第28話 ひとりぼっち救出作戦

「……確か、このあたりか」


 空が闇に支配され始めた頃、俺は森のど真ん中にいた。

 ヴィリーネを救出するとリーナに誓った後、俺はそれとなく、クリスティーナに同行していた騎士にヴィリーネが攫われた場所を聞き、その場所へやってきていた。


「……血、捨てられた武器。ここで間違いないか」


 たどり着いた場所には、誰のものか分からない血や、用済みになった武器が散乱していた。

 ここで一悶着あったことは間違いない。


「……しかし、どうやって探ったものか」


 現場に行けば、誘拐犯がどこへ向かったのかわかるかもしれないと思ってきたが、足跡や馬車の跡などは見当たらない。

 まぁ、俺が誘拐犯でもそういった痕跡は隠すしな。


「……ん? なんだ、あれ」


 俺の視界に、月光を反射しキラリと輝くなにかが写った。


「髪留め……?」


 それは、簡素な造りをした赤い髪留めだった。


「待てよ……。これ、見たことがあるな。……リーナの初期装備!」


 そう、この髪留めは、『アリナシアの使徒』においてリーナが加入した時から装備しているアクセサリーだ。

 

「じゃあ、これはリーナの……? いや、ここにリーナはいなかった。ヴィリーネの物と考えるのが妥当か……?」


 『大切な人』を喪ったリーナがその人物の装飾品を身に着けていた。

 そう考えれば納得がいく。


「これを使って……どうにか」


 現場に残ったのは攫われた人物の装飾品のみ。

 う~ん。これが現代なら、ヴィリーネの持つスマホとかのGPSを追ってなんとかなるんだがなぁ。


「……あ」


 いや、現代でも物一つでその人物を追う仕組みがあった。

 警察犬だ。


 訓練を施した犬に物の匂いを覚えさせ、それを追跡し持ち主を露にする。


「魔力で警察犬を創ってみるか? こほん。『魔力よ。汝、え~……け、警察犬となりて』……?」


 あ、駄目だ。

 なんか分からないけど、俺の中の魔力が『警察犬ってなぁに?』って言ってる気がする。


「あ~……俺の嗅覚を強化した方が早いか……?」


 警察犬は人間より発達した嗅覚で臭いを追っているわけだもんな。

 筋力も向上できるんだから、嗅覚が向上できないわけがないか。


「『魔力よ。汝、我の助けなり、全ての感覚を研ぎ澄ます力を与えん。――『感覚向上センスアップ』』」


 詠唱を終えると、なんだか体の全ての神経が研ぎ澄まされるような感覚を覚える。


 ……え? なんで『嗅覚向上』じゃないのかって? センスオブスメルアップって……なんかダサくね?


「って、今は急がないと」


 俺は赤い髪留めに鼻を近づけ、思いっきり吸ってみる。

 お、すげえ。普通のの何倍も匂いが強い。

 ……端から見ればただの変態だな。好きな女子のリコーダーを舐める奴と今の俺に違いはあるのだろうか。 


「……柑橘系の、臭い?」


 そしてこの漏れ出た感想も、俺の変態さをぐっと底上げさせてくれることだろう。


 ◇


「……ここか」


 それから大体三十分後。己の尊厳と引き換えに、匂いを辿った俺は目的地へとたどり着いた。

 確かに現場から遠くはないが、入り組んだ道を更に奥へ進んでようやくたどり着いた場所だ。見つけ出すのは困難だろう。


 たどりついた場所は、こじんまりとした洞窟だった。

 表には見張りだろうか、全身黒ずくめの男が一人立っている。

 ……どこかで見たことのある格好だが、その格好と今が完全に夜であることから、はっきりと見えない。


「じゃあ、オレたちはあの方をお迎えに行くからよ。ちゃんと見張りしとけよ」


「あいよ」


「……!」


 俺が観察をしていると、洞窟の中からぞろぞろと見張りと同じ格好をした人影が出てきた。

 数は……正確には分からないが十人以上はいる。

 彼らは大きい馬車に乗ると、そのままどこかへ行ってしまった。


「はぁ~あ……。見張りっつっても、こんな場所、見つける奴なんていやしねえだろ。ましてやあのガキ攫って半日も経ってねえんだからよ……」


 見張りの男は、のんきに欠伸をしていた。

 もし俺が凄腕のヒットマンなら、そのまま大口開いて天国へと旅立っていただろう。

 ……いや、氷弾アイスバレットの魔術を持つ俺は、狙撃能力を持つ。

 相手が油断した人間なら、暗殺者のように敵を殺すことも容易いだろう。


 しかし――


「人を、殺す……?」


 それは、現代を生きた俺にとって、どでかく、そして分厚い壁だ。

 魔物を殺すことには――抵抗はあったものの――すぐに慣れた。

 いわばあいつらは害獣のような存在だ。人里におり、襲い奪う。そんな生き物を殺すことには、こちらに正義があるように思える。


 しかし、人を殺すのは、それとはまた違うことではないか。

 確かにこいつらは、罪人だ、悪い奴だ。一国の王女を攫っているわけだからな。

 でも、こいつらにも友人はいる、家族はいる。


 例えば、こいつらが俺の家族を殺したならば、感情そのままに殺すことはできるかもしれない。


 しかし、誘拐という罪だけで命を奪うのは、現代の価値観を持つ俺に抵抗があった。


「……」


 俺は右手を自分の背にあてる。

 そこにあるのは、持ってきたハルバード。

 訓練用ではない、鉄と鋼でできた、人を殺す武器だ。

 しかし、柄で殴るに留めれば、殺さずに済むだろう。


「……」


「あ……? ガキ、ここに何の用だ?」


 俺はハルバードを持って、わざわざ見張りの前に姿を現した。

 

