第25話 俺だけの特別な力……?

「さて、と」


 リーナとの友達宣言が終わった後。

 俺はリーナになんの魔術を教えるかを考えていた。


「あ、あの、いい?」


「うん?」


「私、さっきフリッツが使っていた氷の魔術を教えてほしいの」


「あ……」


 やっべ。

 そういえば俺、リーナに固有魔術を使っていたところを見られてたんだったな……。


「あの魔術はその、特別というか……」


「特別?」


「ほ、ほら! あの魔術って小さい氷が飛ぶだけで地味だろ? だからもっと別の――」


「いや、あの魔術は利便性が高いと思うの」


「え……?」


 自分の発言が、まさかあんなおどおどしていたリーナにぶった切られるとも思っていなかった俺は、つい彼女を見てしまう。

 するとリーナは今まで見たことのないほど真剣な顔つきになっていた。


「確かにあの魔術に派手さはないけど、人や魔物を無力化するならあれで充分。いやむしろ小さな氷塊で敵の胸や急所を貫くというのは敵を無力化するのに最も適し――は!」


「リ、リーナ、さん?」


「ご、ごめんなさい! また考え込んでしまって……悪い癖なの……」


「い、いや、大丈夫だよ」


 正直、俯いてブツブツと呟くさまは少し怖かったが。

 これが意外な一面、ギャップというものなのだろうか。多分違う。


「と、とにかく、あの魔術がとっても便利そうだと思って……。お願い! その魔術、私に教えて?」


「う、う~ん……」


 どうしたものか。

 固有魔術は門外不出のものとしたいのだが、リーナの意志は固そうだ。

 

「あ」


「……? どうしたの?」


「いや、実は、あの魔術は俺以外使えないんだ」


「え……?」


 そういえばそうだった。

 ヘカーテやあのクリスティーナでさえ、俺の固有魔術は扱えなかった。

 

「リーナは魔術についてどれくらい知ってるんだ?」


「存在だけ。龍姫族で魔術を使う人はいなかったから……」


 そうなると、あのクリスティーナが使えないのだから、今まで魔術に縁のないリーナが使えるとは思えないな。


「う~ん、それなら厳しいと思うなぁ。これはクリスお姉ちゃんでも使えない難しいものらしいし」


 なんだか自意識過剰にも聞こえる発言だが、事実なのでしょうがない。


「フリッツ以外使えない魔術って……どういうこと?」


「へ?」


「確かに私は魔術について明るくないけど……詠唱を唱えると、適性のある魔術は使えるって聞いたわ。だけど、フリッツにしか使えない魔術って、どういうこと?」


「え、え~と」


 やだ。この子結構鋭い。

 本当にさっきまでおどおどしてた少女と同一人物か? 

 銃のない世界で氷弾アイスバレットの実用性をすぐに見抜いたのもそうだが、頭の回転が早すぎる……!


 これ以上誤魔化すのは、厳しいか……。


「……はぁ、分かった。さっきの氷の魔術についても教えるよ」


「本当!?」


「だけどこれは、誰も知らない特別な魔術なんだ。他の人に知られると危険な目に遭う可能性もある。だからこの魔術を知らない人の前で使わないと誓って欲しい」


「わ、分かった。女神様と母に誓うわ」


「……」


 無宗教の日本から産まれた俺としては、その言葉にどれくらいの信頼を置いていいかは分からないが、彼女の表情が真剣であることはわかる。

 それに、ゲーム本編の彼女もツンケンしているところはあったが基本的には誠実な人物だったからな。ここは信じるとしよう。


「えっとだな、これは固有魔術と言って――」


 ◇


「――ってことなんだ。理解できた?」


「……つまり、さっきの氷の魔術も含めて、フリッツはいくつも魔術を創ったということ?」


「まぁ、そうなる、な……」


 さて、どんなリアクションが返ってくる?

