも倒せるようになるとは、フリードリヒ様も成長されましたね」
「あぁ、ありがとう、サリヤ」
◇
その後、俺は自室に戻っていた。
「おいおいおい。一週間ももつとは……これは実用化できるんじゃないか!?」
俺が編み出した『
どうやら実験は成功らしい。
『
これを暇があれば作り、常備すれば俺の戦闘能力は一気に高まるのではないか!?
「いや~こんなこと思いつくなんて、俺は天才かもなぁ~~」
俺は一人でいることをいいことに、鼻を伸ばしながら浮かれる。
だが、仕方ないだろう。俺、頭良くね?
「でも、『
……?
今、俺なんて言った?
「魔力を回復するポーション……?」
それは、『アリナシアの使徒』にはないが、他のRPGなんかじゃよく登場する道具だ。
どんなゲームでも魔力を回復する道具は重宝する。それがゲーム攻略に大変役立つからだ。
「……」
ごくり、と俺が唾を飲む音が部屋に響いた。
『
じゃあ、魔力もできるのではないか……?
「いや、そのためには魔力を外に一度出さないと……」
『
しかし、魔力は実体化させることはできない。
魔石から魔力を回復するときも直接触らないとダメなんだから……。
「……待てよ?」
よく考えれば、『
しかし、実体化させ『
じゃあ、俺の固有魔術で、魔力だって実体化できるのではないか……?
「!」
俺はばっと立ち上がる。
そして嫌に冷静な頭で詠唱を考え、集中するように目を閉じて、口に出した。
「『魔力よ。汝、我の目の前にその姿を現せ』」
…………。
俺は、恐る恐る目を開けた。
「ま、じかよ……」
すると、目の前に
紫色の、ふよふよと浮かぶもや。
「ま、『魔力よ。汝、清らかな水と姿を変え、我の前に現れん――『
俺が『
「……」
俺は恐る恐るその水を小瓶に入れると、意を決してそれを飲み込んだ。
その瞬間、感じるのは体の中のなにかが満たされる感覚。
そう――
「魔力が、回復した……」
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