 確かに、魔術を使って敵を足止めし、その隙に気絶させることもできた。

 彼の足元に水弾ウォーターボールを撃って、足元の土を泥にして身動きをとれなくしたり。


 しかし、感覚向上センスアップの魔術が思いのほか魔力を消費した。

 どうやらこの魔術は、一度使ったら終わりというわけではなく、効果を続ける限り魔力がじわじわ減っていくタイプの魔術だったらしい。


 だから、洞窟の中にどれくらいの敵がいるかも分からない今、無闇に魔力を消費させるわけにはいかない。


「それ以上近づくと、殺すぞ」


「……」


「チッ……! おい、ここに――!?」


「っは!」


 見張りが援軍を呼ぼうとした瞬間、俺は一気に彼との距離を縮める。

 ここで複数を相手にするのは、少しよろしくない。


「ガキが! そんなに殺されたいか!」


 見張りは毒づきながら、腰の短剣を抜いた。

 俺は見張りが援軍を呼ぶ隙を与えないように、手数を多くして攻めまくる。


「チッ……! ガキのくせに……!」


 ――弱い。


 いや、見張り自体は決して弱くはないのかもしれない。


 しかし、俺が目標とするクリスティーナにも、サリヤにも、彼は遠く及ばない。

 俺がイメージしているのは、重く鋭い攻撃をこれでもかと繰り返すクリスティーナに、こちらに反撃の隙を与えないほど軽やかな攻撃でこちらを圧倒するサリヤの姿だ。

 こんな奴、彼女たちの足元にも届かない――!


 ――ガァン!


「ぐ、え……!」


 見張りの大ぶりの攻撃を見切り、俺はハルバードの柄を彼の脳天に振り下ろす。

 嫌な音と共に、見張りはその場に倒れ伏した。

 

 俺は彼の口元に耳を近づける。


「スゥ……スゥ……」


 息はある。殺さずに済んだ。


「はぁ……緊張した……」


 俺はどっと体を襲う疲労感を感じた。

 

 なにしろ、これは実戦だった。

 決闘や訓練と違う。確かに、魔物と戦ったことはあるが、こんなに明確な殺意を向けられたのは初めてだ。

 それに、彼の短剣で斬られれば俺は死んでいたかもしれない。


「……行かないと」


 しかし、ここでくじけるわけにはいかない。

 俺は、深呼吸をして洞窟の先へと入っていった。


 ◇


「はぁ……はぁ……」


 見張りを倒した後、三人の誘拐犯――賊と出くわした。

 しかし幸運なことに彼らは単独行動をしており、各個撃破することに成功した。


「だけど、ラッキーもここまでかな……」


 俺は置いてあった樽の陰に身を隠し、そこからちらと、先を見る。

 そこにいたのは、大きな扉を前に談笑している二人の賊だ。


 この洞窟へ来てから結構な距離を歩いた。恐らく、ヴィリーネが囚われている場所までそう遠くない。

 しかし、ここにきて難題が俺を襲った。


「魔力の使いどころか……?」


 そんな考えが一瞬浮かぶが、すぐに却下した。

 俺に残っている魔力は、実はそこまで残っていない。

 あと一回氷弾アイスバレットを使えばもしかしたら気絶してしまうかもしれないほどに。


 どうする、どうする……。


 ―バキッ。


「……あ」


 俺は自分の足元を見る。

 そこにあったのは樽から剥がれ落ちた木の板。そしてそれは、無残にも真っ二つに折れていた。


「誰かいるのか!」


 俺はなんて古典的な方法でばれちまってるんだ……!


 しかし、状況は切迫している。

 俺はさっと顔を出し、彼らと距離を置いた。


「侵入者か!」


「ガキ一人だと!? あいつらは何をやってたんだ!」


 敵は二人。

 禿げ頭の男は長剣を持っており、若者は弓と短剣を装備している。


 戦っている時に弓でちょっかいをかけられるのは厄介だ。


「っは!」


「なっ……! ぐっ……」


 そう判断した俺は、若者にとびかかり、彼が武器を構える前に気絶させた。


(あとは、一人だけ……!)


 俺は禿げ頭の男がいた場所目掛けてハルバードを振りぬく。


「な!」


 しかし、そこに彼はいなかった。


「チッ! ガキのくせに手練れかよ、めんどくせえな」


 禿げ頭は俺と距離を置いて、彼の背丈ほどある剣を抜いていた。


「だが、このゴンゼ様を倒せるとは思うなよ!」


 ◇


「はっ! その程度かよ、ガキ!」


「くっ!」


 ガキィン、とこの十数分で幾度も聞いた重低音が響く。


 このゴンゼと名乗った男、強い。

 彼の背丈ほどある長剣の攻撃は重く、それでいて速い。

 正直、サリヤといい勝負をすると思うほどには。


「はぁ……はぁ……」


 そして、俺の体力も削られていた。

 彼の前にも数人、賊と戦っているし、ゴンゼの攻撃は一瞬の隙が命取りだ。


「おらぁ!」


「……っ!」


 ゴンゼがまた、その長剣をぶん回す。

 俺はハルバードを前に出し、それを防ごうとするが……。


「はっ! かかったな!」


「なぁっ!?」


 ハルバードが俺の両手から滑り落ち、背後の壁に激突する。

 ……マズイ!


「ガキのくせにやるようだが、経験が足りてなかったな。……あばよ」


 ゴンゼは長剣を高くかざし、俺の頭目掛けて振り下ろす。


 この状況から、魔術の詠唱は間に合わない。

 

「ま、だ――」


 その瞬間。




「『――――を頂戴! ――『氷弾アイスバレット』』!」



 背後から、聞こえるはずもない、聞きなじみのある声が聞こえた。



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