第11話 クリスティーナ

 『アリナシアの使徒』は、前後編に分かれるゲームだ。


 前編は、『カドニック魔術学院』を舞台とした、いわゆる学園ゲーだ。

 主人公は授業や課題を経て実力をつけつつ、女子生徒といい感じになったりする。全体を通してほんわかとした雰囲気が続く印象がある。


 対して、後編は『カドニック魔術学院』の卒業式の日、俺の父――ドロイアスに唆された魔王が人族の国に宣戦布告する場面からスタートする。

 きゃっきゃうふふの学園ゲーから一転、マジの戦争が描かれるダークな部分だ。


 そして、俺の推しキャラでもあるクリスティーナは、この後編になって初めて主人公パーティーに参加するキャラだ。


 『アリナシアの使徒』をプレイした者なら全員がこのキャラにお世話になっているだろう。

 物理、魔術どちらも得意の両刀型で、ステータスも良く伸びる。

 しかし、彼女を最強たらしめている理由は、彼女のパッシブスキル、【無詠唱魔術】である。


 聡明な皆様におかれましては、この言葉だけで彼女がどれだけ強力な存在か分かるだろう。

 どんな作品でも無詠唱魔術使いって強いしね。


 本来、このゲームでは魔術を使う際、魔術を詠唱するために最低でも1ターンを消費する必要がある。しかし、クリスティーナだけは例外なのだ。

 なんと彼女は魔術を即刻発動させることが出来る。


 うーん、どう考えてもチートキャラ。きっとプロデューサーに好かれていたのだろう。

 そんな彼女が攻略サイトで絶対にパーティーから外すなと言われているのは当然のことだ。ってか、どれだけゲームに詳しくなくても彼女を外すことはしないだろう。


 そんなクリスティーナは、『自分よりも強い強者と戦いたい』というどっかの格闘家のような理由で主人公パーティーに参加する。

 とは言っても戦闘狂といったキャラではなく、常に冷静沈着で、パーティーでも年長者らしい振る舞いをする、クールビューティーなキャラだ。


 俺はクリスティーナが好きだった。

 確かに彼女の性能も大好きだがそれだけではない。


 透き通るような新雪を思わせる真っ白な髪。すらりとした長身。そしてなにより、その破壊的に美しい顔面。


 はっきり言って、俺が『アリナシアの使徒』を何十週もプレイした理由の四割くらいは彼女の存在が占めているだろう。

 

 この世界に転生して数カ月。いつか彼女と対面する機会もあるかもしれないとは思っていた。


 ――しかし、流石にこの展開は予想外も予想外だった。


▼▼▼▼


「フリードリヒ様、緊張されているのですか?」


「ん? あ、あぁ……まぁ、な」


 今、俺はヘカーテと共にアスモダイ家の屋敷の正門に立っていた。

 ドロイアスから『カドニック魔術学院』を卒業し、今日帰ってくるクリスティーナの迎えと頼まれたのである。


 ヘカーテに見破られているように、今の俺は緊張一色だ。

 顔は強張り、体が時折震えている。一目瞭然だろう。


「一年振りのご対面ですものね。無理はないかと思います」


「そうだな……」


 しかし、緊張の理由は、感動の再会だからではない。


(俺、今からクリスティーナと会うのか……)


 クリスティーナ。

 彼女は俺の最愛のキャラであり、全ての周回プレイでパーティーに入れていた愛用のキャラ。

 思い入れはどんなキャラよりもあるし、もしかしたら主人公よりもあるかもしれない。


 そんな人物と会うのは、今までテレビ越しにしか見れなかった憧れの女優と実際に会うような体験に近いかもしれない。


 しかし、俺は緊張する反面、大きい疑問にぶつかっていた。


 それは、クリスティーナは本当にフリードリヒの姉なのかという問題だ。


 前も言ったが、『アリナシアの使徒』の本編で、フリードリヒに兄弟姉妹がいる描写はなく、そして仲間になるクリスティーナもそんなことを言った記憶はない。謎の多い美女、って感じのコンセプトだった。


 確かに、ゲーム終盤中ボスとなったフリードリヒと、主人公パーティーに加わったクリスティーナが対面することはあるが、その時のフリードリヒはドロイアスによって洗脳されており、自我はない状況だった。


 ……うーむ。分からん。

 しかし、何かがひっかかる。

 俺はクリスティーナが大好きだった。だから、彼女のセリフは一言一句とは言わないが結構覚えている。

 そんなクリスティーナが、一つ、疑問の残る行動をした覚えがあるような、ないような……。


「あ、見えてきました」


 ヘカーテの言葉で、俺の意識は現実に戻り、彼女の視線の先を見る。

 すると、整備された街道を走る馬車が一つ見えた。


 やがて馬車は俺たちの前に止まり、御者が下りて俺たちに一礼すると、馬車の扉を開く。


「――――」


 そこから現れた人物に、俺は目を奪われた。


 真っ白な髪。凍てつくような視線を向ける真紅の瞳。

 鼻筋は高く、薄い赤色の唇は真一文字に結ばれていた。


 間違いない。

 記憶のそれよりはいくつか若いものの、彼女はクリスティーナ、その人だった。


「……」


 クリスティーナは呆然とする俺とヘカーテを交互に見つめるが、すぐに興味を失ったのか、視線をぷいと外すと、屋敷の方へと歩き出した。


 俺は慌てて口を開く。 

 

