第26話 慣れてきた実戦

 俺は、どうやらこの世界では特別らしい。

 いや、転生者というだけでそもそも特別ではあるのだが、ともかく、俺はこの世界において唯一自分の体の魔力を正確に認識できるようだ。


 もしかしたら、固有魔術が俺にしか使えないのは、それが関係しているのか……?

 いや、例えそうだとしても今の俺にはそうだと断定できるものはないな。


 ひとまず、これは保留とするか。


「あぁ、いました。フリードリヒ様」


「サリヤ……?」


 ふと、中庭にサリヤが現れた。

 彼女は鎧に身を包み、今から遠征にでも出かける格好だ。


「もしよろしければ、我々の魔物討伐に同行しませんか?」


「魔物討伐?」


「ええ。近隣の村から魔物が出たので助けてくれとのことで」


 それ自体は、よくあることだ。

 貴族の責務は平民の守護。

 村や町に魔物なんかが出没した場合は、貴族に仕える騎士や貴族本人が討伐することは貴族の仕事の一つである。

 問題は――


「それに、俺が?」


「はい」


 その魔物討伐に俺が参加したことがないのである。

 アスモダイ家は侯爵家であり、その分ウチに仕える騎士は多いので、わざわざ貴族とその一家が出張ることはなかったのだ。


「……遠征なさっているドロイアス様の護衛のため、多くの騎士が出払っておりまして。よろしければ、フリードリヒ様のお力を借りれればな、と」


 サリヤはばつが悪そうな顔をする。

 ……ドロイアスが多くの護衛を連れて、遠征?

 原作での彼の悪行を知っている俺からすれば怪しさ満点の情報だが、今の俺にできることはない。


「あぁ、分かった。俺もアスモダイ家の一員だからな。協力させてもらうよ」


「本当ですか! でも……」


 サリヤは、ちらと俺の後ろに立つリーナを見る。

 そうだ。そういえば彼女に魔術を教える途中だったな。


「え、えっと……私もついて行っていいですか……?」


「え?」


 リーナから意外な言葉が飛び出す。

 原作の彼女ならともかく、今のリーナは戦闘が苦手なはずでは……?


「い、一応私もブレスロード家の子供なので、最低限の力は持っています。……それに、フリッツの戦いを近くで見たいな……って」


 知らない人が登場したからか、少しもじもじとするリーナ。


「ヴェリーナ様がそう言うのならば、いいでしょう。幸い、報告された魔物はゴブリンなどの弱い魔物ばかりですので」


 ◇


 それから一時間も経たないうちに、俺たちは近くの村へ到着していた。

 馬に乗ってきたとはいえ一時間弱とは、本当に近隣の村だな。


 ちなみに、俺は未だに馬に乗れないのでヘカーテの乗る馬に相乗りさせてもらった。

 これはこれで役得ではあるのだが、一つ上のリーナが普通に馬を操っていたので、ちょっと恥ずかしかった。

 ……そろそろサリヤかクリスティーナに馬を教えてもらおう。


「これはこれは、よくきてくださいました」


 村に到着した俺たちを労いながら、一人の老人が姿を見せた。


「村長か。早速だが、状況を教えてほしい」


 どうやらこの村の村長のようで、慣れた様子でサリヤと言葉を交わしている。


「しかし、フリードリヒ坊ちゃんが来てくれるとは、この遠征は楽ができそうだな!」


「本当に。いやぁ~毎回来てほしいもんだぜ!」


 暇を持て余したのか、この遠征に参加する他の騎士たちが俺に話しかける。

 彼らとは一緒に訓練したり魔物を狩ったり、顔なじみ程度の関係だ。


「俺もそうしたいんだけどね、家を空けすぎるとクリスお姉ちゃんが……」


「あぁ……クリスティーナ様が……」


「あの方の溺愛っぷりは中々だからなぁ……」


 俺も暇なので彼たちと付き合っていると、ちょいちょいと袖を引かれた。


「……ん?」


「……あ」


 リーナだった。

 しかし彼女は、まるで今自分が人の袖を引っ張ったことに気づいたように、素っ頓狂な声を上げる。


「い、いや違うの! これはその……別に寂しかったとかそういうわけじゃなくて……!」


 えぇ、なんだこの可愛い生き物は。

 俺困惑。


 クリスティーナは俺を弄ぶようなタイプだが、リーナはなんというか……守ってあげたくなる、そんな雰囲気があるぞ……!


「おやおやぁ~これはフリードリヒ坊ちゃんも隅に置けませんなぁ?」


「帰ったらクリスティーナ様にご報告しないと」


「ちょ! まじでやめて!」


 殺されちゃう! リーナが!


