第30話 覚悟
「はっ、中々やるじゃねえか、ガキ」
「はぁ……はぁ……」
俺がザッケルトと対峙して十数分。
ザッケルトの特徴と言えば、その壊すことに特化したような形をした短剣で相手の武器を破壊すること。
しかし、俺の手にはまだハルバードが握られている。
ザッケルトの余裕そうな顔を見るに、おそらく俺は遊ばれているのかもしれない。
「なるほどな。ゴンゼの奴がくたばっちまう理由は分かった」
ザッケルトはゴンゼの頭をコツンと蹴りながら、キッと俺を睨みつけた。
「ガキのくせにやるじゃあないか。認めてやる認めてやるさ。お前はただのガキじゃねえ。一端にこの俺と互角に戦いやがる。……ガキ相手にこれは見せたくなかったんだけどなぁ」
(……来る!)
『アリナシアの使徒』において強敵と評されるザッケルト。
その特徴は、彼の特技、武器破壊。
この攻撃が命中すると、問答無用で装備している武器が破壊されてしまい、大きくパワーダウンとなってしまうのだ。
しかし、その特技を無効化する手段が一つある。
それは、ザッケルトの攻撃を
武器破壊は例えそれが0ダメージでも命中さえすれば発動する。
しかし、その攻撃自体を回避すれば武器の破壊は防げるのだ。
「行くぞ、ガキ」
ザッケルトは腰を低く落とした。
集中しろ。ザッケルトの腕の動き、体の重心、視線の先に!
「ハアアアアアァ!」
「っ!」
初撃、右から。一歩下がる。
次、左下から振り上げるように。二歩下がる。
三度目、真上から。右に半身をずらす。
そして四度目、再度左下から。
(避けられてる! 大丈夫だ! このまま――)
「きゃっ!」
ザッケルトの武器をよけようと、一歩下がった瞬間。
俺の足が何かに当たった。
怯えた顔をしたリーナの足だった。
「ま、ず――」
「――そこだ」
バランスを崩した俺の耳に届いたのは、鈍い金属音と、何かが砕け落ちるようなパラパラという音だった。
「は。いい見切りだったが、ここまでか」
「ご、ごめんなさい、フリッツ……」
俺の手に握られていたはずのハルバードは、もうなかった。
ザッケルトの武器破壊により、見るも無残にボロボロの欠片となって見えるだけだ。
俺はペタンとその場にへたり込んでしまった。
「いいか。ガキ。冥途の土産に一つ教えてやろう。俺はお前を侮っていた。こいつらを倒す力はあっても、所詮はガキだからな」
「……」
「だから、お前には俺を殺せる好機があった。この俺の油断の隙をつく好機がな。教えてやるよ。お前に足りないのは『人を殺す』覚悟だ」
「――!」
俺は目を見開く。
図星だった。
この洞窟に潜入する時から、俺は賊たちを気絶させて進んできた。
確かに、合理的に考えるならば彼らは殺すべきだっただろう。
殺さないメリットはほとんどなかった。
しかし俺には、ブレーキがあった。
それは、現代社会を生きていた人間なら絶対に持っていた、『人は殺してはいけない』という絶対的な禁忌。
「まぁ、所詮はただのガキだわな。そんなお坊ちゃまが、人を殺す覚悟だなんて――」
「――『フリッツ。貴方の力で、私にあの人を貫くその氷の力を頂戴。――『
「っ!」
唐突に、俺の真後ろから小さな氷の弾が飛んでくる。
ザッケルトはその短剣でそれを弾こうとするも、油断していたのだろう、一瞬遅れ、それは左腕に直撃した。
「ぐ、あ……! なんだ、その魔術は!」
ザッケルトは左腕から少なくない血を流しながらも、厳しい目つきで魔術を詠唱した者――リーナを睨みつけた。
そして、俺の中でさっきも感じた満たされるような感覚。
これは、一体――。
「フリッツはただのガキなんかじゃない。一人で貴方たちのアジトに潜入して、私の妹を助けようとしてくれている、とても勇気があって、立派な、私の尊敬する人。貴方みたいなろくでもない人とは違ってね」
「は……。いっちょ前に吠えてんじゃねえぞガキが!」
ザッケルトがリーナにとびかかる。
慌てて庇おうとするが、ほんの少し間に合わなかった。
「きゃああ!」
リーナを押しのけるも、彼女の肩に浅くだがザッケルトの短剣が届いてしまう。
リーナの左肩からどす黒い血が流れた。
しかし――
「私は、あんたなんかに負けない! フリッツが、私の妹を助けようと頑張ってくれているんだもん! 私だけ諦めるなんて……そんなの嫌!」
それでもなお、リーナの目には生気が宿っていた。
そして俺と視線を交わすと、信じていると言わんばかりにうなずく。
……そうだ。
諦めちゃ、駄目だ。
何が人を殺す覚悟がないだ。
何が現代人として生きてきた価値観だ。
俺はもう、日本に産まれた社会人じゃないだろ。
この世界で生き延びると決めた、フリードリヒ・クルズ・オイゲンだ!
