第19話 はじめてのじっせん

「魔物を狩る?」


「ええ」


 俺が呆然とクリスティーナの言葉を繰り返すと、彼女は丁寧に説明を始めた。


「魔物の体内には魔石とよばれる物があるのは知っている?」


「あ、ああ。その魔物の魔力が詰まっている魔核が、その魔物が死んだときに結晶化したもの……だっけ?」


「あら、よく知っているのね」


 魔石は『アリナシアの使徒』にも登場する道具だ。魔核だなんだと言ったが、とりあえずは使用した者のMPを微量回復するという、RPGにはよくあるアイテムである。


「あ、そうか。それで俺の魔力を回復させるってこと?」


「そうよ。分かっているじゃない」


 確かに。ゲーム内でMPを回復する魔石を使えば、この世界でも俺の魔力は回復するだろう。

 理論上、魔石がたくさんあれば俺は無限に魔力を使えるではないか!


「よし、すぐに行こうクリスお姉ちゃん」


「や、やる気いっぱいね」


「そりゃそうだよ! その魔石があれば俺はいっぱい魔力を使えるんだから!」


 鼻をふんふんと鳴らす俺。

 これは期待が高まるぜ。

 魔術をたくさん使えるということは、それだけ固有魔術をたくさん創れるということだからな!


「う~ん……それは難しいかもしれないわね」


 しかし、クリスティーナは少し残念そうな笑みを浮かべていた。


「えっ? それはどういう……」


「まぁ、すぐにわかることよ。さて、それじゃあ出発は明日にしましょう」


「あれ? 今日行くんじゃないのか?」


「今日の貴方はもうヘロヘロでしょう? それに少し準備もあるし」


「分かった……」


 なんだ、残念。

 

 しかし、魔物と戦うのか。

 これには少しドキドキする少年の自分がいるな。


 やっぱり男は全員、魔物とか、モンスターとかと戦う妄想を一度はするだろう?

 それがいよいよできるというのは、興奮せざるを得ないってもんだ。


 いやぁ、明日が楽しみだなぁ。


 ◇


 翌日。

 俺たち一行は、屋敷から馬で二時間くらい離れた場所にある森にやってきた。


 ちなみに、俺には馬に乗るテクニックなんてないので、クリスティーナの腰にしがみついていた。

 これが弟としての役得……!?


「この辺りでいいわね。サリヤ、武器を」


「はっ」


 ちなみに、今回同行しているのは、クリスティーナとヘカーテに、サリヤだ。

 サリヤはドロイアス家に仕える騎士だからな。純粋な戦力としても非常に心強い。


「フリードリヒ様も、こちらを」


「あ、ああ」


 サリヤからハルバードを受け取る。

 訓練場でいつも振るっているお馴染みの武器だ。

 ……しかし、今回は違う理由でこれを振ることになる。


「緊張しているの? フリードリヒ」


 クリスティーナが心配そうな表情で俺をのぞき込んだ。


「……うん」


 嘘をついてもしょうがないので、首を縦に振る。

 というか、俺の体はさっきから小刻みに震えているので嘘をついてもしょうがないんだが。


「初めて魔物と戦うのだから、仕方のないことだけれど……」


 ふわり、と頭に柔らかい感触がした。

 クリスティーナが優しく俺の頭を撫でているのだ。


「何があってもフリードリヒは私が守るから、安心しなさいな」


 瞬間、俺の震えは収まる。

 なんて心強いのだろうか。

 

 最愛の推しキャラにして『アリナシアの使徒』の強キャラ筆頭にそこまで言われれば、不安になるほうが難しいというものだ。



「この森の魔物は弱いものがほとんどなので、フリードリヒ様でも苦戦はしないかと」


「私は下級ですが治癒魔術を使えますので、怪我をしたらすぐに仰ってくださいね」


「ああ、ありがとう」


 サリヤとヘカーテのお陰で俺の緊張も大分和らぐ。

 二人とも頼りになるな。


「……来たわね」


 クリスティーナがポツリと呟く。

 その視線の先を見ると、小さな影が五つほど現れた。


 子供くらいの背丈に、汚い緑色の肌。

 局部のみを隠すみずぼらしい布に、下卑た笑み。


 ファンタジー最弱の魔物としてある意味有名なゴブリンである。

 『アリナシアの使徒』でも序盤から出てくる魔物であるので、こうして出くわすとは薄々感じていた。


 最弱の魔物であり、レベル1の状態でも割りと簡単に倒せてしまうゴブリンだが、こうして相対すると、やはり体が少しだが強張ってしまう。


 いやだって、あいつら棍棒持ってるぜ?

