第21話 犬耳少女と新ヒロインのフラグ
「クリスお姉ちゃん!」
俺はクリスティーナ目掛けて、『
それはそこまで速い速度ではないがみるみるうちにクリスティーナへと近づいていき、彼女の背中に激突する。
「え……?」
声をかけたとはいえ、いきなりのことで戸惑うクリスティーナ。
そんな彼女をカバーするように、サリヤのハルバードがドラゴンの爪を抑えていた。
ナイスアシストだ。
「なに……この力は……!?」
クリスティーナの背中に当たった
「力が、漲る……!」
どうやら俺の予想は的中したらしい。
「これも……貴方の力なの……フリードリヒ……」
「クリスティーナ様!」
「グアアアアアアアァ!」
「っ!?」
呆然とするクリスティーナ目掛けて、ドラゴンがその大きな尻尾を振り下ろす。
反応の遅れたクリスティーナは、雑な動きで剣を振るったが――
「ギイイイイイイアアアア!」
「おぉ……!」
なんと、そのドラゴンの尻尾を斬ってしまった。
切断面から夥しい量の血が飛び散り、ドラゴンの叫び声が森中にこだまする。
「クリスティーナ様、その力は一体……」
「分からない。……けれど、フリードリヒがまた面白い力を見せてくれたようね」
クリスティーナが、こちらへ振り向く。
しかしその笑みはいつか見た時のように、戦いを楽しんでる狂戦士のそれだった。
俺はたまに、推しが怖い。
「この不思議な魔術は後で聞くとして、今はこの力でさっさととどめをさしましょう」
痛みで暴れるドラゴンを前に、クリスティーナは高く跳躍した。
「はあああああああああ!」
「グアッ!?」
その高さから重力を生かした、まさに一閃。
クリスティーナの振るった剣は、ドラゴンの胸に長く深い傷を作った。
これで終わりか。
そう思った瞬間。
「グ…………アァ!」
「なんですって!?」
残った力を振り絞った最後の足搔きだろう、ドラゴンは口から火の玉を吹いた。
そんな攻撃できたの!?
「フリードリヒ!」
そして何故かその火の玉が飛んでくる場所が、俺たちのいる場所。
いや本当になんで。
……いやいやいや、そんなこと考えてる場合じゃねえ!
ここには俺だけじゃなくて、ヘカーテやさっき助けた獣人族の少女もいるのだ!
「フリードリヒ様!」
「なっ、ヘカーテ!?」
どうするべきか考えていると、ヘカーテが俺を守るように躍り出る。
彼女は従者らしく、俺の盾になろうとしたらしい。
――しかし、そんなことさせるわけにはいかない!
俺はヘカーテを救うために専属メイドにしたのだし、例えそうじゃなくても自分のために誰かが傷つくなんてごめんだ!
「『汝、我を守る風となりて、我に群がる敵を吹き飛ばさん――『
火の玉がヘカーテに直撃する寸前を見計らい、俺はクリスティーナとの決闘でも使った
その瞬間、俺を中心に爆風が吹き荒れ火の玉は最初からなかったように霧散した。
「成功……か……」
あれ?
なんだか視界が暗い。それに、体が鉛のように重い。
「フリードリヒ様!?」
「魔力切れね。今日は何回も魔術を使っているのに無理をするから」
呆れたような声とともに、目元に温かい掌の感触を感じる。
「ご苦労様。貴方のおかげで全員無事にドラゴンを倒せたわ。今はゆっくりお眠りなさい」
その優しい声とともに、俺の意識は奥深くへと沈んでいった。
◇
「どこだ……ここ?」
目が覚めると、俺は真っ暗な場所にいた。
上下左右、どこを見ても暗闇だ。
……いや待て、そういえば以前にもここへ来たことがある気が……。
「……久しいな、汝」
「あ……キーカ、さん?」
そうだ、ここはキーカと出会った場所だ。
いつの間にか目の前に現れたキーカは以前と全く姿が変わらない。
その深紅の瞳は間違いなく俺を映していた。
「よいよい。我と汝の間柄だ。そのような敬称も堅苦しい口調も結構だ」
「いやでも、俺にとってキーカさんは固有魔術の師匠みたいなもんですし……」
キーカがいなければ俺は固有魔術を使えなかった。
つまりクリスティーナに勝つことはなく、あのままお別れになっていた可能性が高い。
……なんだと!?
そう考えると敬う以外の選択肢がないじゃないか!
それどころか神みたいな存在では……?
