第9話 万全を期すためには

 オリジナルの魔術を創れることに気づいてから一ヶ月。

 

 俺は毎日魔術を創っていた。

 とはいっても、俺の魔力量は大分と少ない。

 最初の内は一日で一つか二つを唱えられるのが限界だった。


 しかし、この世界も他のファンタジー作品の例に漏れず、魔力量を限界まで使いきって気絶すると、魔力量が増えると言うのは同じのようだ。


 もしかしてこれは俺しか知らないチート知識なのでは……!? と思いはしたがヘカーテ曰く、『魔術を使う者ならほとんどが知っている常識』らしい。

 しかも、これによって増える魔力は本当に微々たるもんだからこれを活用する人間は珍しいとのことだった。


 しかし、微増とは言っても増えることは間違いない。

 来たる日のために魔力が増えるのはありがたいことなので、俺は毎日の終わりには魔力を使い切り気絶するように寝る……いや、寝るように気絶することを繰り返していた。


 これによって、一日に魔術を三回くらいには気絶せずに使えるようになった。

 大して増えてないじゃないかと言われればそうなのだが、まぁ進歩は進歩だ。


 さて、オリジナルの魔術を創れるようになってから分かったことがある。

 ……『オリジナルの魔術』って長いから名前変えてもいいか?

 そうだな、固有魔術と呼ぶことにしよう。なんか格好いいし。


 話を戻して。

 固有魔術は、この世界に元々ある魔術の範疇を越えることができる。


 例えば、随分前に話した魔術の属性……。

 火炎、氷結、疾風、雷撃、神聖、邪悪、治癒の七つの属性にこの世界の魔術は分けられるのだが、そのどれにも属さない魔術も創れるのだ。


 例えば。

 数日前、俺は真夜中に目を覚まし、尿意を催した。

 そうなれば勿論トイレに向かいたいところなのだが、俺の部屋からトイレに行くまでにはそこまで長い距離ではないが廊下を歩かなければならない。


 しかし、時間も時間だし油なんてものは貴重な世界なので、廊下は真っ暗だ。

 こんな夜更けに使用人の人を起こすのも忍びない。


 そこで俺は唱えてみたわけだ。

 『魔力よ。汝、我の行く末を照らす灯りとならん。『灯火トーチ』』ってな。


 すると、俺の指先に周りをぼんやりと照らす光の玉が現れたのだ!

 こんな魔術は『アリナシアの使徒』にはなかった。


 そもそも、ゲームには敵に攻撃する以外の用途がある魔術は登場しなかった。

 考えれば、さっきも言った魔術も治癒以外、攻撃するための魔術だしな。


 他にも、目の前に土で壁を作り出す『土壁サンドウォール』だったり、ただ飲める水を出す『水流ウォーターフォール』だったりと、ゲームでは登場しなかった魔術を創ることができた。


