第18話 ひとかりいこうぜ

「それじゃ、固有魔術について聞いてもいいかしら」


 これからもクリスティーナを推しつつ、彼女の対等な理解者であろうと決意した直後、彼女は改めてそう問いかけた。


「キーカが言うには、魔術は魔法が使えない人物でもそれに近いことができるようになる発明なんだ」


「ふむ。発明した人物はそのキーカではないのかしら」


「キーカは詠唱に出てくる『魔術の祖』がそうなんじゃないかって言ってたけど……。キーカは記憶喪失のようで詳しくはわからない」


「ふうん……。ともかく、魔術の祖とやらが魔術を創ったのならば私たちにだって創れるだろう……そういう魂胆ね?」


「そうだね」


 そこからも俺は、クリスティーナに詳しく説明をした。

 魔法に最も大事なことは想像力であり、それは魔術でも同様。

 それは俺も実感するところだった。自分の魔力がどんな形となって現れるかを想像するかしないかでは、固有魔術の成功率は段違いだったのだ。


「実際にやってみるのがいいかしらね」


「固有魔術?」


「そうよ。う~ん……それじゃあ、あの小さな氷塊を飛ばす貴方の固有魔術、教えてちょうだい?」


 さすがクリスティーナというべきか、的確に相手の急所を狙える固有魔術、氷弾アイスバレットをチョイスしたな……。


「じゃあ、いくよ。……コホン。『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』」


 深く集中し、自分の体に眠る魔力を起こすようなイメージで唱える。

 これまで何回も唱えた魔術だけあって、なんの失敗もなく、俺の指先に銃弾のような氷塊が現れた。


「なんど見ても、不思議な魔術ね。似たような魔術に、私もよく使う氷槍アイスランスがあるけど、それよりも大幅に小さい。最初に見たときは児戯のような魔術だと思ったけれど、よく考えてみれば、確かに人や魔物を殺すためだけならこれほどの大きさで充分……」


 それはきっと、俺が現代人であり『銃』という最もポピュラーな殺人に使われる道具を知っていたからだ。

 元の世界でいう中世に近い文明に住んでいる人々にとっては、武器といえば剣や槍。小さい弾なんて想像もできないかもしれない。


 俺の固有魔術の大半は、現代の知識を用いている。

 そのことも、クリスティーナから一本とれた要因かもしれないな。


「それじゃあ、私も唱えてみるわね」


「う、うん……」


 俺の固有魔術は、ヘカーテには使えなかった。

 教えた時から定期的に使わせてみてはいるが、ついぞ成功することはなかったのだ。


 しかし、クリスティーナは天才だ。魔術だってこの世界の基準で行けば頂点に近い存在。

 なら、固有魔術も使えるのではないか――?


「『魔力よ』……?」


 最初の言葉を唱えると、クリスティーナは不思議そうな顔で首を傾げた。以前も見たような光景だが、クリスティーナはすぐさま表情を真剣なものへもどすと、詠唱を続ける。


「『汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』」


 クリスティーナは完璧に詠唱を終えたが――


 いつまで経っても氷塊が現れることはなかった。


「『氷弾アイスバレット』!」


 その後、クリスティーナは何回か『氷弾アイスバレット』の詠唱を唱えたが、成功することは一度もなかった。


「はぁ……はぁ……。私には、ダメみたいね……」


 息を荒げながら、クリスティーナは残念そうな表情でつぶやいた。


「いや、クリスお姉ちゃんだけじゃないよ。ヘカーテにも何回か試してもらったんだけど、無理だったんだ」


 俺の言葉に、ヘカーテが頷く。 

 

「フリードリヒ様から教えていただいた詠唱の『魔力よ』という言葉では、自分の体の魔力が動かない気がして……」


「そうね。私も同じだわ」


 そういえば、以前ヘカーテに固有魔術を唱えてもらった時も、同じことを言っていたな。


 俺としては、自分の体に眠る魔力に集中していれば、『魔術の祖よ』でも『魔力よ』でも同じように魔力がざわめき出す感覚がするんだが……。

 あ、そういえば魔力に集中するってなんだよってツッコミが聞こえる気がするが、この体になってすぐに分かった。

 なんたって、前世にはなかった感覚だからな。少し前までなかった感覚が、体の中にあるような気がするんだから、それこそが魔力だろってな。


「不思議ね……。まだ二人でしか試していないから確証はないけれど、固有魔術は、フリードリヒにしか使えないということ……?」


 もしそうなら、少しうれしいかもしれない。

 いやだってさ! 異世界に転生して自分だけのチートスキルで暴れるとか夢だろ! 夢!


「クリスティーナ様は無詠唱魔術を使われますよね? それとはまた違う感覚なのですか?」


 そういえば、クリスティーナも特別な力の持ち主だったな。

 聞いた話によれば、無詠唱魔術を使えるのは現在だとクリスティーナだけだとか。それより前は五十年前にさかのぼる必要があるらしい。


「確かに、私は無詠唱魔術を使えるけれど、それとは違った感覚ね……」


 ……無詠唱魔術ってどういう仕組みなんだろうか。

 正直、詠唱を唱えなくていいという面を考えれば、固有魔術よりも優れているかもしれないと思える。


「無詠唱魔術が気になる顔ね、フリードリヒ」


「っ!?」


 エスパーか!?

