第20話 予想外の魔石と唐突な中ボス戦

「これが……魔石……?」


 目の前に転がる最早岩というべき大きさを持つ魔石を前に、俺はそう呟いた。

 

 なんというか、思ってたんと違う。


 もっとこう……飴玉サイズのものを期待していたんだが!?


「まぁ、魔石はこういうものよ。これでもそこそこの値段で取引できるしね」


 しかし、クリスティーナの言葉で俺の期待はへし折られる。

 

 えぇ……。魔石ってこんなに大きいのかよ。

 これじゃあ携帯なんて夢のまた夢だな……。


「ゴブリン五匹に魔石一つですか。冒険者組合にでも持っていけばお小遣い程度にはなりますね」


「冒険者組合?」


「はい。この地には冒険者組合と呼ばれる組織がありまして、そこに所属する冒険者たちは魔物狩りを生業とする傭兵のようなものです。そこにこういった魔物の死骸や魔石を持っていくとお金をもらえるんですよ」


「とはいっても、私たち貴族が冒険者になることなんてないけれどね」


 クリスティーナのずばっとした物言いに、サリヤが苦笑いを浮かべる。


「まぁ……貴族の皆様にとって、冒険者たちは毎日のように魔物の血を浴びる下賤な者たちという印象が強いですからね」


 はて。『アリナシアの使途』にそんな組織あっただろうか。

 とはいえ、主人公パーティーのほとんどは王族や貴族の出身だったはずだから、そんな話にならなかったのだろうか。


 けどまぁ、冒険者組合なんてファンタジー作品によくある組織があるなら、俺ちょっと興奮してくるぞ。S級冒険者とかなってみたい。


 ……けど、サリヤが言うには貴族が冒険者に対して偏見を持っているらしい。

 俺が冒険者になることでクリスティーナに嫌われることなんて嫌だからな。ここは断腸の思いで我慢しよう。


「ほら、フリードリヒ。これに手を置いてみて」


 クリスティーナが魔石を指さした。


「わ、分かった」


 恐る恐る、怪しい光をぼんやりと放つ魔石に右手を近づける。


「おぉ……」


 右手が魔石に触れた瞬間、なにかが流れ込んでくる奇妙な感覚を味わった。


「それが魔石による魔力の回復よ」


「へぇ~……」


 ってことは、『アリナシアの使途』のキャラたちもこんな感じで魔力補給してたのかな。

 ……ってか、どうやってこの魔石を持ち運んでいたのだろうか?

 やっぱり馬車か?

 

 でもゲーム終盤になったら魔石の数なんか余裕で99個になるんだよなぁ……。

 そう考えると、『アリナシアの使途』プレイヤー全員が馬を酷使していたのかもしれない。


「でもこの様子だと、魔石によるフリードリヒの魔力回復は効率が悪いわね……」


 クリスティーナのその言葉に俺はついつい賛同しそうになるが、ふと疑問が沸いた。


「……魔石で俺の回復をしようと言ったのは、クリスお姉ちゃんじゃなかったっけ?」


 そう。

 俺たち一行がこうして森を訪れ魔物と戦ったのは、何を隠そうクリスティーナの提案なのである。


「……忘れてたのよ」


「え?」


「私は魔石で魔力を回復するほど魔力は少なくないし、魔物を狩るのも半年ぶりだもの……」


 俺は自分の目を疑った。

 いつも勝気な表情で自信満々といった様子のクリスティーナの表情が、少ししょぼーんとしていたからだ。

 

 推しというのはずるいもので、そんな表情を見せられたら許す以外の道は残っていないのである。


「気にしないで大丈夫だよ、クリスお姉ちゃん。こうやって魔物を狩るのもいい経験になったし」


 慰めのようだが、この言葉は決して嘘ではない。

 この世界には魔物が蔓延っている。


 つまり、俺はどの道魔物と戦うことになるのだ。

 戦闘に慣れるためには、それが早いことに越したことはないからな。


「フリードリヒ……! 貴方はなんていい子なの!」


 だきっ。

 俺はいつの間にか、感激したクリスティーナの胸の中にいた。


 自分より頭一つ背丈が高い女性に抱かれるというのは……こう……いいものである。深くは言わないが。


(それより……魔石が期待外れなのが残念だ)