「お、お帰りなさいませ。クリスティーナお姉様」


 すたすたと歩いていたクリスティーナは、その場でピタリと止まり、こちらへ振り返った。


「……」


 クリスティーナは冷たい瞳でこちらを見つめる。

 しかし、その目からは若干の驚きのような感情が読み取れた。


「……ええ」


 だが、彼女の返答はそれのみで、さっさと屋敷の中へ入って行った。


「……もしかして、フリードリヒ様は、お姉様と仲が悪くいらっしゃるのですか?」


 ヘカーテが俺の耳元でそう囁いた。

 

 そんなこと言われても、俺には分からん。

 しかし、今のクリスティーナを思い出す。


 あの冷たい瞳には、侮蔑というか、嫌悪感というか、とにかくこちらをマイナスな印象で見ている感じがあった。


 フリードリヒがいつから怠惰な人間になったのかは知らないが、あの反応を見る限りクリスティーナが学院に入る前からそんな感じなのかもしれない。


(……だけど、最後にこっちを見た時は少し温かい目をしていたかもしれない)


▼▼▼▼


 場所は変わって食堂。

 今まで俺とドロイアスしか囲っていなかった食卓に、新たな人物が加わっていた。


 もちろん、クリスティーナである。

 彼女は美しい所作で食事を摂っているものの、どう見ても愉快そうには見えなかった。


「……クリスティーナよ。学院はどうであったのだ」


「…………特段、面白くはなかったわ」


「……そうか」


「…………」


 えー! なにこの雰囲気! 俺もう部屋に戻りたい!


 食堂にはカチャカチャと金属が触れる音が小さく響くのみ。

 一家団欒といった雰囲気なんて微塵も感じられない。

 喫茶店で知らない人と相席になった時の方がまだましな雰囲気である。


「聞いたが、お前は学院でアスモダイの姓を持っていることを秘匿していたようだな」


 唐突に、ドロイアスがそんなことを言った。

 アスモダイの姓を秘匿? 自分の苗字を隠してたってことか?


「……ええ。貴族の出だと知られれば授業が緩いものになると思って」


 クリスティーナは簡潔に冷たい声でそう言うと、すぐに食事に戻る。

 ドロイアスは彼女の言動に思うことがあったのか、じっと彼女を見つめていたが、何の反応も返ってこないため大人しく食事に戻る。


 ……なんというかアレだな、思春期の娘と頑張って話そうとする父親みたいだ。

 まぁ、ドロイアスはこの世界のラスボスである訳だから、そんな微笑ましい理由ではないだろうが。


「……」


 俺はちらちらとばれないようにクリスティーナを盗み見る。


 正直、俺も彼女と話したい。

 当たり前だろ! クリスティーナは俺の最愛のキャラだ!

 お前らが好きなキャラが目の前に実在する人物として現れて話しかけたくないなんて思うか!?

 思う奴は嘘をついている。俺が直々に斬り倒す。


 あぁ~話しかけたい。推しのキャラと喋ってみたい。本音を言えば仲良くなりたい。

 だけど、クリスティーナは多分俺の事が嫌いだ。怠惰で乱暴者のフリードリヒが。

 でも、喋りたい……。でも拒絶されたらどうしよう……。でも…………




 そんな感じで、クリスティーナに話しかけられないまま、一週間が経ったのである。



▼▼▼▼


「はぁ……はぁ……ぜぇ……ゲボゥ……あぁ……」


「立ってください、フリードリヒ様。このままでは私に勝とうなんて何百年経つか分かりませんよ」


「サリヤに……俺が……勝てる訳……ないだろ……」


 クリスティーナが屋敷に帰って来てから一週間、俺は今日も今日とて訓練場でサリヤに絞られていた。


「……しかし、今日のフリードリヒ様には覇気がありませんね。いえ、今日ではなく最近の、というべきですか。なにかありましたか?」


 なにかあったか。

 それはもちろん、クリスティーナのことである。


 彼女が帰って来てから一週間。俺は未だに彼女とまともな会話すらできていない。

 クリスティーナはクリスティーナで、彼女の自室からほとんど出ていないらしい。

 

「フリードリヒ様は、クリスティーナ様とのことで悩んでいらっしゃる様子です」


 さらっと俺の悩みを暴露するヘカーテ。

 いやまぁ、隠してる訳ではないからいいんだけどさ。


「あぁ、クリスティーナ様ですか。最近お帰りになりましたからね」


 そう言って、サリヤは少し暗い表情をつくる。


「幼いころは大変仲がよろしかったんですが……」


「え?」


 仲が良かった。

 誰と誰か、なんて問うまでもないだろう。


「当時のフリードリヒ様はまだ幼かったですから、覚えていないのも無理はないかもしれません。しかし、ずっとクリスティーナ様の後を追いかけるのはまるで雛鳥のようで、とても可愛らしかったですよ」


「フリードリヒが……」

 

 それはなんとも、想像しがたい光景だ。誰に対してもツンケンな態度のフリードリヒがそんな可愛いショタだったなんて。


 俺が誰も得しない光景を想像していると、サリヤが残念そうな声色で呟いた。


 聞き捨てならない言葉を。


「しかし、あの様子ですと、クリスティーナ様はまだ家を出られる考えをお持ちなのですね……」



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