第10話 順調な滑り出しと、オーバーフロー

 突然だが、皆は自分の吐瀉物の味は知っているか?

 

 まぁ知らないだろう。

 ここで知っていると言われても俺だって困るからな。


 かくいう俺も最近・・までは知らなかったんだが、これは中々に刺激的な味だ。


 舌が腐ったとまで思えるし、鼻をつんざくのは刺激的な臭い。

 軽く舐めるだけで気絶する勢いだが、悲しいかな。もはや慣れてしまったと言っても過言ではない。


 何故なら――


「ゲハァーーーッ! ア~……ア~…………! あッ、やべ……!」


「フリードリヒ様。いくら吐いても結構ですが、まずは立って武器を構えてください。これが実戦であれば死んでいますよ?」


 このドS教官改めサリヤのせい……おかげである。

 

 『作中最強キャラであるサリヤに訓練を頼めば俺も最強になるんじゃね!?』

 そう考えたあの日の俺をしばいてやりたい。

 ……いや、これがフリードリヒとなった俺に必要な努力というのは分かっているが、これはあまりにも。


「サ、サリヤ様。流石にこれはやりすぎでは……?」


「いいえ、ヘカーテ様。これはフリードリヒ様にとって必要なこと。私が彼の教官になったからには生半可に鍛えることは許しません。もし彼がこの先武器を握り敗北し、死んでしまったのならそれは私の責任になってしまう。そうならないように訓練するのが教導する者の務めというものです」


 俺の口元にハンカチをあてがいながら俺を庇うヘカーテをばっさりと切り捨てるサリヤ。

 ……まぁ言っていることは一理あるとは思うけど、こう、手心というものをね。欲しくて。ね。


「話は変わりますが、ヘカーテ様は男爵家のご令嬢だとか。それならばこのサリヤに敬称も敬語もいりません」


「……お心遣いには感謝しますが、この口調は生まれつきというか……。それに、サリヤ様のことは学院にいた頃から聞いておりました。とても優秀な生徒だった、と」


「あら、ヘカーテ様もカドニック魔術学院の卒業生だったのですか」


「はい。ほんの数年前に卒業しました」


「……そうですか。それならば私の二十年以上後輩となるんですね……」


「え!?」


 俺は思わず声を上げてしまう。

 二十年後輩!? 誰が!? 誰の!?


「サリヤ、って……いくつ……なんだ……? ゲハァーー!」


「フ、フリードリヒ様、しっかり!」


「……私は今年で三十六になりますね」


「嘘……だろ……!?」


 サリヤが!? 三十六!?

 信じられるか、だってJKでも全然通用するぞ!


「魔族は長命の種族故、人族と比べ外見で年齢が分かりづらいですからね」


 甲斐甲斐しく俺の介護をしながらそう補足するヘカーテ。

 あ、そう言えばそうだったな。

 

 確か俺の父であるドロイアスも年齢二百を越えてた気がするし、人族――前世で言う普通の人間とはまた違うのか。


 魔族は人族よりも二倍から三倍長く生きる、確かゲーム内でもそんなこと言ってたっけ。

 そう考えれば、サリヤの年は人族に換算すると十二歳から十八歳になるのか? なるほどな。深い。


「さて、そろそろ庭の植物に栄養を与えるのはそこまでにして、再開しましょうか」


「……わかって、るよ!」


 俺は立ち上がると同時に、傍らに置いてあった武器を拾う。

 それは剣とか槍とか、一般的な武器じゃなかった。


「それでは、我々オースティン騎士家に伝わる武術の訓練の続きを。ハルバードを握って下さい」


 ハルバード。

 俺がサリヤに訓練を付けて欲しいと言ったその日に与えられた武器である。


 簡単に言えば、斧と槍が合体したような武器だ。

 斧の柄の部分が槍のように尖がっている、山賊とかが使ってそうな武器だな。


「……今更ですが、本当に私が教官でよろしいのですか? フリードリヒ様のような幼い男性は剣を好むと思っていたのですが」


「いいや、俺はサリヤがいいんだ」


 確かに、剣もカッコいいとは思うが。

 俺の心には中二心が僅かながら残っている。

 そうだ。男子諸君よ。ハルバードって、かっこよくね?

