第12話 俺のため、推しのため
「しかし、あの様子ですと、クリスティーナ様はまだ家を出られる考えをお持ちなのですね……」
「家を出る?」
俺は両目を開いて、サリヤに問いかけた。
「――」
しかしサリヤは、何故か少し驚いた様子で俺の事を見つめる。
その表情はなんでそんなことも知らないのと言った様子だった。
「ど、どうしたんだ?」
「……いえ。フリードリヒ様はまだ13歳。知らないのも無理はないですね」
ここで明かされる衝撃の事実。俺は13歳だったらしい。
この世界に来てからまぁまぁ経つが、いままで知らなかったのは許して欲しい。だって『俺って今何歳だっけ』って聞くのなんか怪しいじゃん。
ちなみに、『カドニック魔術学院』へ入学する生徒の多くは満15歳。俺もあと二年足らずで入学するということか。
って、今はそんな話どうでもいいんだ。
せっかく推しキャラと同じ屋根の下にいられると思ったのに家を出ていくだと!? こちとらまだ一回も話せてないんだぞ!
「クリスティーナ様は、天才なんです」
その言葉とは裏腹に、暗い表情でサリヤがぽつりと呟いた。
「天才が、何故家を出ることに繋がるんだ?」
俺ならむしろ家族によいしょしてもらうために張り切っちゃうけどね。
……凡人の考えですまんな。
「クリスティーナ様の才能は、フリードリヒ様もよくわかっているでしょう?」
「ま、まぁな?」
正直、この世界のクリスティーナのことはまだ分からんが、ゲーム本編のクリスティーナのことであればいくらでも分かる。
パーティーから外すのは縛り行為とも言われた圧倒的キャラ性能。
『アリナシアの使徒』では物理キャラと魔術キャラで、明確な線引きがあったのだが、クリスティーナはどちらも一線級で扱える高性能。それに加え、ぶっ壊れスキル【無詠唱魔術】と来たものだ。
天才かと問われれば、首を縦に振るしかできない。
「クリスティーナ様は武術を教えた数週間後には私に、模擬戦と言え勝利を収めました」
「え!」
俺は思わず声をあげてしまう。
だって、俺はサリヤの実力を嫌という程――何度も吐くほど思い知らされているのだから。
正直言って、あと何年たっても俺が勝てるビジョンが見えない程。
そんなサリヤに武器を握って数週間で勝つなど、理解できなかった。
「それに、魔術学院に入られる前から魔術師としての腕は一級品でした。聞けば、今現在、氷結・治癒魔術を上級、雷撃・邪悪魔術を中級で扱えるとか」
「ほ、ほぉ~ん……」
それは、ゲーム本編と同じ情報だった。
つまりクリスティーナは、ゲーム本編より二年前の今、いや、彼女が主人公パーティーに加入する三年前からその実力を持っていたということになる。
天才どころか神童では?
「それに、クリスティーナ様の才能はそれだけではありません。勉学も非常に秀でており、学院は首席で卒業されたとか」
絵にかいたような超人だな。
前世の世界だとアメリカとかの大学で飛び級してテレビの取材受けてそうだ。
「それで、それがどう家出することに繋がるんだ?」
「……クリスティーナ様と対等な人間が、いないんです」
「対等? ……なるほど、そういうことか」
つまるところ、クリスティーナは、飽きてしまったのだろう。
自分に武術で勝てる者もおらず、魔術に勝てる者もいない。
そしてきっと、周りの人間も、最初はそんな彼女を褒め称えていただろうが、いつからか恐れるようになってしまった。
周囲の人間を軽々と超えてしまうその才能に怯えてしまったのだろう。
なるほどな。天才ゆえの苦悩というやつか。
「一年前、クリスティーナ様は誰にも言わずこの家を出奔しようとされました。魔王国では女性が家督を継ぐことができないのもあったのでしょう。しかし、子供に夜逃げされてしまうなど、どういう形で噂となって流れてしまうか分かりません。そこでひとまず、ドロイアス様は、各国から秀でた者が集まるカドニック魔術学院に入学させたのです」
クリスティーナは、ゲーム本編でも、どこか他人と価値観が食い違う描写がたくさんあった。
それに、そもそも主人公パーティーに参加した理由も『強者と戦いたいから』と言っていたからな。……ん? それ以外にもなんとか言っていたような気が……。
「ところがクリスティーナ様は魔術学院をつまらなかったと言い放ったそうではありませんか。それに主席で卒業したとなると、どうやらクリスティーナ様を満足させる者は学院にもいなかったようですね……」
ドロイアス家で彼女を満足させられる人間はいなかった。
各国から有望な者や貴族の子弟たちが集まるカドニック魔術学院でもそれは同じ。
だからクリスティーナはもう一度この家を出ようと考えているのではないか。
なるほどな。
……そう言えば、ゲーム本編でもクリスティーナはラスボスを倒した後一人で旅を続けると言って消息を絶つ。
そう考えると、主人公パーティーをもってしても、彼女の飢えた渇望は満たされなかったということか。
「……対等な、人間」
つまるところ、今クリスティーナが欲しているのは自分と対等な人間。同じ才能――能力を持つ強者だ。
俺の考えを言うならば、クリスティーナはこの家にい続けて欲しい。
彼女は強い。ゲーム本編でもそうだったが、サリヤの言葉通りなら今の時点でこの世界でもトップクラスに強いだろう。
そんな人間が身近にいてくれれば、俺の破滅の運命を回避できる確率も高まるというものだろう。
しかしそれ以上に、俺はただ単純に、彼女にいて欲しい。俺の側にいて欲しい。
好きな人間が側にいてくれるというのなら、それに勝ることはない。
しかし、そんな理由だけでは、クリスティーナがここに残る利点がない。
俺は目を閉じる。
瞼の裏に映るのは、クリスティーナの姿だ。
俺が何度も『アリナシアの使徒』をプレイしたのは、彼女の存在が大きい。
彼女がいてくれたからこそ、俺は『アリナシアの使徒』を何週もプレイできたし、戦闘面でもたくさん助けてもらった。
なら、彼女の渇いた飢えを潤すのは誰か、考えなくてもわかることだろ。
「サリヤ。訓練を再開しよう」
「え? い、いきなりどうされたのですか?」
「ヘカーテ。今夜から最近サボっていた固有魔術の創作を再開する。付き合ってくれないか?」
「は、はい。もちろん、喜んで……?」
サリヤとヘカーテは顔を見合わせ怪訝そうな顔をする。
しかし、そうと決まれば今の俺には時間がない。
彼女が人生に飽きているのだと言うのなら、新しい刺激を与えよう。
彼女が強者を求めていると言うのなら、彼女が越えるべき新しい壁を用意してあげよう。
それが、今の俺に出来る彼女への恩返しだ。
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