第7話 はじめてのまじゅつそうぞう
「……はっ!」
俺は目を覚ます。
まず視界に映ったのは茜色に染まった空。
そして、後頭部には何やら柔らかい感触。
……あれ、俺なにしてたっけ?
「お目覚めですか?」
その直後、ヘカーテの心配そうな顔がひょっこりと視界に入った。
どうやら、俺はヘカーテの膝枕で眠っていたらしい。
「……俺、寝てたんだっけ?」
なにやら、記憶が朧気だ。
俺はなんだってヘカーテに膝枕をされるなんて主人公みたいなシチュを味わってんだ?
「いいえ。魔術の練習中、魔力切れを起こしたフリードリヒ様が気絶してしまったのです」
ヘカーテは淡々とした口調で説明してくれた。
あぁ、そう言えばそうだった。
確か彼女に魔術を教えてくれと頼み、『
「魔力切れはしばらく気を失ってしまいますが特にそれ以上の害はないため、この場でお休み頂いておりました。……大変うなされていましたが、大丈夫ですか?」
「うなされていた?」
「はい。なにやらまほうがなんとか……」
「……!」
思い出した。
確か気絶した直後、謎の空間に迷い込んだ俺は、キーカを名乗る謎の女性と出会った。
そこで魔法について教わったのだ。
「あぁ……。なんだか夢のようなものを見ていてな」
「夢……ですか」
「そうなんだ。ヘカーテは『キーカ』という名前に心当たりはないか?」
俺はあの謎の空間で会った女性を思い出す。
本人は記憶を失っていたと言うが、彼女のことを知っている人がいるかもしれない。
「……申し訳ございません。聞いたことも無い名前です。フリードリヒ様のお役に立てず、このヘカーテ、情けない気持ちでいっぱいです……!」
「い、いやそんなに重く受け止めなくていい。俺の夢の話だから……!」
目の端に涙を浮かべるヘカーテにはそう言ったが、俺にはどうもあれが夢には思えなかった。
キーカとの会話ははっきりと覚えているし、なにより、あの炎の熱さの記憶が、あれが現実だと訴えている。
「『
俺はふと、そんな欲求に駆られた。
もし魔術が大嫌いな悪役貴族である俺が、いきなりあんなすごい芸当をかましたら、周りの評価はどうなってしまうんだろうか。
もしかすると俺の悪かった評判は一転、とんでもない魔術が使える神童だと持て囃されるかもしれない。
しかし、俺はそんな『俺TUEEEEE』したい欲をそっと消す。
まず、ここであんなクソデカイ炎を出したらどうなるか分からない。もしかするとヘカーテに火傷とかさせてしまうかも。
それは駄目だ。ヘカーテが火傷して苦しむのはゲーム本編だけでいい。
それに、俺のMPはどうやらクソほど低いらしい。
ゲーム本編で消費MPが4だった『
俺が『
ここでもう一度使っても気絶するのがオチだろう。
「フリードリヒ様。先程別のメイドがご夕食の用意が出来たことを伝えに来ました。目を覚ましたら連れてきて欲しい、とも」
「……そうか。それなら向かうとしようか」
俺は後ろ髪を引かれる思いでヘカーテの太ももから起き上がる。
……女子に膝枕をされるのはなんかこう……むず痒いが胸が幸せになる思いだった。また今度やってもらおう。
▼▼▼▼
「んぅ~! んっんぅ~~!」
ヘカーテとともに食堂へ向かっていると、なにやら圧し潰されている人のような奇妙な声が聞こえた。
「おい、どうした」
「え、あ、フ、フリードリヒ様!? いえ、これは……」
声の主は若いメイドだった。
彼女は俺と目を合わせるや否や声を震えさせ、さっと視線を外した。
……どうやら俺の好感度は本当に低いらしいな。
まぁあの父親を持ったフリードリヒだからなぁ……。
「困りごとか?」
それでも、俺はメイドのもとを簡単には去らない。
やはり、これから生きていくうえで悪役貴族という評価は足かせにしかならないからな。
せめてメイドたちには『普通の子供』、くらいの評価を持たせたいものだ。
「え~っと……先日中庭の花のために肥料を注文したのですが、思ったより多く来てしまって……」
そういう彼女の側には、確かに彼女の背丈ほどある樽が置かれてあった。
恐らくそこに肥料がたんまりはいっているのだろう。
手伝ってあげたいのは山々だが、今の俺は少年体型。もちろん持ち上げることは出来ないだろうし、ヘカーテにもそれほど筋力があるようには思えない。
「ヘカーテ。この世界には……身体能力を強化するような魔術はないのか?」
俺は駄目元で、この世界の俺の魔術の師とも言えるヘカーテに問いかける。
しかし彼女は申し訳なさそうな表情で顔を横に振った。
「いいえ。そういった魔術はありません」
「そうだよな……」
まぁ、知ってた。
