第5話 怪しさ満点の謎の美女と、魔術と魔法

「あぁ~……頭くらくらする……」


 気を失ったのも束の間、俺は目を覚ました。

 しかし、頭は未だに重いし、視界もなんだがぼやけている。


「あれからどれくらい経ったんだ……? ヘカーテいる、か……?」


 とりあえず近くにいるであろうヘカーテを呼ぼうとした瞬間、俺は自分に起きている異変を理解した。


「ど、どこだここ!?」


 俺がいる場所は、先ほどまでいたはずの中庭でもなく、自室でもなく、謎の……真っ黒な空間、だった。


「夢……か?」


 見渡す限り上下左右真っ暗の闇で、そもそも俺は今立っているのか浮いているのかあやふやだった。


「いてて……。痛みはある。ってことは、夢ではないのか……?」


 試しに頬をつねってみると、確かに痛覚を感じる。

 どういうことだ。

 俺は確か、魔術を使って、魔力切れを起こしてそのまま気絶したはず……。


「う~ん、分からん」


 俺はもう一度ぐるっと周りを見渡す。

 相変わらず一面真っ黒で、なにがあるか分からない。

 しかし、どこか既視感があるような気がする。


「『女神の間』……?」


 それは、『アリナシアの使徒』に登場する場所だ。

 とは言っても、主人公やその仲間たちが夢の中で女神さまから神託をもらう時に訪れる場所で、要はイベントでしか訪れられない場所なんだが……。


「でも、はっきりと違うよな」


 ゲームに登場する女神の間は、こことは逆に一面純白で、荘厳な雰囲気を感じ取れた。

 むしろ、何故俺はこの空間が女神の間に似ていると思ったのだろうかと疑問に思う程だ。


「……やることねえな」


 この謎の空間に来てから随分と経つが、何も起きない。

 意味ありげな空間で、俺は転生者なのだから何かが起きるんじゃねえかと内心ドキドキだったが、主人公っぽいイベントはどうやら起きないようだ。


「『魔術の祖よ。その強大なる力を以って、我にかの者を切り裂く力を与えん――風刃ウィンドエッジ』」


 先ほどヘカーテに教わった魔術をもう一度唱えてみる。

 すると、突き出した右手の先から風の刃が現れ、真っ黒の先へと消えていった。


 ふむ、どうやらこの空間でも魔術は使えるらしい。

 しかし、今度の俺は魔力切れによる気絶をしなかった。


 今の今で魔力量が増えたとは考えづらい。

 しかしここは夢ではない。


 う~ん、分からん。マジでなんだここ。


「『魔術の祖よ。その強大なる力を以って、我にかの者を切り裂く力を与えん――風刃ウィンドエッジ』」


 暇すぎるので、とりあえず俺は魔術の反復練習を行うことにした。

 やっぱ大事なのは反復だからね。数少ない学生の頃の教訓だ。


「『魔術の祖よ。その』――」


「ほぉ、興味深いことをやっておるな」


「うわぁっ!?」


 何回目かの魔術を唱えようとしたとき、唐突に声を掛けられた。

 低い声ではあったが、恐らく女性のもの。


 俺は声がした方向へ勢いよく振り向いた。


「あぁ、すまないな。驚かせるつもりはなかったのだが」


 そこにいたのは一人の女性だった。

 俺と同じようにこめかみから悪魔のようなツノを生やした魔族の女性。

 黒髪に深紅の瞳。鼻の筋の高さが目立つその顔はとても整っており、こんな所で目にしなければしばらく凝視してしまっていかもしれないほどの美貌だった。


「汝、名前を申せ」


 謎の女性は、いつの間にか現れた豪華な玉座のような椅子に腰かけており、偉そうな口調でそう言った。


「フ、フリードリヒ・リグル・アスモダイ……です」


 俺はその圧倒的な威圧感に圧され、つい正直に答えてしまった。

 

 誰だ、この女性は。『アリナシアの使徒』では見たこともないぞ……!?