 俺は時々、推しが怖い。


「無詠唱魔術といっても、その魔術を唱える最初の段階では、しっかりと詠唱を唱える必要があるわ」


「そうなんですか?」


「ええ。私の場合、詠唱を唱えた時の魔力の動きを覚えて、それを再現しているの」


「ええと……?」


「ほら、詠唱を唱えると、魔力が勝手に動くでしょう?」


 確かに、それは理解できる。

 キーカは言った。『詠唱を唱えることで魔力が勝手に動き出し、魔術になる』のだと。

 つまりキーカはその勝手に動き出す魔力の動きを覚え、それを詠唱なしで自力で再現できる、ということだ。


 俺は驚いた。

 文字にすると簡単だが、実際にやるのは難しい。

 そもそも、魔術によって魔力の動きは全然違うし、詠唱を唱えているときは勝手に動き出す魔力が暴れださないよう制御するので精一杯なのだ。

 それをクリスティーナはあんな涼しい顔でやっていたというのか……!


 俺は以前、魔術を九九に例えたな。

 しかし、クリスティーナがやってる芸当は九九なんてものじゃない。


 例えば、514×216という計算問題を何も持たずに答えてくださいと言われたとき、大抵の人間は匙を投げるだろう。

 しかし、紙とペンを持てば、筆算という技術を使って答えを導くことが出来る。これが詠唱だ。

 筆算を使えば三桁の掛け算が解けるように、詠唱を唱えれば魔術を使うことが出来る。


 しかし、クリスティーナがやっていることは、514×216を暗算で解いているようなものだ。

 一度514×216を筆算で解けば、もう答えを覚えていられる。

 その式を見たときにすることは計算ではなく、以前解いた答えを言うだけ。


 うーん。化け物だな。


「…………」


 俺が改めてクリスティーナの実力に舌を巻いていると、彼女は何やら深く考え込んでいた。


「フリードリヒ。その固有魔術はあまり大っぴらにしないようにしましょう」


「え……?」


 それは予想外の提案だった。


「固有魔術が、もし貴方にしか使えない特別な技術なら、国や貴族、それに父が動くかもしれない」


「動く……?」


「固有魔術は強い魔術よ。強い魔術ということは、それだけ危険な魔術であるということ。それを恐れた王族や貴族が貴方を拘束するかもしれないし、最悪、実験の対象にされてしまうかもしれない」


 確かに、クリスティーナの言葉は理にかなっている。

 自分がよく知らない強力な兵器が手元にあるとすれば、安全な場所に隔離しておこうとすることも、それを分析しようとすることも当然だろう。


「それに、父の動きは最近怪しいし……」


「……?」


「とにかく、フリードリヒはしばらく、普通の魔術のお勉強をしましょう」


「魔術の?」


「そうよ。固有魔術を使えない状況でも、魔術は使えるでしょう? それに、他の魔術を使えるようになることで、固有魔術のヒントになるかもしれないわ」


「確かに……」


「フリードリヒ。貴方、固有魔術以外はどんな魔術を使えるのかしら?」


「ええと。ヘカーテに風刃ウィンドウエッジを教わってから……」


 あれ?

 そういえば風刃ウィンドウエッジを使って魔力切れで倒れて、そこでキーカと出会って固有魔術を使えるようになったから……。


風刃ウィンドウエッジだけなの?」


「そう……なるね……」


「そう。じゃあ教え甲斐があるわね」


 そういうと同時に、クリスティーナはにっこりと――嗜虐心満載の、ドSのような笑みを浮かべた。


「お、お手柔らかに……」


 俺はベッドに押し倒された生娘のように、涙目でそう言うしかないのであった。トホホ。


 ◇


 それから約一時間後。

 クリスティーナの教え方がよかったのか、順調に魔術を習得した俺だったが――


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 そういえば俺の魔力って絶望的に少ないんだった。

 今の魔力量だと、一日に十回も魔術を唱えられない。

 しかも少しレベルの高い魔術を使おうとすると、三回でダウンなんてこともある。


「フリードリヒ」


「ご、ごめん、クリスお姉ちゃん」


「いいえ。むしろ、私こそごめんなさい。貴方の魔力の少なさを忘れていたわ」


「お気持ちはわかります。フリードリヒ様は日頃から多彩な魔術を使われるので、そんな欠点があることをついつい忘れてしまうんですよね……」


 ヘカーテはそうフォローしてくれるが、いくら多くの変化球を持っていたところで、十球も投げられないピッチャーなんて必要ないのである。


「ハァ……ハァ……フゥ…………」


 どうしたものかと考えていると、右肩に手を置かれる感触がした。

 クリスティーナだ。


「よし。……フリードリヒ、魔物を狩るわよ」


「はへ?」


 

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