第15話 決闘・後

「すっげぇ身体能力……」


 俺が繰り出した固有魔術は、氷弾アイスバレット

 その名の通り氷でできた銃弾のような見た目の魔術で、確実に人を殺す魔術を創るならやはり銃を模倣するのが一番だろうと、護身用で創った魔術だ。


 もちろん、クリスティーナを殺すわけにもいかないので先端を丸っこくして速度も抑えている。

 それでも避けることは難しいはずなんだが、クリスティーナはまるでイナバウアーのように上体を逸らし避けた。


「はぁ……はぁ……」


 クリスティーナはまだ平気そうだが、正直俺の息は荒くなっている。

 俺……というよりフリードリヒという男は魔術の素養がない。

 はじめは魔術一発で魔力不足になって気絶するほどだったからな。


 それでも、ほぼ毎日気絶するまで魔力を使い切っていたおかげで、一日に六回は魔術を使えるようにはなった。


 しかし、たった六回だ。

 決闘が始まって、俺は二回の魔術を行使した。


 つまり、あと四回。

 

(どうする。次の手を――)


 その時だった。


「……はぁっ!?」


 気付けば、クリスティーナがこちらに勢いよく突撃していた。

 いや、突撃というのは間違いかもしれない。


 彼女は、いつの間にか俺の目と鼻の先にいたのだから。


 そう言えば、クリスティーナは敏捷の能力値も、主人公パーティーの中で三つの指に入るほど高いんだった。

 なんというチートキャラ。


(ちょ、どうする!? 後ろに避けるか!? いや、もうそんな暇はない!)


 あっという間に俺の目の前に現れたクリスティーナは、訓練用の剣を振り下ろしていた。


 ……てか、クリスティーナの顔が怖い。

 なんか目ががんぎまってるし、薄く笑ってる。狂戦士なの?


(……って! それどころじゃねえ!)


 俺は慌ててハルバードで応戦するが――


 ――スパン


 そんな型もへったくれもないただ適当に振っただけのハルバードでは、この天才に対抗できるはずもない。


 俺のハルバードとクリスティーナの剣がぶつかったと思った時、訓練場に響いたのは鈍い打撃音ではなく、何かが切れたような音だった。


「う、そだろ……?」


 なんと、俺の訓練用のハルバードは、真っ二つに両断されていた。


(なんで木製の剣で木製の武器を二つに斬れんだよ……)


「これで終わりね」


「っ!?」


 握っていたハルバードの無残な姿に呆然としていると、頭上から冷たい声が響いた。


▼▼▼▼


 フリードリヒがサリヤから訓練を受けているとは聞いていたが、やはりまだ形にはなっていないようだ。

 私は彼の折れた武器を見ながら、とどめと言わんばかりに呟く。


「これで終わりね」


「っ!?」


 青い顔になるフリードリヒ。

 今度は互いの距離がほぼ無い状態での魔術だ。

 先ほどの土壁サンドウォールには驚かされたが、この状態で氷槍アイスランスを使えば、その魔術も使い物にならないだろう。


 そう思ったのだが――


「『魔力よ』」


「……なんですって?」


 まただ。意味の分からない詠唱。聞いたことも無い詠唱。

 

「『汝、我を守る風となりて、我に群がる敵を吹き飛ばさん――『爆風波ウィンドブラスト』』」


 フリードリヒはまるで、この状況でその詠唱を唱えることを予め決めていたかのように、すらすらと詠唱を呟いた。


 その瞬間……


「くぅっ!?」


 フリードリヒを中心とした爆風が起こり、私は思わず後方へ飛ばされてしまう。 

 なんなのだ、この魔術は!

 疾風魔術は存在するが、このように敵の攻撃を目的としない護身目的の魔術など存在するのか!?


 後方に飛ばされはしたが、その風にそこまで勢いはなく、体勢を整えしっかりとした足取りで着地する。


「『魔力よ。汝、氷の弾となりて、かの者を貫かん――『氷弾アイスバレット』』」


 そして、間髪入れずにフリードリヒは先ほどの魔術を唱える。

 小さい氷の塊が現れ、着地した直後の私を狙うかのように飛び込んできた。


 体勢の崩れた私にとって、それはあまりに致命的な攻撃。


 しかし――

 

(へぇ……面白いわね)


 私が抱いた感想はそれだった。

 爆風破ウィンドブラストなる魔術で敵と距離を取りつつ体勢を乱し、氷弾アイスバレットという魔術でとどめを刺す。

 なるほど、緻密に練られた戦法だ。


 この戦法だけでも、魔術学院の大会でもいい成績を得られるだろうと思えるほどに。


 ――しかし。


 ――キィン!