 なんか色んな武器のいいとこどりしてる感じがあって俺は好きです。


「そ、そうですか。私が……」


「……?」

 

 なにやら歯切れの悪いサリヤ教官。

 一体どうしたんだと思うが、この隙に少し休憩したい欲も半分。


「コホン。それなら訓練の続きを。先程まで同様厳しくいきますよ!」


「望むところだ!!」


 その後、さっきよりは少し訓練内容は緩くなったが、更に二回も吐瀉物を味わう俺であった。


▼▼▼▼


「あぁ~……つっかれた……」


 体を清め、夕食を摂った俺は倒れ込むようにベッドにダイブする。

 前世で味わったことのないほどふかふかなベッドは、そのまま俺の形に凹んだ。


「お疲れ様です。フリードリヒ様」


 そんな俺に、ヘカーテが声を掛ける。

 

「……ありがとう、ヘカーテ」


 本当に、ヘカーテはよくしてくれている。

 サリヤの訓練も、常に俺を励ましてくれる彼女がいなければ心が折れていたことだろう。


 俺もそんな彼女に、何かしてあげたいんだが……。


「あ、そうだ」


 一つ、思いついた。

 俺は上体を起こし、ベッドに座る。


「ヘカーテ。お前も俺の固有魔術を使ってみないか?」


「固有、魔術ですか?」


「あぁ。俺が最近創ってる魔術のことだよ」


「え、ええっ!?」


 ヘカーテは大きく目を見開き、驚きをアピールする。

 え、俺そんなびっくりさせること言ったか?


「それは、フリードリヒ様にしか使えない選ばれし者のための魔術では……!?」


「そんな大層なもんじゃないよ……」


 とは言ってみたものの、そう言えば俺以外が固有魔術を使っている所は、キーカ以外見たことが無かったな。


「そうだな。試しにこれでいいだろう。『魔力よ。汝、我の行く末を照らす灯りとならん。『灯火トーチ』』」


 俺がそう唱えると、右手の人差し指に、ぼんやりと周りを照らす淡い光の球体が現れる。

 これは十回使っても俺が気絶することのない消費魔力量が非常に少ない魔術だ。

 これならヘカーテも大した負担もなく使えるだろう。


「今の詠唱を繰り返してみてくれ。自分の指にこんな光が現れるのをしっかりと想像しながら」


「わ、分かりました」


 ヘカーテは目を瞑り、息を整える。

 数秒部屋を沈黙が支配したのち、ヘカーテは口を開いた。


「『魔力よ』。……?」


「どうした?」


 ヘカーテは詠唱を中断し、なにか違和感があるのか、首を傾げる。


「いえ、いつものような……なんというのでしょう、魔力が動いたような気がしなくて」


「魔力が……?」


 それはおかしい。

 俺が『魔力よ』と言えば、体内の魔力は『ようやく出番ですかい!?』とでも言わんばかりに騒めき出す。

 何も起きないはずがない。


「う~ん……。取り敢えず、最初から最後まで詠唱してみてくれないか?」


「分かりました。『魔力よ。汝、我の行く末を照らす灯りとならん。『灯火トーチ』。……?」


「あれ~?」


 *しかし なにも おこらなかった!


