第31話 結末

「くそが!」


 ザッケルトが短剣を振るうと、俺が握っていた氷のハルバードがキラキラと輝きながら崩れ落ちる。


「『フリッツ。貴方の力で、私にあの人を貫くその氷の力を頂戴。――『氷弾アイスバレット』』」


 瞬間、ザッケルトの背中を狙うように氷の銃弾が飛び出した。


「ちっ!」


 ザッケルトがそれを打ち落とすために俺に背を見せる。


「『魔力よ。汝、かの者を打ち倒すため、我の武器とならん――『氷製鉾槍アイシクルハルバード』』!」


 その隙に俺は再度氷製鉾槍アイシクルハルバードを創造し、ザッケルト目掛けてそれを振った。


 このやり取りは、かれこれ十回以上続いている。

 俺が氷製鉾槍アイシクルハルバードを壊されると、リーナが氷弾アイスバレットで牽制し、その間に氷製鉾槍アイシクルハルバードを創りなおす。

 どういう訳か分からないが、リーナが氷弾アイスバレットを唱えると俺の魔力が回復することからできる戦術だった。


「ああ! イライラするぜイライラするぜ!」


 武器破壊をする余裕はなかったのか、ガキィンと派手な音を立てて俺の氷製鉾槍アイシクルハルバードとザッケルトの短剣が交差する。


 ザッケルトは数歩後ずさり、俺たちを睨みつけた。

 しかし彼の肩は激しく上下しており、大きく消耗していることが分かる。


「なんなんだなんなんだ、その魔術は! 確かに俺ァ魔術に明るくないが、そんな魔術見たことも聞いたことがないぞ!」


 厳しい口調で言われるが、それに答える道理はない。

 俺は無言でザッケルトを睨みつける。


「ちっ、埒が明かねえな。かといってお前らを黙って帰すわけにはいかねえ。俺にも事情があるんでな……」


「事情……?」


 そういえば、なぜザッケルトはヴィリーネを攫ったのだろうか。誰の指示だ?


 ……っていうか、ザッケルトって何者だったっけ。とにかく強い中ボスってことは覚えてるんだけど、ストーリーにどんな風に絡んでたか忘れたぞ。


 そんなことを考えている時だった。


「あ……」


「え……」


 リーナが、倒れた。


「リーナ!」


 俺はザッケルトを挟んで向こう側にいるリーナ目掛けて走り出す。


 しかし、それをザッケルトがみすみす見逃すわけがなかった。

 