 訓練場に甲高い音が響く。

 私が訓練用の剣でフリードリヒの魔術を払った音。


 しかし、しかしだ。

 フリードリヒと対面しているのは私、クリスティーナだ。

 そんな小細工など力で打ち破れるのだ。


「フリードリヒ様の魔術、見たか……?」

「あぁ、すごい組み合わせだ。あれを初見で対処できる騎士などいないだろう……」

「でも、それをいなしてみせたクリスティーナ様は、相変わらず……」


 メイドや騎士たちにざわめきが走る。

 どうやら彼らも興奮しているようだ。


 そしてそれは、私もそうだった。


 こんなに楽しい戦いは久しぶりだ。

 今の攻防、私が油断していれば体勢を整えている間に氷塊を直撃していただろう。

 なんというか……ヒリヒリする。

 一瞬の油断が命取りとなる、そんな戦い。


 こんな戦闘、魔術学院では経験できなかった。


 正直、予想外だ。

 あのフリードリヒがここまでだなんて。


(さぁ、見せて、フリードリヒ! その魔術で、もっと私を楽しませてちょうだい!)


 今度こそ満面の笑みを浮かべた私は、改めてフリードリヒを真正面から見つめる。

 次こそは、貴方の魔術を食い破ってとどめを刺して見せると。

 今度はどんな魔術を使ってくるのか楽しみだと。


「……え?」


 しかし、フリードリヒの顔は絶望に沈んでいた。

 顔は青く、息は絶え絶え。肩は大きく上下している。


 見たことがある。魔力切れの人間の症状だ。


「…………」


 私の高揚感は、まるで冷や水をぶっかけられたかのようになくなってしまった。

 これから面白くなりそうな小説を取り上げられたような、そんな感覚だった。

 

 

(あぁ、せっかく楽しかったのに)


▼▼▼▼


「…………」


 俺は、絶望にうちひしがれていた。


 爆風破ウィンドブラストからの氷弾アイスバレットは、今の俺にとって切り札。

 あのサリヤからも一本とることができた現状取れる最高の戦術。

 

 だと言うのに、クリスティーナは吹き飛ばされた衝撃もなんのその、羽のような軽やかな動きで着地し、しっかりと俺の氷弾アイスバレットを見切り、剣であまりに簡単な動きで弾いた。


 これを見切られたら、俺が出来ることはない。

 使える魔術はあと二回。その二回で取れる最良の手札は今切った。


 つまり、俺ができることは、もうない。


 武器があれば、まだなんとかなったかもしれないが、俺はぼんやりと真っ二つに折れ使い物にならなくなった木製のハルバードを見る。


「はぁ……」


 遠くから、溜息が聞こえた。


 クリスティーナのものだった。

 彼女は心の底から残念そうな顔をし、失望の瞳で俺を見ていた。


 ギリッと、俺の奥歯が嫌な音を立てる。


 それはなんの感情から来た行動だろうか?

 悔しさ? 違う。

 侮辱されたから? 違う。


 俺が、クリスティーナを満足させられない怒りだ。


「まだだ……!」


 怒りが熱となって体を支配する。

 その熱が源となって、俺を包んでいた絶望を取り払い、頭をクリアにさせる。


 考えろ。

 使える武器はないが、魔術はあと二発放てる。


 だが、氷弾アイスバレットに的確に反応できるクリスティーナ相手に、俺の魔術で勝ち取ることはほぼ不可能だ。

 そして、今の俺には武器がない。


「……待てよ」


 つまり、今のクリスティーナは、俺が取れる手段は魔術しかないと思っている。

 俺の勝ち筋は、魔術を彼女に直撃させることだけだと。


 この決闘は、模擬戦だ。

 サリヤが有効だと認める攻撃を一度食らわせばいい。

 それで勝ちなのだ。


「武器を……創ればいいんだ」


▼▼▼▼


 絶望の顔をしたかと思えば、歯を噛み締め俯いたフリードリヒ。

 とどめをさそう。

 そして私は、この家を出るのだ。


 私は剣を握りなおし、動き出そうとしたその瞬間。


「……!」


 フリードリヒが顔を上げた。

 その顔は、まるで今の状況が楽しいと言わんばかりに満面の笑みだった。


(何を企んでいる?)


 そう思った束の間、フリードリヒがぶつぶつと呟き出した。


 またあの不思議な魔術か。


 私の予想は当たっており、フリードリヒの右手から、三回目の氷塊が飛んでくる。


 その氷塊は、先程までのより少し大きいがそれだけだ。


(もう、使える魔術の底が見えたか)


 しかも、先程のように体勢を整えた直後ならまだしも、今の万全の私にそれを放つとは、もう彼には勝つ気もないらしい。


 目で追える速度で飛んでくるそれを、私は剣で払う。

 その氷塊ごと、彼の気力を完全に砕くように。


 ――パリィン!


