第33話 A=B C=B なら A=C なのである 

 ――コンコン。


「……ん?」


 クリスティーナが退室してからすぐ、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ~?」


「失礼します!」


「リーナ……と、ヴィリーネ?」


 部屋に入ってきたのはリーナとヴィリーネだった。

 リーナは満面の笑みで、ヴィリーネは少し顔を俯かせている。

 なんというか、初めて会った時と逆の雰囲気だった。


「そ、その……た、たすけてくれて――」


「フリッツ!」


「うぉ!?」


 何かを言いかけたヴィリーネを遮って、リーナが俺に飛びこんでくる。

 俺はリーナに押し倒され、そのままベッドに横になってしまった。


「目が覚めてよかった! あんな連中にフリッツがやられる訳ないとは思っていたけど、やっぱり心配で……」


 リーナは朗らかに笑って見せるが、両眼には微かに泣いたような跡があった。

 どうやら、心配をかけてしまったらしい。


「……ありがとう、リーナ。リーナがいなきゃ、俺は死んでたかもしれない」


「ううん。それはお互い様。それどころか、私の方が足を引っ張っちゃったし……」


「そんなことはない。リーナの魔術には本当に助けられたよ」


「ちょっと……」


「え、えへへ。そうかな。ありがとう」


 照れくさそうに微笑むリーナ。

 この笑顔が見れてよかったと、本心で思った。


「でも、私が魔術を使えるようになったのは、フリッツのおかげよ」


「ねぇ……」


「リーナの頑張りもあったんだよ。……でも、リーナはなんで俺の固有魔術を使えるようになったんだ?」


「ああ、それはね……」


「ア、アタシもいるんだけど!?」


「「おぉ……」」


 いきなり、俺の部屋に響く大きい声。

 ヴィリーネの叫びに、俺とリーナは仲良く同じ反応をしてしまった。


「なによ、その反応は! ふん! 二人だけでなんかイチャイチャしちゃってさ!」


「イチャイチャだなんて、そんな……」


「デレデレしてんじゃないわよ! 嫌味よ! い・や・み!」


 顔を真っ赤に染め上げるヴィリーネを見て、俺はリーナを起こしながら寝そべっていた体を起こした。


「ヴィリーネは、あのあと大丈夫だったのか?」


 ヴィリーネは誘拐された際、途中目を覚ましたが、疲労か混乱で気を失っていた。

 そのことを思い出して、俺はヴィリーネに問いかける。


「は? な、何よ急に。……まぁね。アタシ、体は頑丈だし。アンタんとこのドラゴンも昨日退治してあげたんだから、感謝しなさいよね!」


「お、おお。それは……すごいな。ありがとう」


 病み上がりで、恐らくサリヤたち騎士も一緒だったのだろうが、その状態でドラゴンと戦うとは確かにすごい。

 彼女の言う通り、本当に体が丈夫なのだろう。


「それで、ヴィリーネの方の用事は済んだのか? 俺はリーナと少し話があるから、なにもないなら……」


 リーナには聞きたいことがたくさんあるが、中でも彼女がなぜ俺の固有魔術を使えるようになったのか。それが大変に気になる。

 しかし、固有魔術はあまり外に漏らしたくない秘匿情報。できれば、ヴィリーネの方には退出してほしかったのだが……。


「あ、あるわよ! アタシはアンタにいいたことがあって来たの!」


「そ、そうか……。じゃあ、どうぞ……?」


 なぜか怒り口調の彼女に圧倒され、俺はおずおずとヴィリーネの言葉を促した。

 しかし、ヴィリーネは顔を真っ赤にしたまま、たまにこちらをチラチラと見るものの、どこか遠くを見ている。

 ……なんだ?


「そ、その……」


 そして、ヴィリーネは完全に首を横に90度曲げた状態で口を開いた。


「た、助けてくれて……あ、ありが――」


「……? すまん、うまく聞き取れなかった。もう一度言ってくれるか?」


「は、はぁ~~~~~!? こんなこと、二度も言えるわけがないでしょ!?」


「え、えぇ……」


 ヴィリーネの謎の怒りを一身に受ける俺。

 これ、俺が悪いの? いや、難聴系主人公と揶揄されても仕方がないのかもしれないが、今のは本当に聞き取れなくてだな……。


「全く、ヴィリーネは相変わらずね」


「う、うるさい!」


 リーナがやれやれと言わんばかりに首を振る。

 

