第32話 目覚めと反省
「ここは……」
目が覚めると、俺は真っ暗な空間にいた。
最初のうちは戸惑っていたが、三度目となると慣れたものだ。
そろそろ不遜な口調をした彼女が姿を見せることだろう。
「……不遜な口調で悪かったな」
「キーカ、久しぶり」
「そうか? せいぜい一ヵ月会わなかっただけであろう?」
「一ヵ月は久しぶりじゃないかな……」
とは言ったものの、キーカはこの空間に気が遠くなるほどの時間閉じ込められているらしいからな。
時間の長さの感覚が俺とは違うのかもしれない。
「それにしても、不思議なことが起きたものだな」
「不思議なこと?」
「ほら、あのヴェリーナという小娘。あの者が魔術を使うと、汝の魔力が回復していたであろう?」
「ああ、あれか……」
確かに、あれは不可解な現象だった。
そもそもリーナが急に魔術を使えるようになったのも不思議だが、彼女が魔術を唱えると俺の魔力が回復することの方が何倍も不思議だ。
あれはいったい何だったのだろうか。
「ふむ……。どうやら我は、汝らが言う魔術の祖を少し誤解していたのかもしれんな」
「誤解?」
「あぁ。……とは言っても、我がそれを断言できる情報はないがな」
そう言って、キーカは黙ってしまった。
まぁ、キーカが急に黙ってしまうことは珍しくはないだろう。
多分、無言の時間が気にならない人種なんだ。
「そういえば、汝、中々に頑張っていたではないか」
「え?」
「なんだ、忘れてしまったのか? 汝がここに来る前の話だ。確か……ヴィリーネという少女を助けるために奮闘していただろう」
「あぁ……」
まぁ頑張ったと言えば頑張ったのかもしれないが、最後の最後は結局、クリスティーナに助けられた。
助けようと思った本人が魔力切れで倒れてしまうとは、なんとも情けない話だ。
「……そうだ。キーカって魔法の天才って言ってたよな?」
「ん? あぁ、そうだな。朧げな記憶ではあるが、自他ともに認める天才だとも」
「ってことは、魔力量も多いのか?」
「そうだな。人よりは優れた魔力量を持っていると自負している」
「魔力って、どうすればそんなに多くなるんだ?」
俺にもっと魔力があれば、もう少しスマートに勝てたかもしれない。
それに、俺には固有魔術という特別な力がせっかくあるのに、フリードリヒの体の魔力が少なすぎて、あまり活かせていない。
そう思って、キーカに聞いたのだが……。
「さてな。我には記憶がないから、どうやって鍛えたかなど分からぬよ」
「そっか……そうだよな……」
まぁ、キーカは記憶喪失な訳だからあまり期待はしていなかったが、やはり落ち込む。
俺にもっと魔力があれば……。
「話は変わるが、汝、面白い魔術を創っていたな」
「ん? どれのことだ?」
「『
「ああ、あれか」
確かに、あれは自分でもいい魔術を創ったと思う。
離れた人間にもバフをかけられるから、弱いわけがない。
「ふむ。魔術を魔術で包むか……」
キーカは顎に手を添えて考えるそぶりを見せる。
彼女のよく見る仕草だな。
「もしかすると、汝の悩みはすぐに解決するかもな」
「え? それは、どういう……」
「まぁここで教えてやってもいいが、たまには自分で考えることも重要だろう。汝はまだ子供。可能性の塊なんだからな」
確かにガワは子供かもしれないが、中身はアラサーのおっさんなんだが。
「それに、どうやら時間のようだ」
「時間……?」
俺は首を傾げるが、意識が急に遠のく。
これは……感じたことのある感覚だ。
「現実の汝が目を覚ます頃だ。……では、また会おう」
キーカの少し憂いを帯びた笑顔を見ながら、俺は完全に意識を手放したのだった。
◇
「しら……知ってる天井だった」
目が覚めると、毎日見る天蓋が視界に入る。
どうやら自室のベッドで眠っていたらしい。
「お目覚めですか!?」
「おぉっ!」
大きな声に驚いて振り返ると、そこにはヘカーテがいた。
彼女はぎょっとした顔でこちらを見つめている。
「あぁ、よかった……。このまま目が覚めなければどうしようかと……」
なんだか大袈裟だな。
俺が魔力切れで気絶するのはそこまで珍しくないと思うんだが。
「おはよう、ヘカーテ。俺はどれくらい眠ってたんだ?」
「三日間です」
「みっ……!?」
三日!?