状況を見る。
ザッケルトは、リーナを注意深く見据えている。
リーナは左腕をぶらりとさげながらも、その手のひらをザッケルトに向けていた。
ザッケルトにとって
なら、俺がやることはそのリーナを庇うように前衛に立つことだ。
「……でも、武器が」
ちら、と足元を見る。
そこにはばらばらとなったハルバードだったもの。
今の俺は紛れもなく徒手空拳だ。
(そういえば、こんなこと、以前もあった気がする)
クリスティーナとの決闘。
最後はお互いに素手となって戦った。
そして、勝負を決めたのは――。
(武器がないのなら、創っちまえばいい、ってことだな)
頭に浮かぶのは、
その後、実験を繰り返すことで消費する魔力に比例して強度を増すことが分かった。
しかし、今の俺の魔力は……。
(……魔力が、ある?)
自分の体内に意識を集中すると、さっきまで
あり得ない。魔力はそんなハイペースで回復しない。
「『フリッツ。貴方の力で、私にあの人を貫くその氷の力を頂戴。――『
「ちっ! なんなんだ、その魔術は、よぉ!」
リーナが再度放った
しかし、それ以上に気になることがある。
「……また、回復した?」
俺の魔力が、またもや回復したことだ。
何かが満ちるような温かい感触。
その感触は三回目だが、どれもリーナが魔術を使った直後。
なにか関係があるのか……?
疑問の海に沈もうとするも、ぶんぶんと頭を振る。
なぜ俺の魔力が回復するのかは分からないが、今の俺にとってやらなければならないことはザッケルトに勝ち、ヴィリーネを救いここから逃げること。
なら、今考えることはそれだけでいい。
「『魔力よ』」
そう呟くと、俺の体内の魔力が暴れだす。
「なんだ。なんのつもりだ!?」
ザッケルトが、リーナを見る目と同じ目で俺を見て、狼狽した。
しかし、もう遅い。
「『汝、かの者を打ち倒すため、我の武器とならん――『
その瞬間、俺の手には白い息を吐く、薄青いハルバードが現れた。
「ちっ! 訳の分からん魔術ばかり使いやがって! だが――」
俺の固有魔術を見たザッケルトは、ギザギザの短剣を構えて俺に飛びかかってきた。
――予想通りだ。
「ふん!」
「はっ! 迷わず武器で防ぐとは、俺の力を忘れたのか!? 笑えるぜ笑えるぜ。今度こそお前の気勢ごとぶっ壊してやるよ!」
ザッケルトの武器破壊の能力により、俺の
しかし、それでいいのだ。
「リーナ!」
「『フリッツ。貴方の力で、私にあの人を貫くその氷の力を頂戴。――『
「ちっ! 邪魔を――!」
ほわん、と温かい感触とともに俺の魔力が回復した。
やはり
「『魔力よ。汝、かの者を打ち倒すため、我の武器とならん――『
ザッケルトがリーナの放った
「な、なんだと! ……くっ!」
そして、今度こそ俺は、その刃をザッケルトの首目掛けて振った。
ザッケルトは反応こそ遅れたものの、俊敏な動きでその場にしゃがみ込んだ。
彼の髪が、ハラリと地面に落ちる。
「なんなんだなんなんだお前ら……! その厄介な魔術はなんだ!」
ザッケルトを挟むように、俺たちは立っていた。
俺が
もちろん、俺とザッケルトが戦っている間にも彼は
武器破壊。
それは確かに、厄介な力だ。
武器を壊されれば攻撃力は下がる。それはゲームでも現実でも一緒。
素手で人を殺すなんて難しい。
しかし、武器破壊の能力を回避する術は二つあったのだ。
一つ、ヤツの攻撃を回避すること。
そして二つは――武器を破壊されたのなら新しい武器を用意すればいいのだ。
『アリナシアの使徒』では戦闘中に武器の切り替えができないからすっぽりと抜け落ちていた。
「来い、ザッケルト。こっちの武器の貯蔵は十分だぞ」
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