第27話 フラグをへし折るために

「クリスお姉ちゃん!」


「フリードリヒ……」


 俺は乱暴な動きで扉を開く。

 彼女の肌は土で少し汚れていた。


「血が……!」


「大丈夫、これは返り血よ。私に怪我はないわ」


 サリヤたちとともに魔物を討伐している途中、龍姫族の双子の片割れ、ヴィリーネが誘拐されたと聞いた俺たちは、大急ぎでアスモダイ家へと戻っていた。


「ヴィリーネが、誘拐されたって……!」


 俺の後ろから、絶望したようなか細い声が聞こえる。

 そこには、目に零れ落ちんばかりの涙を貯めたヴェリータが立っていた。


「……ごめんなさい。ドラゴンを追って森へと入っていたら、正体不明の敵に襲われてしまって、一瞬の隙をつかれて貴女の妹さんを攫われてしまったわ……」


「敵……?」


「ええ、全身黒ずくめで、顔のほとんども覆われていた。……それに、あいつらは三十人超で襲ってきたわ。こちらにも騎士たちはいたけど、それでも二十人はいなかった。加えて、奴らは手練れだった。私で十人を相手していたけれど、それでも彼らたちの負担は大きかったみたい……」


 いや、一人で手練れ十人を相手にして怪我一つないって……よく無事で帰ってこれたな。

 しかし、そんなクリスティーナがいながら、ヴィリーネを攫えるというのは、やはり実力者なのだろう。


「~~~~……っ!」


「リ、リーナ!?」


 突然、リーナが部屋を出て行ってしまう。


「……申し訳ないけれど、彼女を追ってあげて頂戴、フリードリヒ。私は未だ帰ってこない父の代わりにやることがあるし、今の彼女には貴方が必要みたい」


「分かった……」


 ◇


「ねぇ! 放しなさいよ! アンタみたいなやつら、お母様が動けば……!」


「ちっ! うるせえガキだな! こん中で黙ってやがれ!」


 薄暗く、湿った臭いが充満する洞窟の中、粗暴な男が、一人の女性を簡単な造りの牢屋に入れた。


「きゃっ……! ちょ、ちょっと! アタシ龍姫族の王女なんだけど!」


 ドラゴンのようなツノや翼が生えた女性――ヴィリーネが、大きな声で男性を批難する。


「へっ。わかってるよ。アンタを引き渡せば、報酬をたんまり貰えるんだからな。間違えるはずもねえだろ?」


「アタシを……?」


「あぁ、そうだ。なんたってアンタ、龍姫族の第一王女・・・・なんだろ? 可哀そうにねぇ。そんなヤツ、俺みたいなごろつきにとっちゃありがたい稼ぎどころってやつだよ」


「…………ハッ」


「あぁ? なに笑ってやがる。自分の状況理解してんのか?」


 男性の目つきは鋭く、並みの人間ならそれだけで恐怖してしまうほど。

 しかし、ヴィリーネはそんな男に、気丈に笑って見せた。


「ええ、そうよ。アタシこそが龍姫族の第一王女、ブレスロード家の双子の姉。さっさとどこにでも引き渡したらいいわ」



 ◇


 リーナは、すぐ見つけることができた。

 彼女は中庭でうずくまって泣いていた。


「えっぐ……ひっ……」


「リーナ……」


 俺はそんな彼女の側へ歩み寄り、しゃがみ込む。


「大丈夫だ。ここには俺も、クリスお姉ちゃんもいる。きっと助けられるよ」


 口ではそういうが、正直なところ分からない。

 なにしろあのクリスティーナでさえ、退けられず、相手をするだけで精一杯な相手だ。

 

 しかし、今のリーナをほっとけるわけにはいかなかった。


「だけど、なぜ敵はヴィリーネを……?」


 誘拐を許すわけではないが、もし俺が誘拐犯ならリーナを攫うだろう。

 なぜなら、リーナは双子の姉で、次期王女だ。

 言い方は悪いが、彼女のスペアであるヴィリーネを誘拐しても旨味はないのではないか。


「……きっと、ヴィリーネの方が姉だと思ってるのよ」


「え?」


 リーナは、笑った。

 しかしそれは嬉しさや楽しさから来る笑みではない。 

 誰かを嘲るような笑みだった。


「そりゃ、そうよね。私みたいな根暗で、武器も振れないで、なにもできない子より、明るくて、強くて、みんなを笑顔にできるヴィリーネの方が次の女王に相応しいもん……! 私が第一王女で、あの子が第二王女だなんて、そんなこと、あるはずないもの……!」


 じゃあ、なんだ?

 誘拐犯はヴィリーネが第一王女、もしくはヴェリーナだと勘違いして誘拐したってことか?


「わ、私が……! 誘拐されればいいのに……! どうせ私みたいな人間より、ヴィリーネが女王になった方がいいもの……! だってヴィリーネは優しくて! みんなから慕われてて! 今日だって、戦いが苦手な私を気遣って、戦いから離してくれた! 私が、あの子の代わりに攫われて、死ねれば……!」


「リーナ!」


「っ!」


 俺は大声を出して彼女を止めた。

 リーナは肩を大きく震わせるが、これ以上、彼女の口からそんな言葉を聞きたくなかった。


「……ごめんなさい」


 リーナはぽつりとそう呟くと、またすすり泣きを始めてしまった。


「……私が行けば、ヴィリーネは助かるかな」


「……なんだって?」


「だって、誘拐犯は私が……第一王女の身柄が欲しいんでしょ。そういう身分だもん、これまで攫われそうになったことはあった。だから、私が行けば、ヴィリーネは……」


「いや、王女が二人とも人質になるんだ。あっちにとっては、都合がいいことこの上ない――」


「――じゃあ! どうしたらヴィリーネは助かるの!? 彼女は、ヴィリーネは、私にとって大切な人なの! 私なんかより生きる価値のある、大事な……大事な妹なの! それを、私は……!」


 俺は、泣きじゃくるリーナを見て、あることに気づいた。


 リーナが原作で言う、大切な人を喪った過去。それは、きっと今なのだ。

 確かに疑問は残る。

 ゲーム本編では、リーナとフリードリヒは互いに顔見知りという自覚がなく、フリードリヒ家に訪れた際にヴィリーネが死んだということはあり得ない。


 しかし、今、現にヴィリーネは亡き者にされようとしている。

 リーナの言う『大切な人』とは、ヴィリーネであることは間違いない。


 ならば、今が岐路だ。

 リーナが大切な人を喪い、この大人しい性格を噛み殺しヴィリーネのように振る舞うことになるかの、ターニングポイント。


 本当なら、クリスティーナに助力を頼みたい。

 しかし彼女は、今この屋敷を空けているドロイアスのために当主代行としてやらなければいけないことがある。俺と一緒にヴィリーネを助けるわけにはいかないだろう。

 サリヤたちの力を借りるのも無理だ。きっと今、クリスティーナがヴィリーネを助けるための作戦を立案している。サリヤたち騎士はそのためにこの屋敷に残らなければならないだろう。


 しかし、今の俺に悠長に待つ余裕はない。

 こうしている今でも、ヴィリーネは殺されそうになっているのかもしれない。


「……大丈夫だよ、リーナ」


「……え?」


「リーナの妹は、絶対助ける」


 俺は、今のリーナを気に入っている。

 確かにおどおどしていて陰気な部分はあるかもしれないが、素直に俺のことを褒めてくれるし、意外と感情豊かだ。

 リーナがそんな自分の性格を殺していくさまなんて、見たくはない。


 だから、俺がやるしかないのだ。



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