「フリッツ。ヴィリーネにはまだ心の準備が必要な見たいだから、さっきの話の続きをしよう?」


「そ、そうなのか? でも……」


 さっきの話の続き……とは、ヴィリーネに遮られる前までしていた、『何故リーナは固有魔術を使えるのか問題』なんだが……。

 

 俺はちらりとヴィリーネを見る。彼女のいる前で、あまり固有魔術の話をしたくないんだが……。


「……ごめんなさい」


「え?」


 俺の視線に気づいたリーナが、少し表情を暗くする。


「ヴィリーネには固有魔術のことバレちゃって……」


 俺は慌ててヴィリーネの方を見る。

 すると彼女は、呆れたような表情をしていた。


「固有魔術って、ヴェリーナとアンタが使ってた妙な魔術でしょ? 私、魔術は使えないけど、少し勉強したことはあるの。だからアンタたちが使ってる魔術に聞き覚えがなくて、詳しく聞いたのよ」


「詳しく聞いたっていうか……あれは問い詰める・・・・・だったけど……」


 頬を膨らませたリーナがヴィリーネを白い目で見る。


「……アンタが変な魔術を使って危ない目に遭ってるんじゃないかと思ったのよ」


「そ、そっか……」


 双子の間に、変な空気が流れる。

 なんだかんだ、二人ともお互いを大事に想っているのだ。

 

 この騒動は色々と大変だったが、それが分かれば少しは収穫にはなった。


「それで、リーナはなんで固有魔術を?」


「え? あ、うん。実は、あの日私フリッツを追いかけてたんだけど」


「そ、そうだったのか」


 全然気づかなかった。

 自分で言うのもなんだが、誘拐犯たちのアジトへの道は結構険しく常人には厳しい道のりだったと思うんだが……。

 

 龍姫族はどの種族よりも身体能力が秀でた種族だ。

 おどおどしているが、リーナもやはり龍姫族の一員ということか。

 ……最近のリーナは特段おどおどしていないが。


「そこで、フリッツがピンチになってるのを見て。どうしても魔術でフリッツを助けないと! って思ったら、フリッツの顔が浮かんだの」


「俺の?」


「そう。フリッツに教えてもらった魔術は魔術の祖? ……って人が詠唱に入ってたでしょ? でも私に魔術の祖って人はピンと来なくて。私にとって魔術を創った人ってフリッツだから」


「俺?」


「ほら、覚えてる? 私、フリッツに魔術を教わったでしょ? あの日が、私が初めて魔術を見た日で、そのあとサリヤさんたちと一緒に魔物退治に行ったでしょ? その時のフリッツの戦いっぷりが頭から離れなくて。私もあんな魔術が使えたらって思ったの」


「そう思ってたら、俺の固有魔術が使えたのか……?」


「うん! すごいでしょ!」


 えっへんと胸を張るリーナ。

 

 彼女の言う通り、確かにすごい……のかもしれないが、理屈が分からないな。

 それに、リーナが固有魔術を使うと俺の魔力が回復した件も未だ解決していない。


「……一応言っとくけど、私は使えなかったわよ」


 ヴィリーネがポツリと呟いた。


「え?」


「アンタの固有魔術。リーナに教わって唱えてみたけど、できなかったわ」


「そう、なんだ……」


「でも、アンタの魔術、すごいわね」


「え?」


 ヴィリーネはいつの間にか俺を真正面から見つめていた。

 その瞳には、最初に会った時の嫌悪感が感じ取れない。


「敵を攻撃する魔術だけじゃなくて、味方を守ったり、強くさせる魔術まで使えるんでしょ? ダメダメだったと思ってたアンタがまさかそんな魔術師になるとはねぇ……」


 ヴィリーネはどこかしみじみと呟いた。

 ……なんか、親戚のおばちゃんみたいだな。


「そう、フリッツはすごいの! まさか『筋力向上ストレングスアップ』という魔術を『水弾ウォーターボール』っていう魔術で包むなんて……私じゃとても思いつかない!」


「そ、そうかな……」


 いかん。素直に褒められて少し照れてしまう俺がいる。

 前世じゃあこうして面と向かって褒められることなんて社会人になってからはそうそうなかったからなぁ……。


「……そういえばフリッツ。あれはなに?」


「ああ、あれは魔石だよ」


 リーナが指さした部屋の隅っこにある子供一人くらいの大きさがあるのは、魔石だ。

 以前魔石を見つけたとき、色々調べてみようと騎士の皆に手伝ってもらい一つだけ持ち帰ったのだ。


 魔石はぼんやりとした光を放ったまま俺の部屋に鎮座している。


「へえ、あれが魔石かぁ。聞いたことはあるけど初めて見たわ……」


「……なんであんなモノ部屋に置いてるの?」


「まぁ、色々……」


「魔石って、そこから魔力を回復できるんでしょ?」


「ああ。直接触って中に入ってる魔力を、吸い出す感じ、で…………?」


 ん? 直接触る?