「そう思われるのは不愉快ではないが……そういった態度は苦手なのだ。我の願いを聞くと思って、頼む」
「そういうことなら……」
そして両者を支配する沈黙。
正直、何を話せばいいかわからん。
以前会った時も中途半端な別れ方をしてしまったし変に気まずい。
「そういえば汝、我の教えた魔術を上手く使いこなしているようではないか」
「あ、おかげさまで……。って、なんで分かるんだ!?」
「あぁ、汝の記憶を少し覗いたにすぎん」
「なにやってんだアンタ!」
なんか軽く言ってるけどそれプライバシーの侵害だから!
結構ひどいことしてるから!
「次からはせめて一言言ってくれ……」
「すまんな、そこまで落ち込まれるとは思っていなかった。以後気を付けるとしよう」
全くだ。
俺が変なことしてなくてよかったな、ホント。
「……これなら我が望みももうすぐに……」
「……ん?」
唐突に、キーカが小さい声でポツリと呟いた。
「……ん、どうした?」
「いや、今なんか言わなかったか?」
「我がか?」
「あぁ。これなら望みももうすぐみたいなことを」
「ふむ……?」
キーカは顎に手をやり、首を傾げる。
どうやら本当に無意識だったらしい。
「望みと言われてもな。我は記憶を失って久しい。そもそもそんなもの持ち合わせておらん」
「……そう、か」
キーカによると、彼女はこの空虚な空間に少なくとも千年以上いるらしい。
なんというか、そんな人間になんと声をかければいいかわからないな。
「だが、以前汝に会って思い出したことがある」
「思い出したこと?」
「あぁ。辺り一面の野原だ。そこが故郷なのかなんなのかは分からないが……思い出した時は少し嬉しく思った。もしかしたらその景色の場所が、我の望みかもな」
「……」
なんというか、野原というのは俺の中のキーカのイメージと違う。
怪しげな工房で魔法を作る魔女みたいなイメージだった。
しかし、今のキーカはまるで少女のような純粋な瞳をしていた。
「……む。そろそろ時間のようだ」
「へ? 時間?」
なにそれ。
ここキャバクラみたいな場所だったの?
「もう間もなく現実の汝が目覚める頃だ」
「あ、そういう……」
そう言われれば、なんだか瞼が重くなってきた。
「それでは、また会おう。フリードリヒよ」
「ああ、それじゃあ……また……」
瞬間、俺の意識は真っ暗になった。
……俺気絶しすぎじゃない?
◇
「ん、んん……」
「フリードリヒ!? 目を覚ましたのね!」
「おはよう……クリスお姉ちゃん……」
目覚めると、俺は自室のベッドにいた。
視界に映るのは俺を涙目で見つめるクリスティーナと、その後ろで安堵の表情を浮かべるヘカーテだった。
「もう! 心配したのよ!」
「うわっぷ」
気づけば俺は、クリスティーナの胸の中にいた。
一生ここにいたい。
――コンコンコン。
鼻の下を伸ばしていると、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
目の前はクリスティーナの胸元で塞がっているので分からないが、おそらくヘカーテの手によってドアが開かれた。
「おぉ、どうやらちょうどよかったようですな」
その声は、知ったばかりのものだった。
「クリス……お姉ちゃん……はなれて……」
「嫌よ。今は貴方の温もりを感じていたわ」
「おきゃくさん……だから……」
「……はぁ」
クリスティーナは最後に俺を強く抱きしめると、非常にゆっくりと俺から離れていった。
「……お邪魔でしたかの?」
「そ、そんなことはないですよ」
部屋を訪ねたのは奴隷商人のダーランだった。隣にはあの犬耳の少女もいる。
初対面の時はよく見る余裕はなかったが、こうしてみると整った顔立ちをしている。きっと将来は美人さんになるだろう。
「それでダーランさんは、どうしてここへ?」
「どうしても命の恩人である貴方様に直接お礼を言いたくてですな。ありがとうございましたわい。貴方様がいなければこの老いぼれ、あそこで死んでいましたわ」
ダーランは頭を下げる。
それを見た犬耳少女が、同じように頭を下げた。
「どうやらこいつもお礼を言いたかったようで、こうして連れてまいりました。奴隷がこのような綺麗な部屋に来るなど、不愉快でしょうが……」
「いやいや、そんなことは全く! ……どういたしまして」
俺はなるべく優しい笑顔を浮かべて少女に笑いかける。
忘れそうになるが俺の顔は結構悪人面だからな。
こうしなければ誤解が深まる顔なのだ。
「……!」
しかし少女は真っ赤な顔でブンブンと首を縦に振った。
……どういう感情?
