第17話 推しと姉との距離
「俺を、もっと強く……?」
「そうよ」
あ、あれ?
今そんな流れでした?
「どうして?」
「あのね、いい?」
クリスティーナは、そのすらりと長いおみ足を組んだ。
い、いかん。思わず視線が吸われて……。
「確かに、以前の決闘では私が負けたわ。けれど、貴方の取れる手札は把握した。このままであれば、次は私が勝つでしょうね」
「うぐ……」
その言葉に俺は反論できない。
俺が天才であるクリスティーナに勝てたのは、努力二割、初見殺しでもある固有魔術八割だろう。
それに、決定打となったのは決闘中に思いついた固有魔術という、本当にギリギリの勝利だった。
確かに、今からもう一度クリスティーナと戦うとなれば、俺に勝つ自信はない。
「……そもそも、貴方の魔術はなに? あんな魔術、聞いたこともないわ」
そう問いかけるクリスティーナの瞳は、なんだかキラキラと輝ていて、その笑みからは危険な凄みを感じ取れた。
……決闘中も思ったけど、クリスティーナは意外と戦闘狂の一面を持っているのかもしれない。
「あれは、教えてもらったんだ」
「教えてもらった? 誰に?」
まぁ、そうなるよな。
と、いう訳で、俺はキーカのことを簡単に説明した。
「謎の空間……記憶喪失の女性……魔術とまほう……キーカという名前……」
クリスティーナはしばらく黙り込んでしまった。
まぁ、俺としてもキーカのことに関しては謎が多い。
そもそも、キーカなんて人物は『アリナシアの使徒』に登場しない。
そして、魔法という単語も。
他のファンタジー作品であれば頻出単語である魔法だが、ゲーム本編でも公式攻略本でも、一貫して『魔術』と記載されている。
つまり、この世界には本来魔法なんてないはずなんだが……。
「…………どれも心当たりがないわね。でも、実際そのキーカとやらの言葉に従った結果、魔術を創ることができたのだから、フリードリヒが見たおかしな夢ということはなさそうね」
それ以降も、クリスティーナは少しの間黙り込んでいたが、サッと顔を上げた。
「よし、フリードリヒ。中庭に行くわよ」
「中庭?」
「ええ、私にも教えて頂戴? その固有魔術とやらを」
「いいですけど……」
みだりに広めたい知識ではないが、クリスティーナなら大丈夫だろう。
「貴方……ヘカーテだったかしら。貴方も来なさい」
「は、はい」
実は部屋の片隅で控えていたヘカーテが緊張した面持ちで返事をする。
……なんというか、ヘカーテのクリスティーナを見る目には恐れというか緊張のようなものがある。
ヘカーテは魔術が得意だ。それ故、クリスティーナの化け物っぷりを正しく理解しているのだろう。
と、いう訳で、俺たち一行は仲良く中庭に向かったのである。
▼▼▼▼
「ええと、どの魔術にしましょうか」
所変わって中庭。
俺はどの魔術を教えるか、クリスティーナに問いかけた。
「……」
しかし! そこには不満顔のクリスティーナ!
一体どうしたのか。
「あ、あの。クリスティーナお姉様。どうかしましたか?」
「……口調」
「え? あ、あぁ」
そう言えば、さっきもそれで機嫌が悪くなっていたな。
「でも、クリスティーナお姉様に普通に話すと言うのも……」
「敬語が抜けるまで、貴方と話してあげないわ」
「なん……だと……?」
まずい。それは死活問題ですよ姉貴。
だが、俺があのクリスティーナにタメ口で話す……?
難易度SSSだよ。
でも、タメ口で話さなければ俺は彼女と話せないと言う。
そんなの死んでると一緒じゃないか。
「これで、いいで――いい? クリスティーナお姉様?」
俺は両手を握りしめながら、忸怩たる思いでそう言った。
ふ、ふははははは。言ってやったぜ。
俺は圧倒的な達成感に包まれたが
「……」
何故か、クリスティーナの頬は未だ膨らんだままだった。
「他になにが気になるんだ? クリスティーナお姉様は」
「それよ」
「えっ?」
「貴方、昔は私のことをそんな呼び方で呼ばなかったでしょう?」
今明かされる衝撃の事実。
貴族の姉弟なんだからそんなもんだと思っていたが、どうやら違うらしい。
正直、俺としてはお姉様呼びも大分妥協しているが。
むしろ『クリスティーナ様』と呼ばせて欲しいね。『クリスティーナ神』でもいいんだが。
クリスティーナの正しい数え方は『柱』だからな。
「”クリスお姉ちゃん”」
「え……?」
今なんと?
