第22話 双子の龍姫族

 ヴェリーナ・フォン・ブレスロード。


 彼女は『アリナシアの使徒』において結構序盤から主人公パーティーに参加する、龍姫族の女性だ。

 頭からはツノ、背中には翼が生えているまさにドラゴン娘で、その長身や活発な性格、そして古のオタクには刺さるツンデレ属性をも持ち合わせており、キャラ人気で言えば上位に入るだろう。


 しかし、キャラとしての性能ははっきり言って微妙と言わざるを得ない。

 まず、彼女は魔術が一切使えない物理キャラであるにも関わらず、筋力のステータスがいまいち伸びない。そして、何故か魔力がまぁまぁ伸びる。

 まぁ、『アリナシアの使徒』において魔力のステータスは、敵の魔術を食らう時の防御に使われるため、高いことに越したことはないのだが。


 しかし、そんなに魔力は伸びなくていいからその分筋力を伸ばしてくれというのは、全プレイヤーの総意だろう。


 とはいえ、彼女は龍姫族という主人公パーティー唯一の種族であり、それ故特別な力を持っている。

 それが『火の息』だ。

 『火の息』は見たまんまの効果で、敵全体に火属性の攻撃を与える。

 そしてミソとなるのが、これは魔術ではないということだ。

 つまり、MPを消費しない。要するに無限に使えるのだ。

 だから結構、雑魚戦では使っていたというプレイヤーも多かったらしい。


 そんなヴェリーナだが、ゲームの終盤、彼女と好感度をMAXにするとこんなイベントが起こる。


『アタシ、小さい頃に大切な人を喪ったの』


『大切な人?』


『そう。周りを明るくして、いつも笑っていて、強くて、憧れの人。アタシはその人を喪ってから、出来るだけその人に近づくために努力した。この性格だって、あの人の真似っこよ』


『そうだったのか……』


『でも、アンタと出会ってこうして一緒に冒険をして、気づいたことがある。憧れの人に憧れているだけじゃダメってこと。きっと、憧れは越えないとダメなのよ』


『ヴェリーナ……』


『だからアタシ、もうあの人に憧れるのはやめる! これからはあの人に、大切な人に胸を張れるようにあの人を越えてみせるわ!』


 え? ヴェリーナと話してるのは誰だって?

 それは『アリナシアの使途』の主人公君(デフォ名ソータ)でしょうよ。

 

 ともかく、このイベントを終えると、ヴェリーナはレベルアップするごとに魔術を覚えるようになるのだ。

 戦士職のキャラが魔術を覚える不思議なイベントだが、このイベントがあること自体、知ってる人は少ないかもしれない。


 さっきも言ったが、ヴェリーナは雑魚専では少しは輝くが、ボス戦だと上位互換のキャラがいるためスタメンに入ることは少ない。

 そうなるとゲームが終盤になるにつれ、彼女を使い続けるプレイヤーは少なくなり、このイベントが見られることは結果的に少なくなるということだ。


 俺は何週もプレイする中で全キャラの好感度最大イベントを見てるため、ヴェリーナのこのイベントも見たことがあるが、如何せん、このイベントの後にヴェリーナが覚える魔術は初級魔術で、今更感がすごいのだ。

 そこから頑張ってレベルアップすれば上級魔術も覚えるようになるが、そこまでするなら別のキャラでさっさとラスボスを倒すほうが早いという評価に落ち着く。


 総合すると、ヴェリーナ・フォン・ブレスロードは、『アリナシアの使徒』において、性能面では微妙キャラと言わざるを得ないのである。


 ◇


 さて、いきなり何故そんな話を? と思っただろう。


 現在、クリスティーナたちと力を合わせドラゴンを倒した二週間後だ。


 俺たちは今日も今日とて忙しいドロイアスの代わりに、館の正門にいた。

 隣にはクリスティーナ、後ろにはヘカーテが控えている。


 ここで俺たちは、近隣の森に棲みついてしまったドラゴンの討伐を支援してくれる龍姫族を待っているのだ。


 しかし結構な時間待ちぼうけを食らっているので、ついつい龍姫族のキャラのことを考えてしまっていたという訳だ。


「緊張しているの? フリードリヒ」


「ま、まぁね」


 正直言って、ガチガチに緊張している。

 なぜって、支援に来てくれる龍姫族が俺の婚約者らしい。

 婚約者だけでも、現代人の俺にとってはガチガチなのに、ましてや二人とも・・・・だなんて。


 マジでどうなってるんだよ、フリードリヒは。

 お前作中でそんな素振りなかったじゃん。


 一人っ子と思ってたら姉はいるわ、モテないやつだと思ってたら婚約者、しかも二人いるわ。


 いい加減にしてくれ。


「婚約者と言っても会うのは久方ぶりね。きっと今の貴方を見たら二人とも驚くわよ」


 クリスティーナはクスクスと笑う。


 婚約者がそんな長い間会わないことなんてあるのか?