 俺には固有魔術というこの世界の住民にはないアドバンテージがある。

 魔術が得意なヘカーテやクリスティーナも使えないのだから、俺にしか使えない特別な力といってもいいだろう。

 ……キーカのような例外がほかにもいるかもしれないが。


 そう考えると、俺の最大の武器はやはり、固有魔術になるだろう。

 そのため、魔力を回復する術があるならば、それは是非手元に置いておきたいのだが……。


(そもそもゲーム本編でもMPの回復手段は限られていたからなぁ)


 『アリナシアの使途』において、MP回復の手段は、魔石やダンジョンの中にあるヒールスポット、宿屋などで休憩……と、結構少ない。


 ヒールスポットや宿屋では満タンになるが、魔石の回復量は最大MPの10%。

 

 他のゲームにあるような、『MPが回復するポーション』みたいな便利な道具はないのだ。


 もしそんなもんがあれば、俺はこの世界で結構強キャラになれると思うんだけどな。


 どうしたものか……。


 俺が深い思考の海に潜っていると――


「キャーーーーーーー!」


 突然、森に切り裂くような悲鳴が響いた。


「「っ!?」」


「今のは!?」


「グオォオオオオッ!」


 それと同時に、大地を揺るがすような重苦しい咆哮。

 ここからあまり遠くない場所から聞こえたように思える。


「クリスティーナ様!」


「ちっ! ここはアスモダイ家の領地……。私たちがここにいたにもかかわらずなにもしなかったことを父に知られれば、面倒なことになるか……。行くわよ!」


「ハッ!」


「フリードリヒ! 悪いけど貴方にも手伝ってもらうわ!」


「わ、分かった!」


 展開が急すぎて何が起きているかは分からないが、クリスティーナのいうことだ。素直に従うとしよう。

 悲鳴が聞こえて放置というわけにもいかないしな!


 ◇


 走り出してから五分も経たずして、俺たちはそこへ到達した。


「こいつは……少し面倒ね……」


 まず、目を見張るのは、巨大な生き物。

 ……と、いうよりこれはどう見てもドラゴンだ。


 想像より少し小さいが、それでも一軒家の家くらいの大きさはある。

 真っ赤な鱗に、同じ色をした瞳がこちらを見つめている。


 そして、その側にはいくつかの人影。


 綺麗な身なりをした初老の男性と、馬と馬車。

 しかし馬車は引き裂かれたように破れており、その中に六人ほどの人がいることがわかる。

 傷を見るに、鋭利な爪を持つドラゴンにやられたのだろう。


「グオオオオオオオオッ!」


 俺たちを捕捉したドラゴンが、再度威嚇するように咆哮する。

 その大きい音は巨大な衝撃となって、俺たちの肌をビリビリと襲った。


「ドラゴンですか……! クリスティーナ様、ここはフリードリヒ様を連れてお逃げください!」


 いち早く状況を把握したサリヤが、そう言い放つ。

 しかし、クリスティーナは即座に首を横に振った。


「それが最善でしょうけど、却下よ。あれはドラゴンとはいえ、成竜になりかけのまだ子供。ここで討伐しておいたほうが将来のためよ」


「……わかりました! それでは私が前衛を務めます!」


 サリヤはハルバードを抱えると、俺たちを守るように数歩前へ出る。


「フリードリヒ、貴方はあの商人の護衛を! ヘカーテもフリードリヒについてちょうだい!」


「わ、分かった!」


「了解しました」


 俺がどうするべきだろうかと考えていると、クリスティーナが的確な指示が飛ぶ。

 俺はその命令に従って、馬車の横で尻餅をついている初老の男の側へと走った。

 ってか、この人商人だったの? でも馬車に乗ってるの人だったような……。


「あ……」


 馬車の人間がよく見える場所まで近づいたところで俺は察した。

 

 この男は奴隷・・商人なのだと。

 馬車にのる人間の着る服は麻一枚の貧相なものだし、その首には真っ黒い無機質な首輪があった。

 まさにイメージするそのままの奴隷だ。


 ……だからといって、助けるとかそういうわけではない。

 確かに現代人の俺からすれば少し忌避感はあるが、この世界に奴隷がいることは知っていたし、中世くらいの文明だからいても当たり前という感情もあった。


「あ、貴方たちは!?」


 俺が彼のもとへ近づくと、男は驚いた顔で問いかけた。


「俺はフリードリヒ・リグル・アスモダイ。この地を治めるアスモダイ侯爵の息子です。悲鳴が聞こえたので助力をしに。後ろにいるのは俺のメイド、ドラゴンと対峙しているのは私の姉と騎士です」