「はっ、させるか!」


 ザッケルトは口元を愉快気に歪めると、彼の側を走り抜ける俺の背中目掛けて短剣を振るう。


「くっ!」


 氷製鉾槍アイシクルハルバードを敢えて短剣にぶつけることで、その衝撃を利用して俺はザッケルトの攻撃をかいくぐり、リーナの元へと到達した。


「リーナ? リーナ!」


「はぁ……はぁ……」


 リーナの顔は青白く、息は絶え絶えだった。

 俺はこの症状を知っている。

 魔力切れだ。


「はん……どうやらソッチのガキは息切れのようだな」


「……!」


 いつの間にか、ザッケルトは息を整え余裕の笑みでこちらを見ていた。


「くっ……『魔力よ。汝、かの者を打ち倒すため、我の武器とならん――『氷製鉾槍アイシクルハルバード』』……!」


「おらぁ!」


 急いで氷製鉾槍アイシクルハルバードを創造するが、詠唱している間に距離を詰められており、中途半端な防御姿勢となってしまう。


「ぐ……!」


 パリィンと、氷製鉾槍アイシクルハルバードが砕け散る。

 もう一度詠唱と唱えようとするが……


「おせぇ!」


 いつの間にか、目の前にザッケルトの趣味の悪い革靴が見えた。


「ぐはぁ!」


 俺は蹴り飛ばされ、ヴィリーネが閉じ込められている牢屋に強く背中を打つ。

 じんわりとした格子状の痛みが、熱を帯びて背中を襲った。


「な、に……?」


「!」


 その物音で目を覚ましたのか、ヴィリーネが目を開く。

 胡乱とした目は俺とザッケルト、そしてリーナをゆっくりと見ると、大きく開かれた。


「な、なに!? 何が起こってるの!?」


 ヴィリーネは取り乱したように大声をだす。

 まぁ、無理もないだろう。

 誘拐されて気を失ったかと思えば、目が覚めると倒れ伏せる姉や苦痛に顔をゆがめる俺、そしてどこからどう見ても悪役顔のザッケルトがいるのだから。


「ちょっと! ヴェリーナ!?」


 ヴィリーネはリーナの名前を叫ぶ。

 彼女の顔は悲壮に歪んでいた。


「…………」


 リーナに返事はない。

 魔力切れの結果、気絶してしまっているようだった。


「ヴェリーナ!? なにがあったの!?」


「魔力切れで、気絶してるんだ……」


「魔力、切れ……? ヴェリーナが……?」


 ヴィリーネは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 まぁヴェリーナが魔術を使えるようになったのはさっきもさっきだからな。

 彼女の驚きは理解できる。


「……アンタ、ヴェリーナと一緒に逃げなさい」


 突然、ヴィリーネがそうぽつりと呟いた。


「は……?」


 俺はその言葉の意味が分からず、思わず振り返る。

 ヴィリーネは俯いていて、表情は分からない。


「なんでアンタたちがここにいるかは分からないけど、こいつらの目当ては私なの。だから、アンタたちは無関係なのよ」


「なにを言って……」


「……龍姫族の王女には、ヴェリーナの方がふさわしいわ。私はただ戦いがちょっと得意で、ただ明るいだけ。……でも、ヴェリーナは違う。確かにちょっと臆病な子だけど私の何倍も賢くて、思慮深い。きっと、ヴェリーナの方が王女に相応しいの。だから、私を置いてさっさと――」


「――馬鹿言うな!」


「っ!」


 俺はたまらず、格子を握り彼女に叫んだ。

 ヴィリーネがとても驚いた表情でこちらを見つめ、口をぱくぱくとするが、知ったこっちゃない。


 ヴェリーナの方が王女に相応しいから私を置いていってくれ?

 

 ふざけるな。

 それなら、リーナはなんでここに来たんだ。

 おどおどしていて臆病な少女が、それでもこんな危険な場所に来たんだ。

 リーナは――


「――お前が大事だから、来たんだ! お前のことを大切に思っているから、怯えながらもここまで来たんだ! 戦闘が苦手で嫌いって言っていたけど、必死に戦ったんだ! なのにそんなこと……言うな!」


「……!」


 ヴィリーネは再度俯き、肩を小刻みに揺らした。

 直後、ぽたぽたと涙が地面に落ちる。


「あ~……。お涙頂戴のところ悪いけどよ、せっかくてめぇら姉妹とも揃ったんだ。どうせなら二人ともいただくに決まってんだろうが」


「……お前!」


 ザッケルトは短剣を弄びながら、俺たちを不愉快な目で見つめてくる。

 

「……それに、どうやらお前は、時間を使いすぎたようだぜ?」


「なに……?」


 俺がザッケルトの言葉の真意を探ろうとした瞬間、隣の部屋から一つの人影が現れた。


「ザッケルトさん、すいません!」


「な……!」


 それは、俺が先ほど気絶させた賊、ゴンゼだった。

 彼は手元に先ほども見た大剣を握り、姿を見せる。

 

(もう目覚めたのか!)


「あぁ、ゴンゼ。お前があんなガキにしてやられたって聞いて、俺は大分イラついてんだ。ちゃんと落とし前はつけろよ?」


「もちろんです!」


 まずい、リーナもいない今、一人でこの二人を相手するのは……!


「ザッケルトさん、俺も加勢します!」


「は……?」


 その瞬間、聞きたくない声が俺の耳に届いた。


「クソガキ、今度は容赦しねえぞ!」


「くそが、よくもやってくれたな!」


「生意気なガキにこれ以上やられるかよ!」


 いくつもの声とともに、たくさんの人がこの部屋に入ってくる。


「ま、じかよ……」


 彼らは、俺がこの洞窟で気絶させた賊たちだった。

 数にして五人。

 俺は、一瞬にして一対七を強いられた。


「はっ、ガキが。人を殺せない甘ったれのお前に相応しい末路だな」


 じわじわと、七人の賊が俺を取り囲む。


「……『魔力よ。汝、かの者を打ち倒すため、我の武器とならん――『氷製鉾』』……! かはっ!」


 追い打ちをかけるように、俺の魔力が切れてしまった。

 