 まあ貴族にとっての結婚だなんて、政治の一環でしかないか。


 しかし、龍姫族姉妹の婚約者か……。


 一瞬、ヴェリーナが頭に浮かぶが、それはないだろう。

 彼女は確か、龍姫族の一人の王女のはずだ。姉妹はいないと言っていたし、作中にも出ない。


 だとすればどんな人なんだろう。

 

「そういえば、なぜ龍姫族の方が支援を?」


「龍姫族は、ドラゴンを使役することで有名でしょう? ドラゴンを使役するということは、それだけドラゴンの扱いに長けているのよ。言うなれば、ドラゴンのエキスパートとも言える種族ね」


「なるほど……」


「それと、龍姫族が治める国とこのドロイアス家の領地は隣同士。この一件で恩を売りたいという思惑もあるんでしょう」


 へぇ~と、話半分に聞く俺。

 政治的な話はよく分からんが、ドラゴンを使役するってなんかかっこいいね。ドラゴンに乗ったりするんかな。


「見えてきたわね」


 ぽつりと呟いたクリスティーナの視線の先を見ると、確かに小さいが馬車の姿が見えた。

 やがてそれは俺たちの前へと到着し、御者がぺこりとこちらへお辞儀をした後、豪華な馬車の扉を開いた。


 そして、御者に手を引かれ、一人の少女が姿を見せる。


「――――」


 俺は、言葉を失った。


 ドラゴンのように頭にはツノが生えており、背中と腰には翼と尻尾。 

 燃えるように真っ赤な髪は腰まで伸びていて、きりりと吊り上がった黄色い目がこちらを見つめている。


 間違いない。

 記憶よりは幼いが、間違いなく彼女はヴェリーナ・・・・・だった。


 いや、待て。待ってくれ。

 だがそれはおかしい・・・・ではないか。


 だってヴェリーナは一人っ子で、双子の姉妹なんかいないはずで。

 そもそもフリードリヒと戦う時だってなんの反応もなかったはずで。

 つまり、こんな所、こんな時に、両者が会っているはずもなく、ましてや婚約者なんて――


「なんて顔してるのよアンタ」


「っ」


 唐突に、ヴェリーナが俺にそう言った。

 まぁ確かに、今の俺の顔は阿呆そのものだろう。

 そう言われても口をぽかんと開けるしかないのだから。


「もしかして、アタシの名前忘れちゃった? まあ前会ったのはお互いまだまだちっさかったから、色々覚えてないことはあるでしょうけど、名前くらいは覚えてるでしょ?」


 ほら、とヴェリーナが顎をしゃくる。

 

「ヴェ、リーナ……?」


 俺は反射的に彼女の名前を呼んだ。

 そうするしかなかったし。


「はぁあああああああ!?」


 しかし、彼女の反応は予想外のものだった。

 その表情は驚愕に染まっており、『信じられない!』と言いたげだ。


 え? 俺間違えた?

 いやでも、その顔、そしてその少し生意気な口調は間違いなく俺が『アリナシアの使徒』で見たヴェリーナそのものなのだが……。


「あっきれた。ここ最近で少しはマトモになったって言うからこうして手伝いに来たのに。まさか、だなんてね」


「……は?」


 今、なんてった?


「ほら、アンタもそろそろ降りなさいよ。どうやらフリードリヒはアタシよりアンタと会いたいらしいわよ」


「う、うぅ……」


 ヴェリーナ(?)が馬車の中に不機嫌そうな声で話しかけると、中から自信のない情けない声が聞こえる。どうやら馬車の中にもう一人いるらしい。


「ほら!」


「わ、分かったって……」


 その声とともに、一人の女性が馬車から姿を見せた。


「あいたっ!」


 ……と思いきや、馬車から出るとき、天井に頭をぶつけていた。


「あぁもう……」


「ご、ごめん……」


 その女性は、背格好はヴェリーナと酷似していた。

 真っ赤な髪の毛も、背丈や肩幅も、ヴェリーナとほとんど一緒だ。まるで双子のように。


 しかし、その長い前髪だけは違った。

 彼女の前髪は目元を完全に覆い隠しており、おどおどした自信なさげな性格をそのまま表したかのようだった。


「ほら、よ」


「は!?」


 俺は自分の耳を疑った。


 このおどおどした少女があのヴェリーナだって!?

 活発で、主人公パーティーでもムードーメーカーのような存在で、時折見せるデレがプレイヤーの心を狂わせるあのヴェリーナ!?


 どう考えても自分はヴェリーナと主張する方がヴェリーナだし、ヴェリーナと紹介された少女は俺の記憶のヴェリーナとは真逆の印象だ。


 なにがどうなってるんだ!?


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