 なんだ。別に普通のワードなのに、なんだか引っかかるぞ……?


「へぇ……」


「……ってか、アンタ」


「……え? 俺?」


「そうよ」


 いつの間にか、リーナは魔石の元へ行っており、ちょんちょんとつついていた。

 そんなリーナに代わるようにヴィリーネが俺の前に立つ。


「ア、アタシのことも、あだ名で呼びなさい」


「え? あだ、名……?」


「そ、そうよ。ヴェリーナだけあだ名で呼び合うなんて、ふ、不公平よ」


「そ、そうかな?」


「そうでしょ! だ、だって私たちは……婚約者、なんだから」


「――――」


 そうだ。そういえば忘れてた。

 俺はリーナとヴィリーネ、二人の婚約者だった!


「……」


 ……いや、改めて考えるとおかしいわ。

 何が『二人の婚約者だった!』だよ。そんなの許される訳ないだろ。

 一人で二人の妻を持ったら世の中の非モテ男たちが黙ってないぞ。

 無論、俺も抗議する。そんな不公平、あってなるものか。


「龍姫族は、女性が王になる種族……。でも、女性は同時に一回しか子を宿すことができない。だから別の種族から婿をもらい、王女全員と子をもうける必要があるの……!」


「な、なにそのエロゲ展開……」


「でも、婿と言っても王になるのは龍姫族の跡継ぎだから、婿に政治に口を出す権限はない。それに、産まれた子供は全員龍姫族の跡継ぎ候補になるから……実質、婿は子を宿すためだけの存在。十分な子供が揃ったら、龍姫族に縛られることなく、実家に戻ることが許されているわ……」


「…………」


 えっと、つまり? 

 龍姫族の婿は王女全員を孕ませて? 数人子供が生まれれば解放される?

 確かに、龍姫族にとってはそれでいいのだろう。跡継ぎは生まれるし、部外者に余計な口出しをされずに済む。


 え? でも男にとってもそれはただの理想郷では?

 だって、合法的ハーレム――


「はっ!」


 いやいや、待て。

 今の俺はアスモダイ家の嫡男。

 貴族にとってそれがメリットのあることなのかを見定めなければ。


 ……え~と、要は、これは俺という人間を龍姫族にレンタルする契約だよな。

 俺はしばらくの間、龍姫族の元へ出向し、王女たちと愛の結晶を育んだのち、実家に帰される。


 ふむ、そう考えると、実はアスモダイ家にとってメリットはないのでは?

 いや、俺個人的にはメリットがあるのかもしれないが、アスモダイ家にとってはただ嫡男が数年いなくなるだけの契約だもんな?


「もちろん、婿をくれた家には龍姫族の国から特産品である鉱物がたくさん送られるわ。十年にわたる戦争が起きても十分なほどの量がね」


「えぇ……」


 なんてこったい。とてもWIN-WINの関係だった。

 十年分の鉱物なんて、貴族家にとっては垂涎ものだろう。 

 そんな契約を勝ち取ったドロイアスは、意外と敏腕政治家なのか……?


「と、ともかく! 私たちは将来……そういうことになるんだから! ヴェリーナだけ贔屓するのはずる……ダメでしょ!?」


 どうやらそういう訳だったらしい。

 しかし、ヴィリーネのあだ名か……。


 実をいうと候補は一つあるんだが、納得してくれるか微妙なんだよなぁ……。


「リーネ……」


「は?」


「だから、あだ名。ヴィリーネだから、リーネ……」


「はぁ……」


「ため息!?」


 ヴィリーネは長ったらしくため息をついた後、ジト目で俺を睨んだ。


「リーナの次はリーネ? アンタ、雑に考えてないわよね?」


「う……」


 そういわれても仕方ないとは思うが、だって他に思いつかなかったのだもの。


「はぁ……。分かったわよ、フリッツ・・・・


「え?」


「リーネでいいって言っているの。……これであの子にも少しは追いついたと思うし……」


「……? ごめん。最後の方聞き取れなかった」


「~~! うっさい! じゃあ今日は帰るから! ヴェリーナ! 行くわよ!」


「え? あ、は~い。じゃあね、フリッツ!」


 こうして俺は、難聴系主人公の称号と引き換えに、ヴィリーネ――リーネとの距離を縮めることに成功したのだった。


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