「……なにをしてるんですか?」


「いえ! なにもありません、サリヤさん!」


「いい子にしてました! サリヤさん!」


 戻ってきたサリヤを見るや否や、きりっと表情を戻す騎士たち。

 都合のいい奴らだ。

 てか、サリヤって騎士の中でも結構上の立場なんかな。


「魔物たちは、近辺の森からやってきているようです。そこへ向かいますよ」


「「了解!!」」


 ◇


「総員、戦闘開始!!」


 森へ入って数分後。

 俺たちはゴブリンたちを見つけた。


「グギャ!?」


「ギャギャ!?」


 騎士たちが油断していたゴブリンの顔に剣を叩きつける。

 どうやら本当にゴブリンの群れのようで、苦戦はしないだろう。


「っ! 左前方! ゴブリンアーチャー! ……ぐわっ!」


「ギャギャ!」


 しかし、最弱の魔物ゴブリンといえども、少し強い個体はいるようで、今騎士の一人を傷つけたゴブリンアーチャーがそれだ。

 弓を持ったゴブリンというだけだが、基本的に棍棒を振り回すだけのゴブリンと比べれば、長距離の戦闘手段を持っているだけで上位の存在と言えるだろう。


「『魔力よ。汝、全ての傷を癒す力となりて、かの者に再び立ち上がる力を――『回復ヒール』』」


「お、おぉ! 助かりましたぜ坊ちゃん!」


 俺は傷ついた騎士に、以前創った『回復ヒール』の魔術を施す。

 軽傷だからか、以前犬耳少女の時よりは負担が少ない。


「『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』!」


「ギャッ!?」


 遠方でこちらを狙うゴブリンアーチャー目掛けて、俺は十八番の氷弾アイスバレットを撃ちこむ。

 それは狙い通りゴブリンアーチャーの眉間を貫くと、ゴブリンアーチャーはその場に倒れ伏した。


「す、すごい……!」


「危ない!」


 呆然と何かを呟くリーナの後ろにゴブリンを発見。

 俺は手にしたハルバードでそのゴブリンの頭を貫いた。


「ガ、ア……!」


 両手から肉を断つ嫌な感触がするが、この世界で生きていく上では仕方のないことだ。


「坊ちゃん! サリヤさんが!」


 騎士の声でサリヤを見ると、彼女は五、六匹のゴブリンに群がられていた。

 流石のサリヤでも、大勢に囲まれれば苦戦は必至。


「『魔力よ。汝、かの者の助けとなり、全てを粉砕する強力な力を与えん。――『筋力向上ストレングスアップ』』、『魔力よ。汝、清らかな水と姿を変え、我の前に現れん――『水弾ウォーターボール』』。サリヤ!」


 黄色い光を放つ水の球はサリヤの背中で弾かれると、彼女の体は黄色い光で包まれた。


「フリードリヒ様、感謝します! はぁああああああ!」


 俺の筋力向上ストレングスアップでパワーアップしたサリヤがハルバードを払うと、ゴブリンたちはあっという間に肉塊へとその姿を変えた。


 どうやら、そのゴブリンたちが最後だったようだ。


「はぁ……。フリードリヒ様、どうやら今ので最後だった様子ですね」


「あぁ、ヘカーテ。これで――!?」


 その瞬間、視界の端で何かが動いた。

 それは矢だ。


「グ……ア……」


 殺したと思っていたゴブリンアーチャーが、最後の力を振り絞りこちらへ撃ったのだ。


「ヘカーテ、危ない!」


「え?」


「『魔力よ。汝、強固な土の壁となりて我を守る盾にならん――『土壁サンドウォール』』!」


「きゃぁ!?」


 咄嗟に、俺とヘカーテを守るように『土壁サンドウォール』の詠唱を唱える。

 どうやらそれはぎりぎりで間に合ったようで、スコンと、壁に矢が刺さる音が聞こえた。


「『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』!」


「ギャァ!」


 今度こそ、俺はゴブリンアーチャーにとどめを刺す。


「す、すごい……!」


「え?」


「すごいわ!」


 大声で振り向くと、そこにはきらきらと瞳を輝かせるリーナがいた。


「フリッツ、貴方やっぱりすごいのね!」


「きゅ、急になに?」


「私、魔術は攻撃と治癒しかできないって聞いていたのに、フリッツはこうしてヘカーテさんを守ったり、サリヤさんを強くしたり……! でもちゃんと攻撃や、治癒にも参加していて……フリッツがいれば百人力じゃない!?」


「お、落ち着いて……そんなすごいもんじゃないよ?」


 なにやらリーナが興奮しているが、これは本当に大層なことじゃない。

 俺にはたまたま固有魔術ができたってだけだ。

 

 それに、もし固有魔術が俺のように魔力の少ないものではなく、たくさん魔術が使えるやつだったらもっと役に立てるだろう。


「いえ、フリードリヒ様がいれば助かるのは本当ですよ」


「サリヤまで……」


「ハルバードによる近接戦、魔術による遠距離狙撃、傷ついたものの治癒、それに味方を守る魔術まで……。フリードリヒ様のような人物がたくさんいれば、軍は円滑にことを進めるでしょうね」


 なになにこの流れは。

 俺を褒めてもなにもでないぞう?


「申し訳ありません。フリードリヒ様……」


「ヘカーテ?」


 突然、か弱い小さな声が聞こえた。

 ヘカーテが悔しそうに俯いていた。


「私は、フリードリヒ様を守るべき存在なのに、以前のドラゴンとの戦いと言い今回と言い、守られているばかりで……」


「そんなことはない。ヘカーテにはいつも助けられているよ」


 朝が弱い俺をしっかりと起こしてくれたりとか、退屈な時に話し相手になってくれたりとか、訓練の後温かいタオルを用意してくれたりとか。

 ヘカーテには頭が上がらないほど、立派な専属メイドとして頑張ってくれている。


「っ! それでも、私は……」


「おーーーい!」


 大きな声とともに、馬の足音が聞こえた。

 

「彼は……」


「今回の任務に同行しなかった騎士の一人ですね……?」


 そんな人間がわざわざ俺たちを追ってここまで来たってことか?

 ……なにか、嫌な予感がするな。


「……っ!」


 その騎士は、リーナの姿を見つけると、一瞬苦虫を食い潰したような顔をした。


「どうしました。早く報告を」


「は……はっ! 先ほど、我がアスモダイ家を援助するために来訪していただいたヴィリーネ様がその……」


「ヴィリーネが?」


 リーナは首を傾げる。

 それはそうだろう。なんたって彼女の双子の妹なのだから。


「ヴィリーネ様が……誘拐されました!」

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