「――は?」


 しかし、私が氷塊を砕こうとした瞬間、剣に触れる少し前に、それが自発的・・・に砕けた。


 その衝撃で、私は思わず剣を手から離してしまう。


「はぁあああああああ!」


「っ!?」


 同時に、フリードリヒが突っ込んでくる。


 なるほど。互いに徒手ならばと、一縷の望みをかけたか。


 しかし、格闘術だって、私は網羅している。

 幼少の頃暇だった私は、全ての武器の扱い方を習得した。それが自分の拳であっても。


 私の勝率は十割。

 そう思った瞬間。


「分かってたよ! プライドの高いクリスティーナのことだ。氷塊を避けずに剣で対処しようとしたことも、同じ土俵に立たされても自信満々に迎撃することも!」


「……!?」


 フリードリヒはニヤリと笑った。


▼▼▼▼


 俺は全速力でクリスティーナの元へ走る。


 先ほど使った魔術は『氷散弾アイス・ショットガン』。

 少々名前がださいことを除けば俺が気に入っている魔術の一つだ。


 しかし、この魔術は相手を殺傷させる確率が高く、この場で使うことは控えていた。


 だが俺は、クリスティーナにかけた。

 『氷散弾アイス・ショットガン』を彼女の剣目掛けて打った。

 もし彼女があの氷塊を避けようとすれば、大怪我を負っていたかもしれない。


 けれど、クリスティーナが剣で弾くと、俺は確信していた。

 何故なら、俺はクリスティーナのことなんてお見通しだからな。

 ……犯罪臭がすごい。


 かくして、クリスティーナの武器を奪い、どっちも素手という対等なフィールドを作ることに成功した俺だが、このままだと負けると言うのも分かっている。


 なぜなら、クリスティーナは素手で高レベルの魔物を退治できるほどの腕前を持つキャラだからだ。

 ……このキャラに弱点ないの?


 そういう訳で、ここからは俺の固有魔術の出番なのだが……。


 正直言って、氷弾アイスバレットのような魔術では勝てないだろう。

 ここまでの戦闘を見る限り、クリスティーナは反射神経や順応力にも優れている。

 きっとどんな攻撃魔術でも対抗されてしまう。


 だから、彼女の不意をつきつつ、一方的にこちらが有利になる魔術が必要だ。


 ……だが、これは一発勝負。 

 たった今思いついた魔術。

 きっとめちゃくちゃ集中力がいる精密な魔術だ。


 失敗すれば魔力切れで俺の負け。それよりもクリスティーナの拳が早いかもしれないが。


 集中する。

 キーカの言葉を思いだせ。


 魔法に必要なのは想像力だ。

 今自分に必要な物。

 クリスティーナに勝つために絶対必要な武器を正確にイメージしろ!


「『魔力よ』」


 頭に思い浮かべるのは武器。

 ここ数週間、毎日握り続け、なんども吐きながら振るった武器だ。

 思いだせ。握った感触を。振るった時の感覚を。


「『汝、かの者を打ち倒すため、我の武器とならん――『氷製鉾槍アイシクルハルバード』』!」


 俺の両手の平が、凍えたかのような感触。

 まるで氷水に手を突っ込んだような――いや、手そのものが凍ったような感覚だ。


「なに……それは……? 一体、なんなの……?」


 クリスティーナの呆然とした声が聞こえる。


 ……よかった。成功したようだ。


 俺の手には、氷でできた立派なハルバードが握られていた。


「はぁあああああああ!」


 俺は目を点にしているクリスティーナ目掛けて、ハルバードを振るう。

 全力で振るっているが、どうか許して欲しい。刃部分は丸くしてあるから、当たっても痣になるくらいだ。

 ってか、全力でやらないと、クリスティーナはこれでも防ぎそうな気がする。


「っ!? なんの……!」


 ほれ見たことか。

 クリスティーナはもう驚愕から復活すると、咄嗟に防御態勢を取った。


 だが、一瞬でも彼女の思考を真っ白にすることが出来たなら、俺の思惑通りなのだ。


 ――バリィィン!


 と、氷が砕け散る音が響く。

 魔力がギリギリの状態で唱えた魔術だ。正直、この氷でできたハルバードはほぼハリボテ。ちょっとの衝撃で砕けるのも分かっていた。


 俺は膝から崩れ落ちる。

 どうやら魔力切れのようだ。


 最後の力を振り絞って、俺はクリスティーナを見る。


「フリードリヒ……あなたは……」


 そこには、尻餅をついているクリスティーナの姿があった。

 俺のハリボテハルバードが直撃したのだ。


 勝手に落ちてくる瞼を最後の気力で上げながら、俺はサリヤへと視線を移す。


「勝者、フリードリヒ様!」


 その声を聞くと同時に、俺は今度こそ意識を失ったのであった。

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