 あんなの直撃したらめちゃくちゃ痛いでしょ。

 それに、ゴブリンの顔が意外と怖い。


「大丈夫よ、フリードリヒ」


 そんな俺の雰囲気を感じ取ったのか、クリスティーナが柔らかい声でそう言った。


「ここには部外者がいないから、貴方の固有魔術を使いなさい。貴方なら大丈夫。今までの努力を信じなさい」


 クリスティーナの優しい声で、俺の覚悟は決まった。


「ギャ? ゲギャッギャ!」


「ギャギャ!」


 こちらに気付いたゴブリンたちが、五匹で一斉に襲い掛かってくる。

 そういえば、ゲーム内ではゴブリンたちはお互いの人数差でしか彼我の強さを判断できないとか言っていたな。


 ……そんなことを思い出していたら冷静になってきた。


「『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』!」


 俺の手の平に銃弾を模した氷塊が現れ、それは目にもとまらぬ速さでゴブリンめがけて飛んでいく。


「グギャ!?」


 ゴブリンたちは目の前の異変に気付くも、もう遅い。

 俺の氷弾アイスバレットは戦闘を走っていたゴブリンの胸を貫き、そしてそのままその後ろにいたゴブリンをも貫いた。


 二つのゴブリンの影がバタバタっと倒れる。

 いきなりのことに、意気揚々と走っていたゴブリンたちの足は止まってしまった。


「一つの魔術で二匹の魔物を倒すなんて! 流石はフリードリヒ様、お見事です!」


「あ、ありがとう」


 俺はヘカーテの称賛を素直に受け取る。

 今のは正直狙っていたから、自分でも嬉しい。


「っし!」


「はあああ!」


「ギャギャ!?」


「グギャァ……」


 いつの間にかサリヤとクリスティーナがゴブリンたちに肉薄しており、残った三匹のゴブリンもその場に倒れた。


 ……正直、彼らから流れる血は人間と同じ赤色で、見ていて楽しいもんじゃないが、きっとこの世界で生きる上では慣れる必要があるんだろう。

 俺は腹に力を入れそれらに近づく。


「この死体に魔石があるのか?」


「そうですが、必ずしも全ての魔物の死体に魔石があるわけではありません」


「そうなのか?」


「ええ。魔物が死んだときに残っていた魔力を魔核が取り込み結晶化するのが魔石です。しかし、その現象が起こるのは時の運と言われています」


「ふうん……」


 サリヤの説明に納得する。

 『アリナシアの使徒』でも魔物が100%魔石をドロップするわけじゃなかったからな。


「では、私が魔物を解体するのでフリードリヒ様はそこでお待ちください」


 そう言って、ナイフを取り出すサリヤ。

 

 魔物の解体か。正直言って楽しい作業とは言えないだろうが……。

 だからこそ、彼女だけにそれをやらせるのは気が引ける。


「待ってくれ。俺も手伝うよ」


「しかし……」


「これも勉強の一つだからさ。教えてくれると助かるよ」


「……分かりました」


 それから、俺はサリヤに手取り足取り魔物の解体を教わった。

 時々鼻が捻じ曲がるほどの悪臭がしたが、まぁこれも勉強の内と自分を説得する。


「……魔石、中々ないな」


「そうですね」


 数分後。

 ゴブリンの下を四匹解体したが、魔石は出てこない。


「残るはこいつだけか」


 俺は少し慣れた動作でゴブリンを解体していく。

 

 頼むぞ。魔石さえあれば俺の魔力不足は解消するんだ。


「お、おぉ……!」


「やりましたね、フリードリヒ様」


 果たして、それはあった。

 ゴブリンの胸を開いたとき、それはぼんやりとした光を放ちながら自分の存在を主張していた。


 これが、魔石。

 俺の魔力不足を解消する解決策……!


「……でかくね?」


 しかし、冷静に見ると、それは思ったよりもでかかった。

 どれくらいかというと、人間の頭くらいはある。

 これ石って言っていいの?


 なんか、思ってたのと違う。

 これじゃあ一度に持って帰れる個数にも限界あるし、携帯ができないじゃないか!


 いや、待て待て待て。

 ひょっとして、これくらいでかいのだと、ものすごい量の魔力を回復するんじゃ……!


「あぁ……これくらいの大きさだと最下級魔術一回分くらいの魔力ね」


 そのクリスティーナのセリフがダメ押しとなった俺は、がっくりと肩を落としたのだった。

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