「そ、そうですか……。助かりましたわい」


「……貴方は?」


「ああ、これは失礼を。儂はこのあたりで奴隷商人をしているダーランと申すものです。アスモダイ侯爵閣下にお呼ばれしましてこうして馳せ参じた訳なんですが、運悪くこうしてドラゴンに見つかってしまいましてな」


「……父に?」


 ふむ。どうやらこの奴隷商人はこの世界の俺の父であるドロイアスに呼ばれたらしい。

 奴隷商人を呼ぶ理由は一つだろうが、動機が分からないな。


「……ん?」


 そこでふと、一つ違和感を覚える。


「先ほど聞こえたのは少女の悲鳴に聞こえましたが……?」


 俺たちがここに来る前に聞いた悲痛な叫び声。

 あれはおそらく少女のような高い声だった気がするが、奴隷商人は男だし、馬車にいる奴隷たちもほとんどが男だった。


「それが……」


 ダーランと名乗った奴隷商人は、震えた手で俺の後ろを指さす。


「なっ!」


 そこにいたのは、木にだらりと寄りかかった血だらけの少女だった。

 だが、ただの少女ではない。

 耳には犬のような耳、腰には同じく動物のような尻尾が生えている。

 『アリナシアの使途』にも登場する、獣人族と呼ばれる種族だ。


 気づけば俺の足は動いていた。


「大丈夫か!?」


「う、うう……」


 血だらけだが、なんとか生きている。

 しかし瀕死の状態には間違いない。


「ヘカーテ! 確か治癒魔術を使えるよな!?」


「はい、やってみます!」


 ヘカーテは少女に手を添え、集中するように目をつぶった。


「『魔術の祖よ。その強大なる力を以って、我にこの者が再び立ち上がる力を与えん――『下級回復レッサーヒール』』」


 初めて聞く詠唱を終わらせると、ヘカーテの手から優しい光が放たれ、それは少女を包む。

 ……しかし。


「駄目です。傷が深すぎて、私が使える魔術ではどうにも……」


「くっ……」


「はぁ……はぁ……」


 少女の呼吸が段々とゆっくりになっていく。

 最早少女の命は風前の灯火だ。

 早くどうにかしなければならない。


「やるしかないか……!」


 俺はヘカーテに倣うように少女の側に座り込み、彼女の体に両手を添える。


 イメージするのは彼女を覆う傷がすべて塞がる景色。

 少女は血だらけで、全身傷だらけで、それにどれもが深い。

 ドラゴンに投げられたのか切り裂かれたのか、ともかく酷い状態だ。


 それを完治させるための魔術を、今ここで創る――!


「『魔力よ。汝、全ての傷を癒す力となりて、かの者に再び立ち上がる力を――『回復ヒール』』!」


 魔術の名前はゲームにも登場する名前になってしまったが、とりあえず固有魔術は成功したようだ。

 俺の手から緑色に光る優しい光が現れると、それはぼんやりと少女を包み始めた。


「ぐっ!?」


 しかし、その瞬間俺の意識が遠のく。

 どうやら、ここからが本番らしい。


「フリードリヒ様!?」


「だいじょうぶ、だ……!」


 まるで全ての神経を使って魔力という小さい糸で少女の傷を覆うような作業のようだ。

 俺は全神経を研ぎ澄ませ、彼女の傷を癒していく。


 なんだか医者にでもなったような気分だ。

 どうやら固有魔術で治癒を使うとなると、魔術を使ってはい終わりというわけにはいかないらしい。


「はぁ……はぁ……?」


「大丈夫だ……! お前は俺が助けてやる……!」


 数分後。

 

「お、終わった……!」


 まるで一週間徹夜した後のような疲労感に襲われながらも、俺は歓喜の声を上げた。


「さ、流石ですフリードリヒ様! まさかあれほどの傷をこれまでに治すとは……!」


「……?」


 少女は痛みがなくなったことを不思議に思ったのか、自分の体を見つめる。

 いくつかの傷は残ってしまったが、出血は止めた。恐らくだがすぐに死んでしまうような最悪の状況は脱しただろう。


「こ、これは驚いた……! アスモダイ侯爵家の嫡男は怠け者と聞いていたが、まさかこれほどの治癒魔術の使い手とは……!」


 いつの間にかこちらへ来ていたダーランが驚愕の声をあげる。


 あ、てか待って。

 そういえばクリスティーナに他人の前で固有魔術を使うなって言われてた……!