それはヘカーテもびっくりするだろう。
流石にそんな長いこと気を失ったことはないぞ。
「ヴィリーネとリーナは!?」
「お二方とも、疲労や魔力切れをおこしていましたが、二日前には無事に目覚められました。昨日、ヴィリーネ様とクリスティーナ様で、ドラゴンの群れを駆除したそうです」
「そうか……」
誘拐されてすぐにドラゴン退治とは、ヴィリーネは中々ガッツがあるな。
……だけど、よかった。
ヴィリーネもリーナも助かったんだな。
原作とは違うルートに突入したが、これが俺にどう影響するんだろうか。
「……申し訳ありません。フリードリヒ様」
「え? きゅ、急にどうした?」
ヘカーテは眉尻を下げ、落ち込んだ顔をしている。
「もし私にもっと力があれば、フリードリヒ様にあんなご苦労を……」
「い、いやいや、そんなことはないよ」
「ですが、フリードリヒ様が単身で誘拐犯のもとへ向かったのは、私に力がなかったからですよね?」
「ん、んぅ……」
確かに、俺にとってヘカーテは庇護対象なんだよな。
クリスティーナやサリヤのように、肩を並べて一緒に戦う……とは思っていない。
「これまでも、私はフリードリヒ様に守ってもらってばかりで、クリスティーナ様のようにお助けするどころか、庇ってもらうありさまで……」
「ヘカーテ……?」
「っ! すみません。クリスティーナ様をお呼びしてきます。フリードリヒ様がお目覚めになったらすぐに呼べと言付かっていますので」
そう言って、ヘカーテはすたすたと俺の部屋から出て行ってしまった。
……よく見えなかったが、ヘカーテ、泣いていた……か?
「フリードリヒ!」
「おわっ!」
バン! と派手な音と共にクリスティーナが俺の部屋に入ってくる。
はやすぎね?
「もう、心配したんだから!」
俺はぎゅっとクリスティーナに抱擁される。
彼女の温かい体温を感じられて、なんだか安らかな気持ちだ。
「ごめん、クリスお姉ちゃん」
「本当よ……。でも、よく頑張ったわ。貴方がいなければ、ヴィリーネは助からなかったかもしれない……」
「…………」
「……でも、これからはお説教の時間よ」
「え?」
クリスティーナは、抱きしめていた俺を話すとベッドの横にある椅子に座り、怒ってますと言いたげに頬を膨らませた。
あれ? さっきまでの甘々ムードはどこ?
「まず一つ。黙って一人で行ったこと」
クリスティーナは人差し指をぴっと立てると、ジトっとした目で俺を見る。
「単身で行くこともそうだけど、黙って行動するのは悪手も悪手よ。一歩間違えれば、貴方は誰の救助もなく死んでいたかもしれないんだから」
「……はい」
まぁ、それはそうだ。反省しよう。
クリスティーナに今すぐ救助に行くべきと言っても反対されるだろうから黙って一人で行ったのだが、それは言い訳というものだ。
「二つ。貴方が賊に手加減をしていたこと」
「……」
「貴方、賊を一人も殺さなかったわね」
……まぁ、それは俺の決定的な過ちだろう。
賊たちを殺さなかったのが原因で、俺はザッケルトのみならず大量の賊と同時に戦う羽目になりそうだった。
ぎりぎりのところでクリスティーナが助けてに来てくれたが、彼女がいなければ、俺はあそこで死んでいただろう。
「貴方が優しい子だから、人を殺せないというのは分かるわ。それを進んでやれとは思わない。けれど、私たちは貴族なの。これから先、軍を率いて戦場に行くかもしれない。反乱を起こした民がいれば、彼らと戦わなければならない。その時に、将である貴方が『人を殺せません』となると困るの」
そうだ。
今の俺はフリードリヒという破滅キャラを前に忘れそうになるが、貴族なのだ。これから先、クリスティーナの言うような状況になることもあるだろう。
その時に俺は、しっかりと務めを果たすことができるだろうか。
「それに、その甘さはいつか貴方自身を滅ぼすかもしれない。甘さと優しさは違うの。……まだ幼い貴方には難しいかもしれないけれどね」
クリスティーナは、最後に優しい笑顔で俺の頭を撫でた。
「まだまだ言いたいことはあるけれど、貴方は目覚めたばかりだかこのへんにしておくわ。それに、まだ帰ってない父の代わりにやらないといけないことがあることだし。……そうだ。あの賊たちのリーダーの……ザッケルトと言ったかしら? あの人間だけ逃してしまったの。中々くせものでね、手下たちを盾にしていつの間にか逃げられてしまっていたわ」
「それじゃあ、またね」と言い残し、クリスティーナは俺の部屋から出て行った。
……次、俺が同じ状況になって、賊たちを殺すことができるだろうか。
ザッケルトと戦った時、俺は彼を殺す決心がついた。殺すつもりで武器を振るった。
しかし、あの時はそうしなければリーナも死んでしまうと思ったから。
そうじゃない時になっても、俺はあの時の同じように武器を振るえるのだろうか。
「はぁ~~~~~…………」
俺の口から、大きいため息が出たのだった。
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