 あのヴェリーナが『この情報を売って金にするわ! じゃあね!』ってことはないだろうが、警戒されたり引かれたらフリードリヒ少しショック。


「フリッツってすごいのね!」


「え……?」


 果たして、リーナの表情は満面の笑みだった。


「だって、自分で魔術を創って、その魔術で魔術学院を首席で卒業したお姉さまを倒したんでしょう! すごいわ! まるでお伽噺の主人公みたい!」


「そ、そうかな……」


 え、えへへ。

 そこまで褒められちまうとは……えへ。


「う~ん、でも、それだけじゃあその固有魔術をフリッツしか使えないという理由にはならない気が……」


「リーナ?」


「え? あ、ううん! なんでもないわ。……フリッツ、試しにその固有魔術、教えてくれない?」


「でも、その魔術は……」


「ヘカーテさんもクリスティーナさんも使えなかったのよね。でも、試してみたいじゃない。だって、友達が創った魔術なんだもん!」


 う、なんかそう言われると悪い気がしないというか。

 ここで断ると少し罪悪感があるというか。


「分かった。じゃあ、さっきの氷の魔術にしよう」


「わぁ……! 楽しみだわ!」


「じゃあ、この詠唱を覚えて? コホン。『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』」


 詠唱を唱えると、小さな氷塊が俺の掌に現れ、的目掛けて飛び出していった。

 最早見慣れた光景だな。この世界に来てから一番多く使っている魔術だし。


「……やはり、的確に相手を無力化する魔術ね。剣より、槍より、敵の急所を正確に貫ける魔術。……フリッツはどうしてこれを思いつい――は!」


「え、えっと、覚えた?」


「う、うん。大丈夫……だと、思うわ」


 少し不安そうな語尾の後、リーナは集中するように一度深呼吸をする。


「すーはー……。うん、やってみるわ。……『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』!」


 どうだ……?

 

「…………駄目みたい」


 まぁ、やはりというかリーナも固有魔術を発動できなかった。


「予想していたけど、やっぱり少し残念……。フリッツとお揃いの魔術を使えると思ったのに……」


 思ったよりしょんぼりとしてしまうリーナ。

 お揃いの魔術、そんな発想はなかったな……。


「ま、まぁ。普通の魔術なら使えるかもしれないからさ」


「そうよね。じゃあ、フリッツも使える魔術でお願い!」


「え? え~と、そうだな……」


 クリスティーナの教育の賜物で、俺は最下級の魔術ならどれも満遍なく使えるようになっている。

 まぁ、ゲーム本編のリーナは火炎魔術を覚えていたから、それにしよう。


 ◇


「『魔術の祖よ。我にその強大なる力を以って、かの者を焼き尽くす力を――『炎球ファイヤーボール』』」

 

 リーナが俺の教えたとおりに詠唱を唱える。

 これは『アリナシアの使徒』にも登場する最下級の火炎魔術で、ゲームでも一番初めに使える割と思い出深い魔術だ。


 原作のリーナもこれを使えるし、大丈夫だろうと思ってチョイスしたのだが……。


「あ、あれ?」


 リーナの手からは何も現れなかった。


「ま、『魔術の祖よ。我にその強大なる力を以って、かの者を焼き尽くす力を――『炎球ファイヤーボール』』!」


 もう一度唱えるも、魔術は発動できない。

 どういうことだ……?


「えっと、リーナ。自分の魔力に集中するんだ」


「魔力?」


「そう。なんというか……体に眠っている力を感じるだろう? それが魔力だから、それが魔術となるイメージを持って詠唱を唱えるんだ」


 この世界に来て味わった、体に流れる不思議な力。

 それが魔力だ。


 この感覚をなんと説明すればいいだろうか……前世の俺には絶対なかった力だから、『あ、これが魔力だな』という感触なんだよな。

 だから『これが魔力だ!』って言語化するのは難しいというか……。


「……ごめんなさい、フリッツ。魔力ってどう感じるの?」


 だから、そういわれても俺はなかなか言葉で説明できない。

 そこで、俺の後ろに控えていたヘカーテに視線を向ける。


「……ごめんなさい、フリードリヒ様。私もフリードリヒ様の仰っていることがあまり理解できておらず……」


「え? で、でも、ヘカーテ。俺に魔術を教えてくれた時、『自分の魔力に集中して』って言ってたよな?」


「確かにそう言いましたが、それは何と言いましょう……『自分の魔力を呼び覚ますように深く集中して』といった意味で言ったと言いますか……自分の体に流れる魔力をはっきりと認識しているわけではないのです」


 ど、どういうことだ?

 俺は自分の体に流れる魔力を、理解している、把握している。

 前世では感じたことのない感触がまさにそれだからだ。


 なんというか、体を流れる血のような感覚というか……。

 まぁ、流れる血をハッキリと認識しているわけではないが。

 

「そ、それは、他の人もそうなのか? 例えば、クリスお姉ちゃんとかも……」


「おそらく、そうだと思います。少なくともフリードリヒ様と同じ表現をした人は見たことがありません。……例えばですが、フリードリヒ様はでしょうか? 恐らくですが、それと同じことを、フリードリヒ様は仰っています」


「――!」


 ヘカーテの言葉で、俺は理解した。

 なぜ、俺が自分の体に流れる魔力をしっかりと認識できているのか。


 それは俺が、魔力を持たない体を経験しているから。

 つまり、俺が転生者だからということだ。

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