(ま、ずい……。このままだと、リーナも、ヴィリーネも……)


 段々と、意識が薄くなっていく。

 

 一人で死ぬのは、まだいい。

 それは自分のミスだ。


 しかし、ここでリーナを失うわけにはいかない。

 ヴィリーネも確かに助けたいが、ゲーム本編で亡くなっている以上、避けられない死だったのかもしれない。


 だが、リーナは違う。 

 彼女がここにいるのは、俺のせいだ。


 このままでは、俺がリーナを――


「このガキは、じわじわと殺せ。たっぷり世話になったからな」


 ザッケルトの言葉で、賊たちの顔に笑みが浮かぶ。

 とても楽しそうで嗜虐に染まった下品な笑みだった。


「楽に死ねると思うなよ! お前は俺が――」





「――貴方、誰に向かって言っているのかしら」





 俺が、リーナだけでも救おうと一歩踏み出した瞬間。


 ゴンゼの胸から、剣が生えた。


「は……?」


 その場にいた誰かの口から、驚愕に染まった声が漏れ出る。

 それはゴンゼ本人のものかもしれないし、ザッケルトのものかもしれないし、俺のものだったかもしれない。


 しかし、起こったことは単純明快。ゴンゼは後ろにいる誰か・・に刺された。


「まぁいいわ。私は貴方とは違うから、すぐに死なせてあげる。貴方の人生と同じく、短くて、薄くて、つまらない死に方を見せてちょうだい?」

 

 鈴が鳴るような声と同時に、それに似合わない肉を断ち切るような音が響いた。

 剣がゴンゼの胸元から抜かれ、彼はなにを発することもなくその場に崩れ落ちる。


 どうみても剣が貫いた場所は心臓だった。


「な、なにもんだこのア――!」


「くそ! 見張りの奴は何を――!」


 一瞬、場は驚愕の雰囲気に満ちていたが、すぐに立て直した賊二人が彼女・・に襲い掛かる。


「うるさいわね。貴方たちがいると、私の弟が視界に映りづらいの。さっさといなくなってちょうだい」


 その言葉とともに、一閃が輝いた。

 スパンという音が聞こえ、賊二人はその場に倒れる。

 彼らが床に横たわった瞬間、ぐらりと首が胴体からずれた・・・


「クリス、お姉ちゃん……」


「あぁ、フリードリヒ……!」


 闖入者の正体は、クリスティーナだった。

 彼女は驚愕に表情を染める賊たちを全く気にかけず俺の元へ近づき、やがて抱きしめられた。


「助けが遅くなってごめんなさい。でも、もう大丈夫よ。私が全部解決してあげる」


 クリスティーナの肩から奥を見ると、賊たちの後ろにアスモダイ家に仕える騎士たちの姿が見えた。サリヤやヘカーテの姿も見える。


「総員、かかれ」


「「はっ!」」


 サリヤの号令で、騎士たちが賊に襲い掛かる。


「うわああ!」


「くそ、どっから来やがった……! うわ!」


 騎士たちの前に、賊たちは続々と倒れていく。


「くそ、ガキ! お前さえいなければ――!」


 一矢報いようとしたのか、焦った顔をした賊が俺を抱くクリスティーナ目掛けて斬りかかる。


「無粋な輩ね。今は姉弟感動の邂逅なの。端役は黙っていなさい」


「か、は……」


 しかし、クリスティーナはノールックで剣を振るうと、その賊はあっという間に倒れた。


 なにこの姉、頼りになりすぎ……。


「あ……」


 安心したら、体にどっと疲労感がのしかかる。

 ザッケルトや賊との戦いで疲労困憊だし、魔力はほぼ切れている。

 逆に、今まで意識を保っていたのが奇跡か。


「……大丈夫よ、フリードリヒ。貴方は頑張ったわ」


 そう言って、クリスティーナは俺の頭をなでる。

 

 ……おかしいな、ここは戦場だというのに、クリスティーナにそんなことをされると、あっという間に睡魔が……。


「フリードリヒ、貴方は自慢の弟よ。ここから先はお姉ちゃんに任せて、今は眠りなさい」


 その言葉がとどめとなって、俺は意識を手放した。




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