「すみませんな。こやつは獣人族の国の出身でして。魔族の言葉は理解はできるのですが話すことがまだできず……」
「なるほど、そういうことですか」
……そういえば、俺ってこの世界に来てから言語の勉強とかしてないな。
しかも最初から言葉を理解できていたし。
……調べないといけないか。
「それでは私たちはこの辺で失礼します。この度は本当に感謝の極みですわい」
そう言って、踵を返すダーラン。
「……」
「あ、あれ?」
しかし、少女が俺の裾をちょこんと掴んだ。
「こ、これ! 奴隷が貴族様を直接触るなど!」
「あ、ああ、大丈夫ですよ! 気にしません!」
「……」
一体どうしたのだろうか。
何か言いたいことでもあるのか?
「……それがですね、この娘。ご子息様に雇われたいと言っていまして……」
「え!」
マジ!?
おいおいおいおい。
とうとう俺もラノベの主人公らしく奴隷少女をゲットしちまうのか?
「しかしこの娘は他のお貴族様と取引済みでして……」
「あ、そうなんだ……」
しょんぼりである。
……で、でも、これくらいは聞いていいよな?
「ちなみに、お幾らで?」
「金貨にして十枚となっております」
……わかんねえよ! そういえば俺ってこの世界の貨幣を触ったことがないな。
俺は縋るような表情でヘカーテを見る。
「……そうですね。私がフリードリヒ様の専属メイドとして働く二年分程の金額かと」
「たっかいなぁ……」
びっくりした。
ヘカーテは侯爵家に仕えるメイドだろうから結構いいお給金をもらっているだろう。
そしてそれの二年分……?
「しかしですな……」
「……?」
唐突に、ダーランが俺の耳元に口元を近づける。
俺にそんな趣味はないぞ、おじいちゃん。
「この娘、その貴族様とは三年契約となっておりまして、その後であれば空きがありますぞ」
「なに……!?」
ってことは俺にもチャンスが!?
……ってか奴隷ってそんなプロ野球選手みたいな契約方法なの?
「それでは今度こそ、私たちはお暇させていただきます。ほら、行くぞ?」
「……」
しかし、少女は俺の裾を持ったままだ。
……この少女を奴隷として雇うには、どうやら結構な大金が必要らしい。
しかし、俺を誰だと思っている。こんな幼女に涙を流させない! それが男ってもんだろ!
「きっと将来、俺が君の主人となるよ。だからそれまで待っていてくれないか?」
「……! マ、マッテル!」
俺の言葉に少女は笑顔となり、カタコトで感謝を伝えると、今度こそダーランとともに部屋を出た。
うおおおおおお! 頑張るぜ! あの犬耳少女のために!
あぁ……でも次会うのは三年後とかになるのか?
どうしよう、その間に他の貴族の慰めものとかになってたら……!
こうしちゃいられないのでは!?
「大丈夫よ。あの娘は観賞用の奴隷だから」
「……え?」
「奴隷にも種類はあるの。あの娘は綺麗だしまだ幼いから観賞用の奴隷となるでしょうね。ほら、貴族って訳のわからない絵画とか彫像とか並べて自慢したがるでしょう? 観賞用の奴隷もその一環よ。……どうしたの、そんな顔をして。観賞用の奴隷がそんなに不思議?」
確かに観賞用の奴隷がいることもびっくりしているが。
なぜこの姉は俺の思考を簡単に読んでいるのだろうか。
俺は時々、推しが怖い。
「……しかし、面倒なことになったわ……」
俺が恐怖に慄いていると、当のクリスティーナが渋い顔になる。
「面倒なこと?」
その種になりそうなドラゴンは倒したはずでは?
「あのドラゴンははぐれじゃない、群れのドラゴンだったのよ」
「……えーと?」
「ドラゴンの群れが、私たちの領地に来ているってこと。それだけだったら武力でどうにかなるかもしれないけれど、父が
龍姫族は、『アリナシアの使徒』にも登場する種族で、龍人族と呼ばれるドラゴンの特徴を持つ種族よりもひときわ強い、女性だけの種族だ。
そういえば龍姫族からも一人、主人公パーティーにいたなぁ。
「何を他人事みたいな顔をしているの」
「え?」
「ここに来るのはあの姉妹……貴方の婚約者
「え、ええええええええええ!」
なにそれどういうこと!?
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