「そうか」


「……?」


 しかし、俺の名前を聞いた女性はそれ以上何か聞くわけでもなく黙りこくってしまう。

 その沈黙に耐えられず、いつしか俺の口は勝手に開いていた。


「あ、あの。貴方は……?」


「ん? あぁ、そうか。名前は互いにいうのが礼儀であったな。久しく人の子と話していなかった故、忘れておったわ」


「久しく……?」


「我の名はキーカだ」


「キーカ、さん」


「うむ。……」


 そう言うと、また謎の女性――キーカは黙ってしまった。

 え? 自己紹介終わり?


「あの、貴方は一体……」


「あぁ、すまないな。今の我に、名前以外の記憶がないのだ」


「記憶が……?」


「どうやら誰かの手によって封じられているらしいことは分かるのだが……それ以上のことは何も覚えておらぬ」


 記憶喪失ってやつか。

 

「この場所は一体?」


「さてな。我も長い間ここにいるが、ここがなにかは分からん」


「長い間……。さっきもそんなことを言っていましたが、一体どれくらいいるのですか?」


「千年を越えたあたりから数えるのをやめたな」


「せ……!」


 つまりキーカというこの女性は、この虚無の空間とも言える場所に千年以上も記憶を封じられた上で閉じ込められてるってのか!?

 それはなんというか、可哀そうというか……。


「どうしてそんなことに……」


「さてな。記憶を封じられている以上、我にも分からんよ。それよりも……」


 キーカは深く玉座に付けていた背中を外し、ぐいっと曲げた。

 その瞳は俺に対する興味と感心に溢れている……ようにも見える。


「汝、今興味深いことをやっていたな」


「興味深いこと……?」


「あぁ。何かぶつぶつと唱えたかと思ったら、風の刃が現れただろう。魔法のようにも見えたが、あれはなんだ」


「え? それはもちろん、魔術ですよ」


「魔術? それはなんだ、魔法とは違うのか?」


「え、え~っと……? 魔術と魔法って違うんですか?」


「少なくとも、今の汝がしたことは魔法と近いがそれではない」


 ……よく考えてみると、『アリナシアの使徒』には『魔術』という単語はでるものの、『魔法』という単語は出てこない。

 皆が徹底して魔術と言い、公式サイトや攻略本にも魔術と記載されていた。


 魔術と魔法の違い。

 これは……なんだ?


「魔術は……詠唱をすることで発動させるものですよ」


 俺は、先程ヘカーテから教わったことを簡略化して伝えてみる。

 すると、キーカは渋い顔であごを手に乗せた。


「詠唱……? もう一度唱えて見せよ」


「はぁ……。『魔術の祖よ。その強大なる力を以って、我にかの者を切り裂く力を与えん――風刃ウィンドエッジ』」


 最早覚えてしまった長ったらしい詠唱を唱えると、さっきと同じように風の刃が現れ、どこかへ飛んで行った。


「ほぉ……。興味深いな」


 キーカは目を細める。

 しかし、俺の疑問は解決していない。


「ちなみに、キーカさんは『魔法』ってのが使えるんですか?」


「あぁ。こんな感じにな」


 キーカは当然だと言う動きで右手をその場で振るって見せる。

 すると、そこに風の刃が現れた・・・・・・・


「――は?」


 俺はあんぐりと口を開けてしまう。

 だって、そうだろ?

 今のキーカは全く詠唱すらせず、軽い動きで腕を振るっただけ。


 それなのになぜ、俺の『風刃ウィンドエッジ』と同じようなことが……?


「魔法とは己の魔力を自由自在にこの世界に顕現させることだ」


「自由、自在に……?」


「魔力はなんにだってなる。火にも水にも風にも雷にも。それ以外にも土や植物、中には生き物だって」


「ま、待って!?」


 土!? 植物!?