『アリナシアの使徒』というRPGには、昨今のゲームには珍しくバフやデバフと言った要素がない。
つまり、パーティーの攻撃力を上げたり、敵の防御力を下げたりと言ったことが出来ないのである。
だが――
「魔術は、創れる……」
俺は、キーカの言葉を思い出す。
彼女曰く、魔術は創れるのだと。
魔術は詠唱を使うことによって、魔法が使えない者にそれに近しいものを発動させる技術なのだと、彼女は言った。
そして現に、彼女はあの短い時間に魔術を
なら、俺に出来ない道理がない。
「え~っと……確か魔法に必要なのは想像力……だから詠唱にはその想像をより具体的にイメージする言葉を織り込んだ方がいいんだよな……」
「あの、フリードリヒ様……? 大丈夫ですか?」
小声でブツブツと呟き出す俺を不審に思ったのか、ヘカーテが心配そうな顔で覗き込んでくる。
しかし、今の俺にそれに構っている余裕は無かった。
もしかしたらこれは、世紀の発明かもしれないのだ。
「……よし、これだな。ちょっと、腕を貸してくれ」
「は、はい?」
俺は若いメイドの腕に手を添わせる。
そして、集中するために目を閉じた。
「『魔力よ』」
「――!?」
詠唱を始める。
体の中にいた魔力たちが活性化されるあの奇妙な感覚を覚えた。
「『汝、かの者の助けとなり、全てを粉砕する強力な力を与えん。『
……詠唱のだささについては、目を瞑って欲しい。なにしろ即興で考えたしな。
しかし、どうだ……?
「え、え? なんだか、体が熱いです……!」
メイドは不安そうな顔でそう訴えた。
これは、成功か?
「じゃあ、もう一度その樽を持ってみろ」
「え~? さっき無理だったのに出来る訳ないじゃないですか~……」
「いいから。やってみてくれ」
「うぅ……どうせ私たちメイドは小間使いです、よ……。……? あれ、持てる!?」
メイドは、先ほどまで1mmも動かせなかった樽を両手で軽い動作で持ち上げることが出来た。
予想よりだいぶ軽かったのか、上体を後ろに思わず反らせるほどだった。
「ふむ、成功か」
外見は冷静に装うものの、俺は内心狂喜乱舞していた。
だって俺が、魔術を創ったんだぜ!?
俺が想像したのは、ほとんどのゲームに登場する仲間の攻撃力を上げる魔法。
大体はその人の筋力を上げる、と説明がされていることをヒントに詠唱を創ったのだが、どうやら成功らしい。
なんてこった。
魔術を使うだけではなく、まさか魔術を創ってしまうとは……!
「私、魔術には明るくないんですけど、こんなことも出来ちゃうんですね! フリードリヒ様、すごいです! ありがとうございます!」
若いメイドは、先程の嫌悪感が詰まった視線を忘れたように、キラキラとした瞳で感謝を伝え、樽を抱え行ってしまった。
ふむ。これで俺の評価が少しは上がればいいのだが。
「フ、フリードリヒ様……!? 今の魔術は一体!? 詠唱も他の魔術とはまるで違いますし、他人の力を向上させる魔術なんて、聞いたこともありません!」
しかし、暢気に感謝を伝え去ったメイドとは打って変わって、ヘカーテはあり得ないといった表情で俺を見ていた。
ヘカーテは魔術に詳しいからな。今のがあり得ないことだと分かっているのだ。
しかし、全てを説明すると言うのは……難しい。
キーカという存在を伝えても理解してもらえないだろうし、魔法の概念を分かってくれるかも謎だ。
「……今のは、少し研究中の魔術でな。よければお前にも色々と付き合って欲しいんだが……いいか?」
そう言って誤魔化すことにする。
まぁ、全部が全部嘘という訳ではない。研究中というのは本当だし。
流石にこの言い訳は苦しいか……と思っていると、ヘカーテはしばらく呆然とした表情をした後、尊敬のこもった眼差しで俺を見つめた。
あ、なんか大丈夫そう。
「まさかフリードリヒ様にそれほどの才覚があったとは! このヘカーテ、感動です! フリードリヒ様の実験相手でもなんでも、喜んで務めさせていただきます!」
「ああ、うん……よろしく」
相変わらずだが、ヘカーテからくるこの謎の好感度は一体何なんだろうな。
……まぁ、いい。
今はこの魔術の創造に思考を巡らせるべきだ。
これを極めれば俺は、卒業試験で戦うことになる主人公に勝てるかもしれない。
それに、子供の内から悪役貴族であるという評価を覆らせることも可能かも……!?
「夢が広がるな……。やばい、魔術創るの楽しすぎか!?」
次はどんな魔術を創ってやろうかとワクワクしながら、俺は食堂へと向かったのだった。
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