第24話 初めての友達

「え、えっと……魔術を教わりたい?」


「はい!」


 ヴェリーナは尻尾を緊張気味にゆっくり振りながらも、やる気十分といった顔をしていた。


 俺はヘカーテと顔を見合わせる。

 なんて言ったって、俺の固有魔術は他人に軽々しく教えるなとクリスティーナに厳命されているからだ。

 俺もそれに賛成だ。どっかの誰かが悪用する可能性もないとは言えないしな。


「……何故、ヴェリーナ様が魔術を? 龍姫族の方は魔術を使わないと伺っていますが」


 と、そこでヘカーテが話題を逸らすように助け舟を出してくれた。

 やはり優秀な従者である。

 ……てか龍姫族って魔術使わないの? そんな設定初めて聞いたよ。


「……確かに、我々龍姫族は武器を振るって民を守ることを誇りとしています。ですが……」


「ですが……?」


「私は……武器を振るうことも……戦うことも、苦手なんです……」


 その言葉は、『アリナシアの使徒』での活発な彼女を知る俺からすればとても滑稽だった。

 しかし、彼女の震える肩を見ればそれが笑い話じゃないことくらい分かる。


「わた、私は……王族なのに、戦うことが苦手で、いつも妹の足を引っ張っています。武器を持って人と相対すると、体が震えて……運動だって苦手なのに……。」


「――――」


 俺はこの時点でひどく狼狽していた。

 ゲームの中の彼女と、目の前の彼女の乖離に?


 いや、違う。

 今にも消えてしまいそうなほど震えている彼女が、『大切な人』を喪ったという理由で、あそこ・・・まで性格を変えたことだ。

 『大切な人』を喪った後悔と悲しみで、彼女は正反対の性格になった。

 それが『大切な人』を喪ったことによって狂った――自分こそがその『大切な人』だと思い込むようになった――であればまだわかる。


 しかし、ゲーム本編のヴェリーナはちゃんと自分を持っていた。

 その上で、憧れの『大切な人』に近づくために、『大切な人』の性格を真似したといっていた。


 それには、凄い努力や覚悟、勇気を有したのではないだろうか。


 戦うことに怯える陰気な少女が、敵にいの一番につっこみパーティーのムードメーカーとなる。

 

(この子は、一体どれだけの……)


「私は、これ以上あの子・・・の足を引っ張りたくない! こういう時に、私を戦闘から遠ざけてくれる彼女に甘えるばかりじゃ嫌……! だから、私に魔術を教えてください! 武器を振るうことはできなくても、魔術なら、前で戦ってくれるあの子の助けになれる! だから、お願いします……!」


 ヴェリーナは深々と頭を下げる。


 きっと、ヴェリーナのいう大事な人とはヴィリーネのことなんだ。

 俺がヴィリーネを初めて見たときヴェリーナだと思ったのは、『アリナシアの使徒』のヴェリーナが、ヴィリーネの真似をしていたから。


「分かった。いいですよ」


「本当!?」


 だから、これはヴェリーナへの報酬だ。

 このヴェリーナではなくても、ゲーム本編で自分の性格を捻じ曲げてでも『大切な人』へ近づこうとした彼女への。


 ◇


「それでは、どの魔術にしましょうか」


 俺がヴェリーナに魔術を教えると決めた後、俺は彼女にどの魔術を教えるか考えていた。

 固有魔術ばかり創っている俺だが、最近はクリスティーナにみっちりしごかれ、元々この世界にある魔術もそこそこだが習得していた。

 ゲームでのヴェリーナは炎魔術を覚えていたからそっちの方が――。


「あの、敬語はなしでいいですよ」


「え?」


 ぽつりと、ヴェリーナが呟いた。


「確かに私が一つ年上ですけど、フリードリヒ君は私の先生みたいなものですし」


「分かった。……でもヴェリーナも敬語じゃなくていいよ? 年上な訳だし」


「え!」


「え……?」


 なぜか目を真ん丸にするヴェリーナ。

 俺なんか変なこと言った?


「じゃ、じゃあ……私たち友達ってこと……?」


「え? ま、まぁそういうことじゃない……?」


 より厳密にいえば俺たちは婚約者らしいのだが。

 

「え、えへへ……」


 だがしかし、にんまりと笑みを浮かべるヴェリーナ。

 この笑みの前には全てが無力なのである。


「わ、私、友達ができたの初めて!」


「俺も、そうかも」


「本当!? じゃあ私たち、初めて同士だね!」


 その言葉は色々語弊を生むぞ。

 でも、確かに俺この世界に来てから友達ができたことはないな。


 ヘカーテはメイドだし、サリヤも騎士。クリスティーナは実姉なわけだし。


「え、えっと。友達同士ってあだなで呼び合うものなんでしょ?」


「ん? あぁ、そうなの、かな?」


「じゃあお互いにあだ名を考えよう? えーとえーと……フリードリヒだから……」


 楽しそうな笑顔で俺のあだ名を考えるヴェリーナを見ると、なんだか俺も温かい気持ちになってくる。

 

 ふむ。ヴェリーナと友達か。

 いいかもしれないな。

 

 俺はゲーム本編のヴェリーナの姿を思い浮かべる。

 燃えるような真っ赤の髪をポニーテールに結び、長身でスタイル抜群。

 しかもドラゴンのツノや翼が生えたドラゴン娘。


 ……いいじゃないか。


「じゃあ、フリッツ!」


「え?」


「貴方のあだ名。ど、どうかしら……もしかして、嫌だった……?」


「い、いや、そういうわけじゃないよ」


「そう? よかった! これからよろしくね、フリッツ!」


「っ……!」


 なんてかわいらしい笑顔なんだ……!

 この無邪気な笑みの前では俺の邪な考えなんて霧散してしまう……。 

 

「じゃあ、私のあだ名は?」


「へ?」


「もう、お互いに考えようって言ったじゃない!」


 ヴェリーナは頬を膨らませる。

 そういえばそうだった。


 えーとえーとあだなあだな……。


「……リーナ」


「え?」


「リーナ……どう?」


 雑だなと言われそうだが、しょうがないじゃん。俺にそんなネーミングセンスなんてないし。

 ……でもリーナって意外によくない? 響きかわいらしくない?


「リーナ、リーナ……」


 ヴェリーナは確かめるように俺がつけたあだ名を何度も口にする。

 なんかちょっと恥ずかしい。


「うん、気に入ったわ! これからもよろしくね、フリッツ!」


 こうして俺に、この世界初めての友達ができたのであった。


 ……しかし俺がヴェリーナ……おっと、リーナに魔術を教えるのか。

 ゲームでは意外と魔力が伸びるキャラだったがはてさて。

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