 他のファンタジー作品であれば土塊を飛ばす『土魔術』や、植物を生やす『草魔術』みたいな魔術もあるだろう。

 しかし、それらは『アリナシアの使徒』にはない!


 な、なんだこれ。一体何が起きてる!?

 ここは、『アリナシアの使徒』の世界じゃないのか!?


「次は我が聞いていいか?」


 正直、今の俺にキーカの質問に答えている余裕は無いのだが、彼女の瞳が好奇心旺盛な少年のようにキラキラしていたので黙って続きを促してみる。


「汝の言う詠唱に、『魔術の祖』という言葉があるが、それは誰だ?」


「え……?」


 言われてみれば、確かに。

 魔術の祖、というからには魔術を創った人、ということだろうか?

 

 しかし、俺はそんな存在を知らない。少なくとも『アリナシアの使徒』にはいなかった。


「ふむ、知らぬか。汝の言う魔術……おそらくそれは、人間が魔力を上手く引き出せるための詠唱を用いた魔法のようなもの……だろう」


「……?」


「つまりだな、汝は詠唱を唱えることで魔力が勝手に動き出し、先程の風の刃に変換される……ということだ」


 そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 詠唱を唱えると、俺の中の魔力が勝手に蠢き出す感覚を覚える。


 つまり、魔術における詠唱は魔術を簡単に発動させるためのサポートをしてくれている……ってことか?


 『9×5は?』と聞かれ、一々9を5回足すのではなく『くごしじゅうご』というワードを覚えているから九九は解きやすい……みたいな?


 一回一回自分で魔力を操作するんじゃなくて、詠唱を唱えればその通りに魔力が勝手に動いてくれる……ということか?


「ふむ。そういう認識であっているだろう」


「なるほど……ってはぁ!?」


 え、俺いま口に出してないよね!?


「我を見くびらぬことだ。人の考えを覗き込むなど、容易いことだ」


「そ、それも魔法で……?」


「あぁ、我は魔法の天才だからな」


 キーカは悪戯が成功した少女のように無邪気な様子でカラカラと笑う。

 尊大かと思ったらそんな一面を持っているとは。欲張りすぎない?


「ふむふむ。そういうことか。つまり『魔術の祖』とやらは、魔法が上手く使えない者でも詠唱を唱えれば近しいことができるように、『魔術』というものを創った……ということだな」


 対面の相手は人の考えが読めるという結構危ない状況を飲み込む前に、キーカは話題を変えてしまった。


「魔法を使える者は少ないんですか?」


「ん? あぁ、そうだな。使える者はほんの一握りだ。魔法を使えるというだけで迫害される者もいたほどにな」


 それも『アリナシアの使徒』とは食い違う言葉だった。

 作中では、魔術を使える者は三人に二人と明言されている。


 動機は分からないが、キーカの言う通り『魔術の祖』が魔法を使えない者にも魔法っぽいものを使わせてあげたいと考えて魔術を創ったならば、筋は通っているようにも思える。


「面白いではないか。長い間退屈していたが、魔術なるものが現世には存在するとはな。礼を言うぞ、フリードリヒ・リグル・アスモダイ」


「は、はぁ……」


 なんというか、知っていることだけを話したら感謝されると言うのも、変な感じだ。

 しかし、魔法と魔術か。

 これは『アリナシアの使徒』には無い概念だった。

 

 お! これはもしかして、俺にしかない特別な能力――チートスキルってやつでは!?


「キ、キーカさん! 俺に魔法使えたりしないかな!」


「ん? ……無理であろうな。これでも魔法の天才だ。誰が魔法を使えるかなどは少し見ればわかる」


「がーん……」


 なんてこったい。

 やはり悪役貴族は悪役貴族らしく地道な努力でのしあがるしかないのか……。


 じゃあこれ以上こんなとこにいる意味ないじゃんなんて思えた頃、


「汝、魔術を創ってみる気はないか」


「…………え?」


 キーカが心底楽しそうな笑みでそう問いかけた。


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