「そう呼ばないと返事してあげないわ」
そう言って、私は不機嫌ですとアピールするように腰に両手を添えるクリスティーナ。
だが、俺の頭は真っ白になった。
だって、”クリス”という愛称は、ゲーム本編で、彼女の好感度をマックスにすることで解禁される呼び名。
いわば、主人公にとっても俺にとっても大事な大事な愛称なのだ。
それを俺が、今使う……?
「……どうしたの? 昔はそう呼んでいたじゃない」
確かに、クリスティーナがそういうならそうなのだろう。
しかし、それはフリードリヒであって俺ではないのだ。
その愛称を許されたのは、過去のフリードリヒであり未来の主人公なのだ。
それも、彼たちは長い間信頼関係を築き、ようやく許されたのだ。
決して、ぽっと出の俺が許されることでは――
「あのね、フリードリヒ」
「え? ……わっ!?」
瞬間、俺はクリスティーナの胸に抱かれる。
柔らかくも張りのある豊かな双丘が――じゃなくて!
「貴方は、何か思い違いをしているようだけれど」
「思い違い……?」
俺が困惑していると頭上から柔らかい感触を感じる。
クリスティーナが優しい動きで俺の頭をなでているのだ。
「私が貴方を思っているのは、必ずしも貴方が弟だからというだけではないのよ」
「え……?」
「確かに貴方は家族で、弟だけれど……。それよりも貴方は、私を対等に見ようとした立派な人間なの」
「それは、どういう……」
「私の力を見た人たちは、全員こう言うの。『あれは天才だから』『いくら努力したって届かない化け物だ』ってね。確かに私はあまり努力をしたことがない人間だけど、それでもゼロではないわ」
俺は、優しい声色で話すクリスティーナの言葉を黙って聞く。
「幼い貴方は、確かに腐ってしまった。私という天才を見て、届かないと努力を止めた、ほかの人間のようにね。でも、貴方は変わった。努力をした。なんのきっかけかはわからないけれど、貴方は私に決闘を挑んだ。そして私に勝って見せた……。私に戦いを挑む時点で変わっているのに、まさか勝ってしまうなんてね」
結局、クリスティーナは何が言いたいのだろうか。
俺がこの関係に引け目を覚えているのは、本来のフリードリヒとクリスティーナの関係を俺が奪っているような気がするからだ。
もしかすると、今彼女の胸に抱かれているのはあのフリードリヒかもしれないし、本来であればそうだろう。
だから、俺は今こうしてクリスティーナと姉弟の関係になっていることに罪悪感のようなものを感じているのだ。
「だからね、フリードリヒ。私にとって、貴方が弟であることなんて関係ないの」
「は……?」
今、なんて言った?
「私が想っているのは幼い貴方じゃない。今ここにいる――私を同じ場所から見てくれる貴方なのよ。だからもし、貴方がフリードリヒじゃなくても、私の想いは変わらない。親密になりたいと思うし、互いに高めあいたいと思う。そういうものでしょう?」
その瞬間、俺の胸につっかえていた何かが霧散したような気がした。
なんというか、気分が晴れやかだ。
(そっか……。俺はクリスティーナの隣にいていいんだな。あの努力は、無駄ではなかったのか……)
クリスティーナの瞳に映っているのは、遠い昔の
固有魔術を鍛えて、努力して、なんとか彼女の足元くらいには及ぼうと頑張った俺なんだ。
――すまないな。フリードリヒ。でも、お前が腐らず努力していれば、この満面の笑みを見れたのはお前かもしれないんだぜ。
「だから、遠慮なく呼んで頂戴? ほら、”クリスお姉ちゃん”って」
「……ん?」
そこで俺は一つの違和感に気づいた。
「”クリスお姉様”じゃ、ダメなのか?」
「え?」
「だって、一応俺たち貴族なんだから、その方が……」
そして流れる静寂。
え、なにこの空気。
俺変なこと言ってないよな?
「それはそれ。これはこれよ」
「え~……」
「ほら、はやく」
なんか目が怖い!
……意外と、クリスティーナにはブラコンの素質があったのかもしれない、な。
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