 これはいいことだ。

 ゲームに登場しない魔術を持てるということは、この世界の人間と比べ俺は持てる手札が多くなると言うこと。

 つまり、それだけ主人公との戦いがやりやすくなるということだ。


 俺は着実に、破滅のフラグを回避し始めているのだ。


▼▼▼▼


 さて、キーカと出会い魔術を創りだせるようになって一か月後。


 ……そう言えば、あれからキーカと会えてないな。

 あんな空虚な場所に独りというのは寂しいだろうから話をするくらいのことはしてあげたいが……。


 まぁ、出来ないことは仕方がない。そっちは追々調べるとしよう。


 話を戻すと、俺の魔術はこの一ヶ月で大分進歩したように思える。

 しかし、『カドニック魔術学院』は魔術だけを学ぶ場所ではない。


 一般教養の勉強に、武術の授業というのもある。

 武術というのは、アレだ、剣を振ったり槍を握ったりするアレだ。


 『アリナシアの使徒』に登場するキャラは全員が全員魔術師であるわけではない。

 剣が得意なキャラもいるし、弓が得意なキャラだったりする。


 なにが言いたいのかと言うと、魔術だけでは駄目だってことだ。

 これから先、俺に何が起きるか分からない。

 何しろ近くにはラスボスがいる訳だからな。

 出来る努力はするべきだ。


 そう決心した俺は、アスモダイ侯爵家の屋敷に隣接する訓練場へ、ヘカーテとともに訪れていた。


「……いた」


 俺は目当ての人物を発見する。


 水色の長い髪に、純白の鎧。

 すらりとした四肢だが、体幹のしっかりとした佇まい。


 後ろ姿でも分かるってものだ。俺は『アリナシアの使徒』のヘビープレイヤーだからな。


「サリヤ」


 俺がその背中に話しかけると、彼女はクルリとこちらを振り返る。

 切れ長の眼に高い鼻筋。誰しもが思わず振り返るであろう美貌。


「……フリードリヒ様、ですか」


 サリヤ・オースティン。

 アスモダイ侯爵家に長く仕える騎士一家の出身で、彼女自身もアスモダイ侯爵家に仕える騎士だ。

 

 ゲーム本編では暴走するアスモダイ侯爵――ドロイアスを見限り、NPCとしてだが、一時的に主人公パーティーに加入する。

 その時の彼女の能力は圧倒的で「離脱しないで」「操作させて」「贅沢言わないからラスボスまではついてきて欲しい」と言われる程分かりやすい助っ人キャラである。


「珍しいですね。貴方がこちらに来られるとは」


 サリヤは冷たい声色でそう言った。

 やはり、あまり好意的には見られていないようだ。


「君に、頼みがあるんだ」


「頼み?」


「あぁ、俺に武器の使い方を教えて欲しい」


 俺がサリヤに声をかけた理由は二つ。

 一つは、ゲーム本編の彼女のステータスを見ると分かる通り、彼女が強キャラであり、きっといい師匠となってくれるだろうこと。

 二つ目は、サリヤはゲーム終盤、ドロイアスを裏切る。つまり、この先も俺の味方をしてくれる可能性が高いと踏んだからだ。


「はぁ、フリードリヒ様が、ですか」


 ……最も、俺と顔を合わせるだけで顔を顰める彼女が本当に俺の味方をしてくれるかは謎だが。

 まぁ、ドロイアスの敵に回ってくれるだけありがたいと思おう。敵の敵は味方ってやつだ。


「以前は逃げ出したと言うのに、どんな心境の変化ですか?」


 しかし、サリヤは予想外の方向から切り出した。


「へ? 逃げ?」


「……今からもう五年前ですか。ドロイアス様からあなたの教育を仰せつかったのですが、三日で逃げ出して以降、ここには近づきすらしないご様子だったので」


 つまり、俺……というかフリードリヒは以前にも彼女から武器の扱いを習っていたのだ。

 しかし、まぁ怠惰なフリードリヒだから当然と言うべきか、すぐ逃げ出してしまったと。


 それ自体は俺の問題ではないが、他人からすれば一緒だろう。

 俺があてにできる人物はサリヤだけ。


 意を決して、俺は頭を下げた。


「以前逃げたことは詫びる。すまなかった。もう一度、俺に機会をくれ」


 俺は誠心誠意訴えた。

 今できることはなんでもしておきたいのだ。


「――」


 頭上で息を呑むような音が聞こえる。


「……分かりました」


「ホントか!?」


 俺は勢いよく頭を上げた。

 サリヤは先ほどよりかは表情を和らげていた。

 俺の謝罪を受け止めてくれたらしい。


 ……ほんとのことを言えば俺が謝る必要なんてないんだけどな!

 フリードリヒとかいうろくでもない奴が本当に……本当に……。


「それでは、訓練を始めましょう。私の訓練は厳しいですよ?」


「望むところだ」


 こうして俺は、俺にとって大変都合の良い武術の先生を得ることが出来た。

 

 ――なんて順調な滑り出しなんだ!


 この時の俺はそう思っていた。

 ……まさかあんな地獄が待ち受けているとは思いもしないまま。

 


 

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