「このダーラン、魔術には詳しくありませんが……。いやはや、感服いたしました!」


「あ、ああ……」


 セーフ! どうやら大丈夫そうだ。


 その安堵から来るものか、俺はふらりとよろめいてしまう。


「フリードリヒ様!?」


「魔力切れですね。恐らく、あと一回の魔術が限界かと……」


 嘘だろ。

 俺今日氷弾アイスバレット一発と今の治癒魔術しか使っていないんだけど!?


 いや、今の『回復ヒール』で少女の傷はほとんど塞がった。

 魔力の消費は馬鹿にならなかったようだ。


「それより、お姉ちゃんたちは……!?」


 しかし、今気にするべきは、ドラゴンと対峙するクリスティーナとサリヤだ。


 俺が少女の治癒に専念できたのは彼女たちがドラゴンを引き付けてくれたから。


「くっ……!」


「しつこいわね!」


「ギャオオオオオオオオオン!」


 形勢は互角といったところか。

 両者ともに決定打に欠けるといった感じだ。


 しかし、俺はもう少しで魔力切れ。

 どうしたものか……。


「フリードリヒ様、以前メイドの筋力を高めたあの魔術はどうでしょうか?」


「え?」


「サリヤ様もクリスティーナ様もドラゴン相手に攻撃は与えられていますが、とどめとなる攻撃までいかない。そこでフリードリヒ様のあの魔術が効果的だと思ったのですが……」


 ヘカーテが言っているのは、俺が以前メイドにかけた、『筋力向上ストレングスアップ』のことだろう。

 しかしあれは、本人に直接触れてないといけないんだよなぁ……。


「……ん?」


 そういえば、さっき使った回復ヒールの固有魔術は、手から出た霧みたいなものが少女を覆って治癒したんだよな……。


「試してみる価値はあるか……!」


「え……?」


 考えてみれば、氷弾アイスバレットとかも両手から勝手に出るわけだしな。触れてなくても魔術は発動するのではないか。


「『魔力よ。汝、かの者の助けとなり、全てを粉砕する強力な力を与えん。『筋力向上ストレングスアップ』』!」


 俺が詠唱すると、両手からふよふよと黄色にぼんやりと光る球体が現れた。

 予想通りだ。

 おそらくこれは、筋力向上ストレングスアップの魔術そのもの。


「問題は、これをどうするかなんだが……」


 推測になるが、これに触れると、俺の筋力が向上してしまう。

 だが、俺がフラフラな今、どうにかしてクリスティーナにこの魔術をかけたい。


 つまり、俺が触れずにクリスティーナに触れさせる必要がある。

 しかし、クリスティーナはドラゴンとの戦闘で手いっぱいだ。

 こっちに呼んでもサリヤの負担が増え、そのまま壊滅という未来も見える。


 これをクリスティーナのもとへ運べればいいんだが、氷弾アイスバレットのように飛んだりはしない。


「うーんうーん……。あ! これはどうだ!?」


 そこで、俺はひらめいた。


「『魔力よ。汝、清らかな水と姿を変え、我の前に現れん――『水弾ウォーターボール』』」


 この魔術は水の球を作るという、殺傷性なんて皆無な固有魔術だ。前世で見たアニメとかを参考に創った魔術なんだが、ものにあたってもバシャンと飛び散るだけなのでなんの役にも立たないとボツにした経緯がある。

 まさかこんなところでもう一度使うことになるなんてな。


 その水の球は、俺の目の前にふよふよと現れた。

 ――筋力向上ストレングスアップの光ごと。


「……予想通りだ!」


 水弾ウォーターボール氷弾アイスバレットのように飛ばせることは実証済み。

 ならばこれをクリスティーナに飛ばすだけ……!


「クリスお姉ちゃん!」


 俺は叫びながら水弾ウォーターボールをクリスティーナめがけて飛ばした。


 




――――

 長くなったうえに後半急ぎ足になりました、申し訳ない。


 毎日ハートやフォロー、評価をしていただいてありがとうございます。

 おかげさまでファンタジー週間ランキング18位と今まででは考えられない位置まで来ることができました。

 これからはなるべく毎日更新を続けていきたいと思っていますので、よろしければ応援よろしくお願いします。

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