 ヘカーテは一言一句違えず、『灯火トーチ』の詠唱を口にした。

 だというのに何も起きず、魔力が動く気配すらない。


「もう一度やってみてくれないか?」


「は、はい。『魔力よ。汝、我の行く末を照らす灯りとならん。『灯火トーチ』』」


 それから何度かヘカーテに詠唱を試してもらったが、なにも起こらない。

 他の固有魔術も試してみたが、不発だった。


「どういうことだ……?」


「……申し訳ございません。私は、フリードリヒ様の役に立てないポンコツです……ポンコツメイドです……」


「いいいいや! そんなことはない! ヘカーテはすごい役に立ってる!」


 目尻に涙を浮かべ落ち込むヘカーテを必死に慰めながら、考える。


 ヘカーテが俺の固有魔術を使えない理由として考えられるのは四つ。

 一つ、この世界の人間は普通固有魔術を使えない。

 二つ、ヘカーテがたまたま固有魔術を使えない。

 三つ、俺が特別に固有魔術を使える人間。

 四つ、訓練すれば使えるようになる。


 う~ん、二つ目のヘカーテがたまたま使えないというのは考えづらい。

 彼女はカドニック魔術学院を卒業しているようだし、下級魔術を二つの属性扱える。要は、この世界でも比較的魔術を使える方の人間だってことだ。


 四つ目、訓練すればいずれは使えるようになる。

 これは否定できない。今後もヘカーテには定期的に固有魔術を唱えてもらおう。


 しかし、現在有力だと俺が考えているのは一つ目と三つ目。

 要は、この世界の住民は固有魔術が使えず、転生者である俺が特別使える、という可能性。

 正直、これが一番可能性が高いだろう。

 ほら、転生者だけの力とか、鉄板だし。


 しかし、その理屈はまだ分からない。

 ……調査が必要だ。

 正直、固有魔術は俺の味方となってくれる人間には使って欲しい。便利だしな。

 だが、敵が使うのは厄介か? あまり大っぴらに他の人間にも使ってもらうように紹介するのはよくないか……。


 俺はうんうんと頷くと、どっと体にのしかかる疲労感い襲われた。

 ……そういえば、今日はサリヤに散々しごかれたんだったな。

 彼女の訓練が始まってもう一ヶ月になるが、これに慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。


「今日は寝よう、ヘカーテ」


「そうですね。明日は朝が早いので、しっかりと休まれますよう」


「ん? 明日なんかあったっけ?」


 俺がそう言うと、ヘカーテは少し頬を膨らませ、嗜めるような口調で言った。

 ――それは、俺の想像をはるかに越える、問題発言だった。



「何を言っているんですか? 明日はフリードリヒ様の姉君が帰ってくる日ですよ」



「……は?」


 さて、フリードリヒ・リグル・アスモダイというキャラは『アリナシアの使徒』の序盤から終盤まで悪役として活躍する、プレイヤーの記憶に深く刻まれるキャラだ。

 ゲームを何十週もしてる俺も例外ではなく、フリードリヒのことはよく知っている。


 彼が怠惰で乱暴者であることも、主人公に嫉妬してヒロインを凌辱しようとしかけたことも、魔術が使えず物理一辺倒であることも、そして……


 ――彼が一人っ子であることも。


「姉……? 俺に……?」


「……フリードリヒ様、大丈夫ですか? 今日の訓練、そんなにお辛かったんでしょうか。まぁ、無理もありません。サリヤ様の訓練は非常にきび――」


「――姉の、名前は?」


「はい?」


 気が付けば、俺は喘ぐようにそう言っていた。

 フリードリヒの、姉? そんなこと聞いたことも無い。少なくともゲーム本編ではそんな描写、一切なかったはずだ!


 俺は混乱していた。

 あのフリードリヒに姉がいると言う未知の情報に。


 しかし、直後のヘカーテの発言によって、俺の脳内はあまりの情報過多にパンクしたのだった。


「寝ていないのに寝惚けていらっしゃるんですか? 

 

 ……フリードリヒ様の姉君の名前はクリスティーナ様。クリスティーナ・リグル・アスモダイですよ?」


 その名前、クリスティーナという名前には心当たりがあった。


 だってそれは、『アリナシアの使徒』の主人公パーティーに中盤で合流するキャラの一人で、作中最強の名を欲しいままにし、そして…… 


 ――俺の、最愛のキャラの名前だったから。



~~~~~~~~

 読んでいただき、ありがとうございます。

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 この小説は、拙作の中でも見たことのない順位にまで上り詰めており、読者の皆様には感謝に堪えません。

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